第二十滴 動き出す闘鬼

 飛行船の中で、スカルバーンは月夜に照らされる花を眺めていた。ナント国に攻め入ったエル部隊を回収し、帰路に着く頃であった。それだけならば何のことはないのだが、今回は少し事情が異なる。ある目的が果たされていなければ困るのだ。

 席を立ち、スカルバーンは回収されたばかりのエル部隊の集う部屋に向かった。

「ご用でしょうか、スカルバーン様」

 足を踏み入れた途端、部隊の全員が敬礼をした。スカルバーンも一礼を交わした後、部隊長に尋ねた。

「例の件はどうなった」

 すると、部隊長の後ろで隊員達がしどろもどろし始めた。大方のことを察した直後、部隊長は満を持して口を開いた。

「それが、我々は尽力しましたが、トリックスターにやられました」

 スカルバーンは鎧越しに眉を潜めた。肩の部品が小刻みに音を鳴らす。

「すなわち、失敗したと」

 首が石化でもしたかのように、部隊長はおぼつかない様子で頭を下げた。にべもなく、スカルバーンは続ける。

「エルの教理を言え」

「『失敗此れ死に同じ』です」

 今にも泣きそうな声で部隊長は読み上げた。いたたまれなくなったのだろう、隊員の一人が不満をぶちまけた。

「でもおかしいですよ。何であいつらに会ってまで位置情報を渡す必要があるんですか」

 スカルバーンは態度を硬化させ言った。

「言ったはずだ。誘き寄せることで、こちらから仕掛けるコストを減らす目的があると」

「それがおかしいって言ってるんですよ。あくまで俺達の目的は世界の掌握であって、別に古臭い伝説を標榜することじゃ──」

 言い終える前に、スカルバーンの剣が口ごたえした隊員の脳天を貫いた。血のこびりついた剣を撫でる。思考回路を通り、隊員の記憶が流れ込む。生まれた日から、この瞬間までの全てが、頭蓋の中に埋め込まれた。そこを辿ればすぐにでもわかる。彼等は命令を無視し、ナント国で破壊活動を行っただけだということが。

 剣を鞘に納め、スカルバーンは冷淡に言葉を連ねた。

「私は失敗による殺生は行わぬ。が、言い訳や欺瞞に関しては話が異なる。つまり、」

 再び剣に手をかけ、

「この部隊は今宵限りということだ」

 居合の一撃で全員の胴体を斬り裂いた。そして、スカルバーンは広くなった空洞の部屋を後にした。

 三銃士のために特設された部屋に戻ると、ヒュブリスが相も変わらず浅薄な態度で近寄ってきた。

「カリカリして、どしたんッスか」

 ヒュブリスは肩の辺りから顔を仰け反らせ、鼻をつまんで言った。

「あっ、さては誰か殺したんスね。図星っしょ」

 鬱陶しくまとわりつきながら聞いてくるので、スカルバーンは足早に返事した。

「ヴァキュアス様の命に従えぬ者は処さねばならぬ。それがエルの教理だろう」

 案の定、ヒュブリスは冷気を手から吐き出した。

「それ、オレのこと言ってんスか」

「誰もお前とは言っていない」

 軽くあしらったことで、更にヒュブリスの怒りを煽ったらしい。じきに絶対零度へ近づかんばかりの冷気が辺りを漂っていた。

「あれは流血騎とかいう奴のせいっしょ。正直舐めてたし。てか、それ言うならアンタやあの根暗も含まれるっしょ」

 聞く耳持たずといったヒュブリスの背後から、白無垢を身に纏い、猿轡を咥えた女が部屋に入ってきた。ヒュブリスはそれに気づくや否や、冷気のこもった掌で女の首を掴んだ。

「そうだよ、テメーの作戦が上手くいかなかったせいなんだよなぁ、カゲリちゃんよぉ」

 冷気が氷を生み、カゲリの首が凍りつく。すかさずスカルバーンは焔の剣をヒュブリスの蟀谷に伸ばした。

「もうよせ」

 ヒュブリスは舌打ちして、手を離した。焔がカゲリの首に張った氷を溶かしていく。元の温度を取り戻したカゲリは倒れ、猿轡越しに咳き込んだ。スカルバーンがカゲリの肩を抱きかかえる。

「影の者の容態は」

 カゲリは首を横に振った。

「これでもう身代わりは立てられぬ、と」

 非常にまずい。スカルバーンは冷や汗を流した。二つも不測の事態が発生するとは考えもしていなかった。片方はむしろ好都合かもしれないが、もう片方は必ず成功してもらわねばならなかったのだ。

 メシアとオーバーロードは邂逅しなくてはならない。そして、力を束ねなければならないのだ。ペテン師─トリックスター─に邪魔立てされる前に、何としてでも情報を渡さねば。

「どこ行くんスか」

 部屋を出ようとするスカルバーンを、ヒュブリスが呼び止めた。

「任務だ。奴等のやり損ねたことを、私自らが果たす」

 急ぎ向かおうとするスカルバーンに、ヒュブリスは悪態をついた。

「さっきのといい、いくらヴァキュアス様のお抱えだからって勝手すぎるっしょ。何なんスか、愛人なんスか」

 どうやら、ローザに母と間違われたことを、カゲリの千里眼を通じて又聞きされたらしい。世界に起こる全ての事象の像を映し出せる力というのは、些か不便なものである。こと見られる側からすれば。

「女はいいッスよね。いざって時はそういう武器があるんスから」

 さすがに、この発言を許す訳にはいかなかった。スカルバーンは焔をヒュブリスのメッシュに降り注がせた。メッシュが燃え盛る。狂乱するヒュブリスを背に、スカルバーンはローザのいる場所へ、合衆連盟へ向かった。

 生命の記憶を辿れば所在はすぐにわかった。これだけ見事なカモフラージュが可能なら、今まで組織が狙われなかったのも頷ける。早速、スカルバーンは生命の記憶に基づいて合衆連盟本部へ足を運んだ。入り組んだ道であったが、幸い、地図が点々と貼られてあったので迷うことはなかった。

 ようやく、目的地の壁にたどり着いた。焔の剣で壁を壊す。瓦礫が吹き飛んだ拍子に、

「ローザ」

 と叫んでしまった。あの日、自分は死んだと認めたはずなのに。

 粉塵が晴れる。そこには、ローザがいた。感極まる情動を抑え、ローザの手を引いてこの場を去ろうとした。しかし、鎧に何かがぶつかった。扉だ。振り向くとヒロが、否、流血騎がクロスカリバーを構えて立っていた。

「エルの三銃士か」

 なんと都合のいいことか。スカルバーンは歓喜を抑えるのに必死だった。そのまま壁の穴に飛び込むと、案の定追いかけてきた。そうだ、そのまま追いかけてくるがいい。お前は知らなくてはならないのだ。メシアの真実を。いつかは、我々と道を交えることになると。

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