第二十一滴 闘鬼、夜天に己を暴く

 悪い予感を抱えて爆砕の音の鳴る方へ駆けつけてみれば、案の定エルの三銃士の一人、スカルバーンがローザの手を掴んでいた。背後には大穴が空いている。これから何をしようとしているのか、考えるまでもなかった。

「待て」

 穴の向こうへ消えていくスカルバーンの後を追い、緋呂は穴に飛び込んだ。スカルバーンはローザを抱きかかえつつ、緋呂のはるか先を駆けていく。

 緋呂は三つ、不思議に思った。一つは、何故エルの三銃士が合衆連合本部の居場所を特定できたのか。やはり、こちらが想像もつかないような異世界の技術が存在するのかもしれない。地底のどこに何があるか見つけるのは、宇宙から地球を俯瞰するよりも難しいのだから。

 二つは、ローザは何故あの部屋にいたのか。あそこは懲罰室で、もし中に人が入っているにしてもアズマ地方で出会ったあの運転手でなければおかしいのだ。メシアと他の人々との架け橋になるように言われたローザに縁ある部屋ではない。まさか、ローザもそうなのだろうか。スカルバーンに母と呼びかけたのだ、あながち間違ってはいないのかもしれない。

 そして三つは、何故スカルバーンが一向に視線から消えないのか。あれだけの速度で走れるなら、もう目では追えない距離にいてもおかしくない。だが、スカルバーンは尚も合衆連合の地下通路を走り続けている。わざと一定の間隔を維持しているかのようであった。

 スカルバーンが地上に繋がる階段の壁を蹴っては跳び、蹴っては跳ぶ。緋呂は懐のカッターで手の平を切り、クロスカリバーを顕現させる。詠唱を呟き、刀身に血管が刻まれると共に、緋呂の脚は何倍もの速度で動いた。

 二人は地上に姿を現した。緋呂の身体が勢い余って宙に浮く。大地を確かに捉えて着地し、クロスカリバーをスカルバーンに向けた。冷風が木々を打ちつける。

「今度こそお前を殺す」

 群青のフィルターのかかった視界に、スカルバーンの深紅は決して染まることなく際立っていた。そこに全霊の憎悪をぶつける。

 だが、スカルバーンは剣を抜こうとしない。

「どうした、早く構えろ」

 緋呂の胸で焦燥という渦が暴れる。

「流血騎、お前はこれまで何を失ってきた?」

「どうでもいいだろ、そんなこと」

 今さら数える気にならない。失ったものが多すぎる。それに、失ったものの正体さえも見失った。もう、意味の無いことなのだ。

「ではヴァキュアス様が、いや、我々が血の巫女に固執する理由もどうでもいいと」

「しつこいな。人殺しが一丁前に口を利こうとするなよ」

 そうだ。奴等は無関係の人々を殺し、他人のモノを奪うことに何の躊躇いもない連中なのだ。耳を貸す義理など、どこにあるというのか。眼球に、今にも割れ砕かれんほどの力を込めた。

「そうか。変わったな、お前も」

 スカルバーンが憐れむような調子で言った。緋呂の蟀谷を通る血管が浮き出る。

「誰のせいだと思っているんだ」

 夜空に叫び、燦然と輝く月光を浴びたクロスカリバーが振り上げられる。朱殷の剣はマゼンタの焔に遮られた。舞い散る火花が風にさらわれていく。

「理想は消失の下に築かれるんだろ?俺はそれをした。今からまた、同じことをやる。お前達をこの世から消してやる」

 歯の欠片が口の中から飛び出す。クロスカリバーの柄から血が滴る。

「メシアの裁きを受けろ」

 渾身の力を刃に乗せて、緋呂はクロスカリバーをスカルバーンめがけて振り下ろした。ローザを抱きかかえていることなどお構い無しに。スカルバーンは間一髪のところでかわし、期待を裏切られたような口振りで言葉をこぼした。

「お前にローザを任せたのは間違いだった」

 スカルバーンはローザを自らの背後に下ろし、マゼンタの焔を猛らせた。

「人質も躊躇わず剣を振る奴がメシアとはな」

「お前達にだけは言われたくない」

 風が動きを止めたと錯覚するほどの速さで、緋呂とスカルバーンは互いの剣をぶつけ合った。

「我々のようにならぬと息巻いていたのがお前ではなかったのか。同じ地平に立ってどうする」

 スカルバーンが緋呂の頬に剣を突き立てる。頬の肉が切られ、赤い液を大地にこぼす。

「お前達がいなきゃ、そんな必要も無かった。俺はメシアだから、皆を救わないといけないから、そのためにお前達を殺す」

「行方に滅びが待っていたとしてもか」

「俺が消えたっていい。それで皆を救えるなら」

 一歩も譲らぬ剣の交わりの末に、スカルバーンは手を緩めて言った。

「自己犠牲を妹が願ったのか」

「贔屓はできない」

 咄嗟に答えた直後、緋呂は目を見開いた。何故、スカルバーンは瑞乃のことを知っているんだ。そんな緋呂の戸惑いをよそに、スカルバーンは怒りを露にした。

「お前は兄の風上にも置けん。その力、渡してもらおう」

 母親のくせにローザを散々傷つけたお前の言えたことか。緋呂はスカルバーンの正論めいた矛盾に血を昇らせ、極限まで『自分』を削った。残った存在証明を数える方が早いほどに。

 すると、スカルバーンが静かに自分の顔に手を置いた。緋呂に刻まれた仮面のヒビが赤く迸る。

「もう、帰ってくるつもりはなかった。しかし、黄泉より今一度、舞い戻ろう。『俺』の愛する妹のために」

 闘鬼の仮面が夜天に吸い込まれた。深紅の鎧の顔面を見て、緋呂は絶句せざるを得なかった。その顔はまるで、鏡写しの自分のようだったのだ。もう一人の自分が向こうに立っている、そんな感覚だった。深紅の鎧を着た方に対して、ローザが叫ぶ。

「アドラ兄さんだったの」

 クロスカリバーが、地に落ちた。

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