第四滴 クロスカリバー

 緋呂の手に握られた十字の大剣は、朱殷の輝きを夜陰に照らした。

「少年、面白い術を使うな。それは魔法の類いか、それとも錬金術か」

 嬉々として尋ねるスカルバーンに耳を貸さず、緋呂は十字の大剣を振り下ろした。体躯からは想像もつかぬ迅速な動きで、スカルバーンは回避する。

「口ではなく武にて語る。戦士の礼儀を弁えているではないか」

 未曾有の事態に尚も余裕を崩さぬスカルバーンに、緋呂は更に憤りを募らせた。

「お前の理屈はどうでもいい。瑞乃に手を出すな」

 その時、十字の大剣が緋呂の脳髄に言葉を送った。緋呂は送られた言葉を一言一句違えることなく発した。

「我が血脈に空白を刻む。我が剣は空白の対価にて冴える。慄け、飛沫(しぶ)け、汝の血。獣が如く罪に喰われ、稲穂が如く消失に刈られよ。喰失刈刃─クロスカリバー─の名の下に」

 詠唱が終わると同時に、クロスカリバーの刀身から血管のような刻印が浮き出た。クロスカリバーから放たれる閃光が洞穴の土壁を剥がしていく。洞穴の残骸は塵となり、緋呂達は広い星空の下に立つこととなった。

「これほどの威力を持つとは。面白い、私も手の内を明かすとしよう」

 スカルバーンは鎧に刃を突き立て、火花を上げながら剣を引いた。何の変哲もなかった銀色の剣がマゼンタの焔を纏い、陽炎に揺らめいた。

「夜天を照らす灯火は我等が剣二つのみ。粋とは思わんか」

 マゼンタの剣で煌めく鎧を見据え、緋呂は吐き捨てた。月明かりが緋呂の頭上に当たる。

「言ったはずだ。お前の理屈はどうでもいい」

 夜風が二人の間を通り抜ける。

「風流を説いても詮ない、と。ならば剣で語ろうぞ」

 林中に光が閃くや否や、スカルバーンは緋呂の懐まで踏み込んできた。緋呂は反射的に身を翻す。間一髪、焔の剣には斬られずに済んだ。火の粉がワイシャツを焦がす。負けじと緋呂もクロスカリバーを振る。焔の剣がそれを防ぐ。朱殷とマゼンタ、二つの剣が鍔競り合う。緋呂は渾身の力を込めて押すが、スカルバーンは尚も涼しげな態度で受け止めていた。

 突如、スカルバーンは笑った。いとも容易く緋呂を弾き飛ばし、高らかに言う。

「実に素晴らしい。闘鬼のスカルバーンとまで呼ばれたこの私と鍔競り合えるとは。誇れ、少年。貴公は今、機会を得た」

 そしてスカルバーンは剣を納め、緋呂に手を差し伸べた。

「少年よ、エルの三銃士にならんか」

 クロスカリバーを握る手が強くなる。

「人を刺しておいて言う冗談じゃないな」

「冗談ではない。エル王国は強者を歓迎する。故に、貴公を相応の地位に置きたいのだ」

 弱肉強食か。嫌いな言葉だ。

「そのために色々な国を滅ぼすのか」

 緋呂は声を荒げた。

「心外だな。我々は、否、ヴァキュアス様はただ再配置を行っているのみ。大地より境界を無くすためのな」

 堪忍袋の緒が切れた。独善的な物言いもそうだが、同等以上に、自己の意志ではなく王の命令であるという点を殊更に強調したことが許せなかった。

「そんな下らない野望のために、一体どれだけのものを失わせるつもりだ、お前達は」

 咆哮に葉がざわつく。しばしの間が過ぎて、スカルバーンは踵を返した。

「どこへ行く」

「此度はあくまで挨拶代わりだ。戦いは次回に預ける」

 緋呂が呼び止めようとする直前、スカルバーンは振り向き、

「理想は消失の下でしか成しえぬ。それが世の常だ」

 と言い残し、闇に紛れ去った。スカルバーンが消えるのと時を同じくして、緋呂の身体に疲労が押し寄せた。クロスカリバーが手から滑り落ちる。今にも倒れそうな緋呂にローザが近寄る。

「大丈夫か、ヒロ」

 跪く緋呂の背中をさすり、ローザは続けた。

「大したものだ。三銃士をはね除けるとは」

「教えてくれ」

 ローザの賛辞を無視し、胡乱な口調で緋呂が呟く。まるで、砂漠を彷徨う旅人のように、緋呂はローザに尋ねた。

「俺は誰なんだ?」

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