第十四滴 炎と焔
ローザがスカルバーンにかけた言葉を、緋呂はとてもではないが信じられなかった。あり得ないだろう、この骸骨がローザの母親であるなど。
緋呂の頭が混乱を来している中、ローザはスカルバーンに言葉を投げ続けた。
「初めて会った時、あなたはヒロの血から記憶を読み取っていた。それは血の巫女にしかできないこと。ねぇ、そうなんでしょ?隠す理由なんて無いよ、お母さん」
必死の形相で語りかけるローザを、スカルバーンは鼻で笑った。
「姫よ、愚かなことを言ってはなりません。あなたの母上はヴァキュアス様の手により直々に殺されたではありませんか。人違い、というものですよ」
ほんの一縷でも抱いていたはずの希望は呆気なく砕かれ、ローザの身体から力が抜けた。血の巫女の家系に生まれた女性は生まれつき血から相手の記憶を読み取る力を持つ。そして、先代の血を飲むことで記憶と役目を受け継ぐ。船長はメイデンの教えと共に、ローザの置かれた立場を教えてくれた。だとしたら、同じ力を見せたスカルバーンを母と認識するのも無理はない。しかし、当人は否定している。緋呂は事の矛盾を前にして、クロスカリバーを握る手が緩んだ。
「じゃあ、お前は一体誰なんだ。ただのスカルバーンなのか」
緋呂の疑念に、スカルバーンは食い入るようにして答えた。
「無論。他の名など持ちはせぬ」
マゼンタの焔は猛る。南に昇る陽が雲に隠れた。
「流血騎よ、私は己が何者かなぞに興味はない。あるのはただ、貴公という戦士を斬り伏さんとする意志のみ。貴公も同じなのだろう?」
なるほど。正体が誰であれ、目の前にいるのはもはやスカルバーンのみということか。緋呂はクロスカリバーを握り直し、屍の混じる粉塵に立つ深紅の骸骨を強く見据えた。
「そうさ、そうだよ。だからもう、話すことは無いよな」
刀身の血管に光が漲る。ローザの髪が風に靡くと共に、炎と焔は鍔競り合った。森羅万象の流れが、額縁の中に閉じ込められたかのように止まって見えた。今、キャンバスの静寂を破って躍動しているのは緋呂とスカルバーンのみであった。人間業ではない。だが、そのことに恐れはない。九条緋呂という男の存在証明の中にはもう、恐怖の二文字が消えていた。
マゼンタの焔を即座にかわし、クロスカリバーを振る。朱殷の刃が骸骨の鎧をかすめた。スカルバーンの脇腹に傷痕が刻まれる。怯む巨体の隙を逃さず、緋呂はスカルバーンの顔面に血の剣を突き立てた。切っ先はスカルバーンの左眼に刺さり、飛沫が上がった。緋呂はクロスカリバーを引き抜く。
その時、スカルバーンの足に割れた仮面が落ちた。緋呂は素顔を瞳に焼きつけるべく凝視しようと試みた。しかし、虚無からスカルバーンの前に現れた物体がそれを妨げた。本当に、そうとしか言いようがなかった。生きているとも言えぬ、人の形をした物体が何もない所から姿を見せたのだ。息を呑む緋呂に、物体は身体の芯から語りかけているかのごとく、声を発した。
「刻め。我は永年王ヴァキュアス。エル王国の、否、此の世界の統治者である」
畏怖と、懐かしさを覚える声だった。
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