第13話 撤退

 浅井が裏切るという意味不明な事態を飲み込んだぼくは、全力で撤退を決断した。

 若狭、そして越前への道は、北近江に接しているのだ。

 北近江の浅井が裏切ったということはよくて挟み撃ち、悪いと補給線を脅かされ続けた上で分断撃破の的になるということなのだ。

 どちらにしても致命的状況。朝倉を攻めている場合ではない。全く警戒していなかった方向からの攻撃への対処も極めて困難。

 こんなん逃げるしかない。


 本来敗北が許されない幕府軍ではある。

 しかし、ここで皆が、そしてぼくが死ぬことは、面子を失うよりも避けるべきことだった。


 今織田が力を失う、もっと言えばぼくが死んでしまうと、幕府はまた力を失ってしまうことと同義なのだ。

 たとえぼくの面子がつぶれたとしても、生き残って幕府を支援しないとまた幕府が崩壊してしまうのは火を見るより明らかだ。

 すくなくとも、幕府と幕府が出すべき朝廷、両者の運営のためのカネを出す者はこれまではいなかったし、これから現れるとも思えない。現れても維持できるかというと怪しいものだ。


 とにかく生き残ってから考える。


 そう決断して、ぼくは逃げ出した。

 幸い、道中に領地を持つ幕臣の方々が撤退を助けてくれたので、ぼくが命を失う結果にはならなかった。

 しかし、全体を見れば大きな被害が出たのだ。

 桶狭間以来、いや、それ以上の危機を味わった。



 さて、何とか生還したぼく待っていたのは、激怒した義昭さまだった。

 どうしてこうなった。

 浅井は何を考えている。

 裏切り者め、絶対に許さぬ。


 敗北したぼくへの怒りもあっただろう。

 しかし、それ以上に浅井、そして朝倉への怒りが大いに燃え上がっているようだ。

 今度は自ら兵を率いて浅井・朝倉を叩き潰してやると息巻いていた。



 だが、結果的に、義昭さまが浅井・朝倉を攻めることにはならなかった。

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