第52話 譲位へ

 京での馬揃えは盛大なものにした。

 これでも何万もの兵を何年も張り付かせておくよりは安いものだ。

 兵の格好にまでこだわり、配下の有力武将も呼び寄せた。

 公家衆も参加した。関白をはじめとして高位の方々もだ。関白殿は趣味も合うしなかなかに話が分かる方なので、こうなるような気がしていた。

 中国攻めは進行中なので責任者を呼ぶことはできなかったが、後で聞いたところでは様子を聞きたがっていたらしい。


 差配したのは明智。

 現在の家臣の中でも特に信頼している者だ。

 有能で儀礼にも通じているので役に立つ。

 この十年の働きで織田家の序列上位に上り詰めた外様筆頭といってもいい。同じく上り詰めたたたき上げ筆頭の今回欠席と合わせて今後とも活躍を期待できる者。

 手元においてよし、軍を任せてもよしでよく働くのだ。この度のことも張り切って走り回っていた。


 ぼくも行進の際には大いに歌舞いた姿で楽しんだ。若い頃を思い出すな。


 聞けば見物に何十万と近隣から詰めかけてきたそうで、京は近年まれにみる大賑わいだ。この催しは大成功だった。

 どれほど大成功だったかというともう一回やってくれと朝廷からお願いされたほどである。陛下も大層楽しんでくれたようだ。


 でもちょっとまってくださいよ。

 今回だいぶ頑張ったので二度目をやるとなると、少し規模が小さくなりますよ。いいですかね。そうですか。やりましょう。


 明智君、よろしく。




 さて、二度目の馬揃えは有能な明智が上手く差配をするとして、それとは別に朝廷からもたらされた話が合った。


 左大臣にならないかという話だ。

 ぼくが右大臣を辞してしばらくになるし、戦況もひと段落したので改めてということだろう。


 だがぼくはこれに条件を付けた。

 陛下の譲位、親王殿下の即位に合わせて任官を受けると。

 つまり、止まっていた譲位の件を進めましょうと、公式に返答したのだ。

 新しい世代への移行と合わせて共に進むという意思表示でもある。


 これを聞いた陛下は大いに喜んでくれたらしい。

 早速話が進み、百年途絶えていた儀式についての調査から必要なものの準備まで、朝廷も織田側の担当も大騒ぎ。


 だが思わぬところで話が止まってしまう。

 方違え。

 朝廷が重視する伝統的な縁起担ぎである。

 これは朝廷儀式を行う上でも重要な要素でこれをちゃんとしていなければ民心が安定しなくなる。

 こういうことをちゃんとしていないということがそのまま不安を掻き立てることになるのだ。

 戦にあたり縁起担ぎを行う武家の視点で見ても、治世の君に関わることとなれば看過できない問題である。


 詳しく聞いたところ、現在の親王殿下の住まいから内裏への方角がよくないのだという。

 今回のの縁起に関わる方角は歳とともに変わるため、つまり今年は時機ではないということだ。

 一度別の場所に移動してから移動しなおすというよく使われる裏技もあるのだが、今回は百年ぶりという大事であるため、無理に押し通さないことになった、と。


 この話を聞いてぼくは内心冷や汗をかいた。


 親王殿下の現在の住まいは、ぼくが用意したものだったのだ。


 じゃあまた時機を見るということで、などと答えながら、やっちゃったぜと。

 先方の使いも恐縮していたのでお互い苦笑いである。


 今回を逃せば、またしばらく戦に時を費やすことになるだろう。

 なかなかうまくいかないものである。


 余談だが、二度目の馬揃えも大盛況で、親王殿下もお忍びで見物され、大いに楽しんだとおっしゃっていた。

 よかったね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る