第19話 もっと包囲網

 九月十二日、石山本願寺の武力蜂起。


 この全くの想定外の事態に対し、義昭さまとぼくは対応に追われることになった。


 なんせ、想定外過ぎて戦力の配分が実情に合っていないのだ。

 阿波三好だけが相手なら数で圧倒していたが、計算外の石山本願寺勢と当たるには心もとない。

 戦力の再配置と、石山本願寺勢および状況の変化と合わせての情報収集は急務だ。


 そんな中でも耳を疑う報告があった。


 信長が、石山本願寺に対し、退去を要求したから蜂起する。門徒は従わないと破門。

 という内容の檄文がばらまかれていたのだ。


 は?


 周辺各国の本願寺派門徒に対してばらまかれていたもので、差出人は本願寺の頂点、顕如上人。


 は?


 退去ってなんだよ。そんな話聞いたこともないぞ。

 あれか、ぼくじゃない信長がやったのか。

 そんなわけない。


 ちょっと考えてみてほしい。

 ここに書いてあることが本当なら明らかな挑発であり敵対行為だ。

 そんなことをしていたのなら蜂起の可能性を頭に入れている。

 すぐ近くで戦をしているのだ、警戒してしかるべきだろう。

 だが今回の件、本当に予想外の事態であり、だからこそ今困っているのだ。


 頭がおかしくなりそうだった。

 本願寺は、嘘を使って門徒を蜂起させたのだ!

 坊主があああああああああああ!!!!!



 と、怒っていても仕方がない。

 これ、否定すれば収まるだろうか?

 ないな、本願寺派門徒がぼくと顕如上人のどちらを信じるかという話だ。


 ………………………………………………。



 九月十四日、義昭さまが徳川を呼ぼうと言い出した。

 ぼくは反対したが、結局義昭さまの判断で応援を依頼したようだ。

 ぼくだけでは安心できないか。


 九月十八日。義昭さまとともに、朝廷に和睦の斡旋をお願いする。

 朝廷の仲介であれば、和睦を受け入れてくれる、だろうか。ここにきて武装蜂起したくらいだ、安心はできないが、とにかく打てる手は打たねば。

 義昭さまは手紙を書くことに精を出してくれている。


 そして九月二十二日。

 浅井朝倉の軍が進軍し、京を脅かしているという報告があった。

 これをもって摂津より撤退、義昭さまとともに帰京を決める。

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