第5話 天下布武
二年かかった。
美濃の国人を調略で裏切らせ、武力で倒しと一枚一枚薄皮を剥ぐように斎藤を孤立させていった。
いや別に意地悪でやっているわけではない。
尾張同様、美濃もまた古くからの強国であり、そして僕たちには時間が少なかったのだ。
最終的には裏切らせるよりも全部倒す方が儲かるし盤石になるのだろうが、時間と実力、そして世間体もあって結果的にこうなったのだ。
一撃粉砕して全面降伏できるだけの武力があれば。
いや、そうであればそもそも斎藤が裏切ることはなかっただろうか。もしもの話はやめておこう。
それでも、この美濃平定の手際は、朝廷、いや陛下から古今無双とお褒めの言葉をいただいたくらいには客観的にもよいものだった。
ただ、同時に便宜を図るお願いをされたので半分くらいお世辞だったかもしれない。
それでも、それだけの力があると認められなければそういうお願いもされないのだから、半分は本気にしてもいいと思う。
お願いに対しては、考えておきます、と丁重に先送りにした。
まずは上洛を成功させないと始まらないのだ。
力を尽くしたいのはやまやまだけれども、先に約束して上洛に失敗したらまた面子が潰れるし、嘘をついたことになる。
今の段階でははっきりとした返事ができなかったのだ。
ともあれ、ついに美濃を平定した。次は安定させなければならない。これを軽視すると上洛中に蜂起されてしまうかもしれないのだ。
残念ながら当主には逃げられてしまっている。まあ、宿敵とはいえ嫁の甥っ子でもあるし、戦の結果生き延びたなら仕方ないか、今は上洛を優先し、統治で対応しよう。
と、この判断が後々祟ることになるとはこの時の僕は思っていなかった。
さて、このころからぼくは、天下、すなわち将軍、ひいては幕府とその背景にある朝廷を武によって支えるという意味である天下布武という朱印を使うようになった。
ぼくの書類や手紙に押すのだ。
次こそ絶対に上洛を成功させてやるという所信表明であると同時にその後の幕府再興に尽くすという意思を示すものでもある。
中央の政治とかは難しくてよくわからないから、武の部分、つまり実務を担当するのだ。
思えば室町幕府は幕府自身が持つ武力があまり強くなく、大名の力を借りることで運営されてきた。
しかしそうなると、幕府ではなく、大名の力が重視されてしまい、臣下であるはずの有力大名の専横を招くことになる。いや、なってきた。
現在、三好もその流れで力を振るっているのだ。
だから、ぼくが幕府の下で武力を振るうことに専念すれば、幕府はちゃんとした形になるだろう。
また、武というのはた暴力ではない。
戦いを止めるという意味があるのだ。強くあることで治安を守り、戦争を止め、正しく評価され、民が安心して仲良くでき、巡り巡って皆が豊かになる。
昔の本にある、天下を治めるのにふさわしいものが持つべきものが武なのだ。
ぼくの理想である。
義秋さまを、幕府をささえればきっとたどり着ける。
さあ、上洛だ。天下布武を実現させよう。
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