第51話 馬揃え

 本願寺との講和は織田家にとって極めて大きなことだった。


 京と目と鼻の先にある敵を放置することはできなかった。尾張における長島のようなもの、というと逆にわかりにくいか。

 こちらの本拠にいつでも攻め込める場所で、交通の便も良く立てこもるにも向いている。

 そうして各地の信徒を煽りあやつり、四方から支援を受けるのだ。

 だから、多くの武将と兵を張り付け、封鎖する必要があったのだ。


 動員できる兵数、兵を動員することによる費用、付城などを作るための物資、本願寺派の蜂起に警戒するために領内に薄く広く監視の目を広げる労力、何をとっても大きな負担だった。


 しかし、講和によってこれらの負担が大きく緩和されたのだ。

 敵が外に、ある程度離れた場所にいるというのがどれだけ楽なことか。


 さらに武田上杉は弱体化したし、毛利も手前に寝返った大名がいて動きを阻害されている。

 ここにきてこちらに主導権が大きく傾いた。

 そして財政的にも大きく改善された。

 各戦線に向けられる兵力も大きく増えた。

 油断は禁物だが、ここからは苦戦はあっても致命的な敗北はない。一戦して負けても継戦能力の土台の部分で今の織田に勝てる勢力はもはやなくなったのだ。

 一度の戦に勝とうが負けようが、継続して力押しすればそのうち勝てるということ。

 順番に片づけていくだけになったのである。

 もちろんだからと言って余計な被害を出す必要もないが。


 さてそれだけ大きなことだったのでこの機にやるべきことをいろいろと進めることにした。

 内部の綱紀粛正、こちらが圧倒的有利になったことを押し出しての外交、朝廷との友好、新たな体制への準備などだ。


 そしてまた、織田がそういう存在になったことを天下に示すこともその中の一つだった。

 織田が一番強くちゃんとしていて今後天下を差配する意思もあるということを改めて示すのだ。

 そのための催しと、並行してそろそろ陛下の譲位の件も進めたい。

 百年も行われなかった譲位をぼくの支援で成し遂げることで、朝廷との仲を示すこともできる。前回話題にした時は予算の都合でうやむやになり、陛下をぬか喜びさせるような形になったが、今ならその負担を引き受けることができるだろう。



 そういうわけで、朝廷との連絡を密にしながら、まずは安土で、盛大な左義長を行った。

 左義長とは要するに新年の祭りだ。

 その催しの中で馬揃えを行う。

 武装した兵を並べて行進するのだ。さらに珍しい文物、南蛮の品だとか織田だからこそ手に入れられたとみえるものを掲げたりもする。

 見世物としても面白く、行進する側も楽しめる、そんな催しだ。


 これがなかなかに評判がよかった。

 普段、戦に関わらないものは物珍しく、関係している者は味方は頼もしく思い、敵には威圧的な効果がある。

 高名な武将の雄姿を見ることができるというのもよかったらしい。

 珍しいものを見るということだけでも面白きものだ。


 そして見物に来ていた公家衆などから朝廷に話が伝わったようで。

 京でも馬揃えをやってくれないかという話が来たのである。

 そうなれば否も応もない。

 というよりこちらから話を持って行くつもりでもあったし水面下では交渉を含め準備も進めていたのだ。

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