第27話 今何でもって・・・言ってないな
数日後、二人はセェベロ第二迷宮の入り口前に立っていた。
リヒトの背には大きなバックパックが背負われている。
「見た感じ、この辺の雰囲気は普通、だね」
ダンジョン入り口前には、リヒト達と同じくこれからダンジョンに挑もうと言う冒険者たちが何人もたむろしているのだが、その様子はいつもと変わらない。
ユニコーンなどという伝説級のモンスターが出た割には普通の雰囲気に拍子抜けしてしまう。
「仕方ないさ。調べた限りではまだあまり情報が広がっていないらしい、というよりも伏せられているようだからな」
隣で装備を確認していたユエルが先日調べてきてくれたことと同じことを言う。
「知っているのはほとんどいない。いたとして数パーティくらいだろう。だがそれもあと少しの間だけだ」
「どういうこと?」
「大規模な捕獲が行われる予定になっている。秘密裏に準備が進められているが、関わる人間が増えれば人の口に戸はたてられまい」
「まぁ確かにそんな人数が一度にダンジョンに入ったら目立ちそうだね」
しかも大人数がそれなりの深さまで潜るとなればリヒトが背負っているように装備の量もかさむ。目立たずにダンジョンに潜ることは不可能だ。
「故に、もし我々がユニコーンの角を先駆けて手に入れられるチャンスがあるとすれば、今回以外にはないと言うことだな」
「そうだね」
目に決意を漲らせて言うユエルにリヒトは力強く頷きを返した。
颯爽と足を踏み出し「行こう」と肩越しに語り掛けて来るユエルの後に続きながら、けれど時間がないのはそれだけではないことをリヒトは知っていた。
ダンジョンに潜る準備を始めて数日の間、ユエルも情報の裏取のためにあちこちへ出かけていたがそれ以外に姉のお見舞いに行く時間が増えていた。
ユエルは「心配いらない」と言ってはいたが、その顔が曇っていくことにリヒトは気が付いていた。
おそらくユエルの姉の命はもうすでにそう長くはないのだろう。
ユエルの焦りからはそんな予感をひしひしと感じる切迫感があった。
だからリヒトは今回のダンジョン探索で絶対にユニコーンの角を獲得したかった。
ユニコーンの角さえ手に入れば、調合自体は他の術者でも出来る。
たとえ自分の命に代えても、ユエルにユニコーンの角を手に入れさせるつもりだった。
◇
ダンジョンの中に入れば、そこにはさすがにいつも通りの静けさがあった。
リヒト達はひとまず正道に沿ってどんどん地下深くへと潜っていく。最初に入った時には同じタイミングでダンジョンへ潜った冒険者たちが何チームも存在したのだが、その大半は目当ての階層がリヒト達よりも浅い層ですぐに散り散りになっていく。10層にたどり着くころにはリヒト達だけになっていた。
「この辺で少し休憩にしよう」
そう言ってユエルが床に腰を下ろすのを確認して、リヒトも背負っていた大きなバックパックをドスンと音を立てながら下ろした。
「疲れたか?」
「まぁ、流石にね……」
バックパックの脇に同じく力が抜けたかのように腰を下ろすリヒトを見てユエルが心配そうに尋ねて来る。10層にたどり着くまでにかかった時間はおよそ2時間。正道を通ってきているので最短で下の階層へ移動できていることと、モンスターがほとんど出現しなかったことでこの程度の時間で済んでいる。
だがここからはそうはいかないだろう。ダンジョンは深い層ほどより強力なモンスターが出現する。その上当然だが深い層ほど潜っている冒険者たちの数が減るために各層を徘徊しているモンスターの数も増える。ここからはさらに気を引き締めなければならなかった。
「すまない」
「え?」
そんなことを考えていると、なぜかユエルが小さく頭を下げて来る。
突然のことに驚いてユエルの顔を見上げれば、そこにある申し訳なさそうな顔にドキリとさせられた。
「本当であれば、お前はここに来るべき人間ではない。冒険者として私はお前が来ることを拒むべきだった。だが……私はどうしてもユニコーンの角をすぐにでも手に入れたい」
「……お姉さんの病気、かなり進んでるの?」
リヒトが訊ねると、はっとした表情をする。
「気が付いていたのか」
「まぁね。何となくは」
「そうか。お前とダンジョンに潜ることを決めてからも本当に一緒に行くべきなのか、私はずっと迷っていた。だがその短い時間ですら、姉の病状は悪化していた」
「……医者はなんて?」
「持ってあとひと月だそうだ。姉の方は、そんな様子おくびにも見せないがね」
ひと月。
そのあまりにも具体的な数字にリヒトの心臓がきゅっとする。
時間がないことにではない。
ユエルの姉を助けられなかった場合を想像してしまったのだ。
家族の喪失は、リヒトにとっても大きな傷を作った。あんな喪失感を目の前の少女に味わわせたくない。
「……急ごう。まだまだ先は長いからね」
「わかった。今日の所は30層まで一気に進む。遅れるなよ」
ユエルに続いてリヒトも立ち上がる。
重いバックパックを背負いなおすと一気に疲労感が戻ってきた気がするが、歯を食いしばって無視する。
弱音を吐いているような状況ではない。
ユエルのために出来ることをしてやりたい。
そんな思いでダンジョンの暗い通路を踏みしめる。
11層へ踏み入れたあたりからモンスターとの遭遇は散発的ではあるが増え始めた。
「はぁっ!」
ユエルの「後ろに下がっていろ」というサインに従って、短剣を手に警戒だけして後ろから見守っている。今ユエルが相手をしているのは数匹のゴブリンだ。
セェベロ迷宮で出現するモンスターは基本的に人型をしていて、中でもゴブリンが一番多い。どの階層でも出現するレベルだ。
ゴブリンを一蹴したユエルが剣についた血を払う。
遭遇からここまで数分すらかかっていない。相手がゴブリンとはいえユエルは強すぎた。
「お疲れさま。怪我してない?」
「大丈夫だ」
「さすがだね。ゴブリンとは言え、一瞬だった」
「おいおい、何を言ってるんだ。この剣のおかげでもあるんだぞ?」
そう言って見せて来るのは手に持った剣。
リヒトが付与魔法を施した剣だ。
「魔法が付与された剣の強さは分かっていたつもりだったが、ここまでとはな」
「前回渡した剣はすぐ折れちゃったしね」
ユエルに以前訊ねた時、魔法を付与された剣を使ったのはあの崩落事件の時が初めてだったと言っていた。実戦でこれほど使ったのはおそらく今日が初めてだろう。
「もちろん家の庭で試させてもらった時からこの剣の力は分かっていたつもりだったが、いつも戦っている相手に使うとその差も明確だな。未だ4つ目の付与魔法も使う必要すら感じんよ」
「あれは消耗が激しいから……前にも言ったけど必要な時を見定めて使ってよね」
「分かっている」
そう言いながらもユエルの声はどこか上機嫌だった。
正直なところ、ユエルが剣一本でここまで喜んでくれるとは思っていなかった。
家の庭で4つ目の付与魔法を試した時は大人モードだったにもかかわらず、本来の子どものようにはしゃいでいた。
もし、この探索が無事に終わってユニコーンの角でユエルの姉が救われた時。その時には自分のすべてを使って最高の一本を作ってもいいかもしれない。
リヒトにとって、目の前の女性はもう見たままの存在ではなくなった。
だがそれでもその強さと、姉のためにまっすぐな生き方をリヒトは尊敬していた。
だから、彼女のためなら何でもしてあげたい、そう思うのだった。
「なぁ、リヒト。ここまでしてもらうんだ。もし今回の件が無事に終わったら何か礼をしたい。何がいい?」
「え?」
自分もほとんど同じことを考えていたせいで思わず返答に詰まる。
目をぱちくりさせているとユエルが軽く笑う。
「おいおい、いくら何でも気を抜きすぎだぞ」
「あ、ゴメン。えっと、別にお礼なんていいよ」
「そう言うわけにはいかないさ。姉を助けるのは私の悲願と言っても過言ではなかったことだ。それに礼もしないとあっては私が姉に怒られてしまう。何でも――とは言えないが何がいい?」
「……それじゃ、ユニコーンの角で作る解呪薬を僕に作らせてくれ」
リヒトの言葉が予想外だったのだろう。ユエルの口がわずかな間開いたまま固まっていた。
「それは、もちろん元からそのつもりだったがそんなことでいいのか?」
「何を言ってるのさ。ユニコーンの角だよ? 下手したら国宝級の素材を扱える機会なんてこの先生きてたって出会えるかどうかわからないんだよ?」
リヒトの口調が熱を帯び始める。
「ああ、お前はそう言う奴だったな。分かった、それはもちろんお前に頼むとしよう。だがそれとは別に何か考えておいてくれ。それだけでは私の気が済まん」
「それじゃ、ダンジョンから出るまでには考えておくよ。でもまだ見つけられてすらいないんだから、気が早すぎると思うよ」
「そうだな。急ぐとしよう」
二人は小さく笑い合いながら、ダンジョンのより深い場所へと向かって歩を進めた。
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