第25話 友との再会


 いきなり目の前に現れた美形の青年に、リヒトは身動きもできずその顔を穴が開くほど見つめてしまっていた。


「おいおいリヒト、何をそんなに驚いているんだい?」

「いや、それは……こんなところで会うとは全く思ってなかったから」


 しどろもどろに言いながら辺りを見渡すが、誰一人としてロズに視線を向けている者はいない。これほどの美形がいて、全く気に留める人がいないのだ。


「気にする必要はないよ。僕には君からもらったコレがあるからね」


 そう言って首元から取り出したのはピンク色で大粒の宝石が付いたアミュレットだった。首からぶら下げている細いチェーンこそ取り換えられていたが、宝石も宝石が取り付けられた台座もリヒトが造って渡した時のままだ。


「そう、だったね。まだ、持っててくれたんだ」

「当たり前だろう。君がくれたこれのおかげで僕がどれだけ救われたことか」


 ロズは目を輝かせながら微笑みを浮かべる。

 昔と何も変わっていない、友の――ロズワールの姿がそこにあった。


「そしてここに来た理由も、本当は分かっているのだろう? ……『影』から報告があったよ。使ったそうだね、スキルを」


 ロズは数少ない、リヒトのスキルの事を全部知っている人間だ。


「っ……! 見ていたのか!?」


 驚くリヒトに、ロズは一転して鋭い視線を向けて来る。


「見ていたわけではないよ。だが君が急にダンジョンへ2度も潜り、片方では崩落に巻き込まれた『銀月』と共に上級悪魔を退け生還したと言う。そんな異常があってただ黙っている僕ではないよ」


 そうだ、ロズはこういう男だった。

 学院で出会った頃からずっとそうだ。


「相変わらず、顔に似合わない計算高い動きが好きだね」

「やらずに済むならそうして生きて行きたいんだけどね僕は。でもあいにくそういう物が見えてしまう質なんだよ」

「……本当に生きづらい性格してるよ」

「自分でもそう思ってるよ。だから今日は君に再度忠告に来たんだ」


 ロズの青い瞳が揺れている。

 真正面から見た深い青の瞳は最後に見た2年前から全く変わらない。感情を深い海に隠しているかのようだった。


「そのスキルは二度と使わないでくれ。君のスキルは、あらゆるバランスを壊しつくす。使い方によっては……君を殺さなければならなくなる。僕は出来ればそんなことはしたくない」


 口では決然と言いながら、握られた拳には強い力が入っていた。リヒトの視線に気が付くとロズは拳を背中に隠してしまったが見間違いじゃない。

 ロズは本当に2年前と何も変わっていなかった。


「……2年前も、同じことを言われたね」

「……」


 2年前、このスキルの事を洗いざらい話したあとリヒトは殴られた。それはもうボコボコにだ。途中からはリヒトも殴り返してやったが当時ロズは既に冒険者として頭角を現していて、貧弱なリヒトでは到底かなわない。その場に立ち会っていたもう一人の友人が泊めてくれなければどうなっていたか分からない。

 そしてその時に言われたのだ。


『もう二度とそのスキルは使うな。次使った時は、お前を殺さなければならなくなる』


 それもあって、リヒトはこの2年スキルは一切使わずに生きて来た。

 でももう遅い、リヒトは出会ってしまったのだ。


「……悪いけど、約束はできない」

「どうして!」


 ロズの悲痛な声が耳に痛い。


「手伝ってあげたい人がいるからさ」


 脳裏に浮かぶのは『銀月』の彼女ではない。

 12歳のまだ幼さの残る少女の姿だ。


「もしこのスキルを手に入れたことに意味があるなら、きっと今が使い時だと思うから」

「……そうか」


 ロズの青い瞳が再び感情を奥へと隠す。


「なら、気を付けることだ。僕の『影』はいつでも君を見ている。もし君がその力を間違った方向へ使ったなら……」


 感情が抜け落ち切った顔をしてロズが言う。


「君を殺す」


 友人の、冷たい言葉が胸に響く。

 けれど感情を宿さない瞳の奥に何かを見た気がして口を開こうとする。


「いやぁ、悪い悪い。なかなか見つからなくてよ!」

「っ!?」


 そこへ店主が小箱を抱えて戻って来た。

 一瞬視線をロズから離しただけだったが、既にそこに彼の姿はない。


「……」


 ロズの目に、隠されている感情が見えた気がしたのはリヒトの願望だったのだろうか。自問するも答えが出るはずもない。大きくため息をつく。


「ん、どうした? やたらと疲れてるようだが」

「気にしないでください。それで、何を探してたんですか?」

「おお、そうだそうだ。ホントはな知り合いの店に持っていくつもりだったんだが……ここで会ったのも何かの縁だろうしと思ってな。あんたの要求に応えられそうな物が、これだ」


 そう言って差し出された小箱の中をのぞき込んで、リヒトは息を呑んだ。


「これは……!」

「一目でわかったみたいだな」


 小箱の蓋が開けられた瞬間から冷たい氷の粒が溢れ出ていた。白い煙の奥に手のひら大の青白い氷の塊のようなものがあった。だがその氷は一定のリズムで小さく拡縮を繰り返している。それはまさしく拍動だった。


「氷鳥『セレスティビス』の心臓だ。これなら文句ないだろ」

「どうしてこんなものがここに……」


 セレスティビスは巨大な鳥の姿をしたモンスターだ。その体はほとんどが氷の結晶でできており、羽の羽ばたきは吹雪を巻き起こし冒険者たちを一瞬で凍り付かせる。

 かなり高位のモンスターで、南の方のダンジョンである『アニムス遺失世界』でごくたまに見ることが出来るらしい。


「ウチのクランで潜ったときに見つけた、と言えりゃよかったんだけどな。こいつは最近手に入れたいわくつきの商品よ」

「いわくつき?」


 そう尋ね返すと店主は声を潜めてこう話す。


「なんかこれを持ってたさる貴族様が没落したらしくてな。コレクションを手放したんだと。なんか不正を暴かれたらしいぜ」

「ふーん」


 いわくつきというからには何か不穏な出所なのかと思ったがごくありふれたものでリヒトは拍子抜けしてしまった。貴族がこういった物を道楽としてコレクションすることも、家が没落して手放さざるを得なくなることもよくあることだ。


「まぁまて、この話には続きがあるんだ。これを買い取ったのはかなり大きな商家だったんだが、ここはこの心臓を買い取ってから3日後に潰れてる。主人の浮気がバレて嫁さんに刺されたらしい」


 そう言いながら肩を竦めてぶるりと震え上がる店主。

 箱から出た冷気で寒くなったのだろう。


「次に手に入れたのはよその国から来てた行商人だった。だがこいつも一月で手放した。国へ帰る途中に野盗に襲われて死んだからだ。そのあとこの心臓は国に帰らなかった行商人の弟子が持っていた。気味悪がって手放したがっていたのを俺が買い取ったと言うわけだ。どうだ、いわくありげだろう?」

「なるほど、持ち主が不幸になるアイテムって言いたいんだね」

「そのとおりよ」


 そう言って店主は胸を張る。

 確かに魔法的な素材や魔法具なんかには呪いがかかった物が幾つもある。所持者を不幸にする物、呪い殺す物などが代表的だ。


「でもこれ、見た限りじゃ普通の素材だと思うけど」

「俺もそう思ってる。まぁここまで持ってた連中が次々不幸にあったのもただの偶然だろ。俺はこういう話が好きだし、安く買えたから買ってみただけだ。知り合いに自慢しようと思ってな」


 それに、と続ける。


「品質はかなりいいだろ」

「そうだね」


 箱の中には状態を保存する魔法が掛けられている。下手すれば中身と箱の価値がつりあってしまいかねないほどに。


「この箱、もしかして最初の持ち主の?」

「よく気付いたな。そうだ。この箱も例の道楽貴族の物さ。その手の貴族はこういう『生きた』モンスター素材を異常に好むからな」


 それならばこの品質にも納得がいく。

 リヒトは改めて箱の中に入った心臓を見下ろした。

 周囲の空気を凍り付かせる魔力。

 明らかに探し求めていたものだ。

 付与したい魔法のイメージも固まりつつある。

 作ってみたい、作った魔法具をユエルが使ってくれているところが見てみたい。そんな欲求が喉をせり上がって来る。

 だと言うのに口が動かないのはさっきのロズの事が頭を離れなかったからだ。


『君を殺さなければならなくなる』


 もちろんあの話はリヒトがスキルを使った場合の事だ。

 これからやろうとしていることはただの魔法付与、スキルとは関係がない。

 だがもし、これをユエルの新しい剣に付与した時、自分はそこで立ち止まれるのか自信がなかった。

 もっと強い魔法具を使って戦うユエルの姿が見たくて仕方なくなってしまう気がした。

 そのための魔法具を作ってみたいという欲求にとりつかれた時、自分はスキルを使わずにいられるのだろうか。

 そんな懸念が頭を離れないのだった。


「……」

「で? どうだ。買うのか?」


 店主がにんまりとした表情でこちらをうかがってくる。

 リヒトの内心のことなど全く分かってはいないだろう。

 だが、心臓から目を離せないでいる様子から、もうどうなるか商人の端くれとして理解しているのだ。


「……分かってるなら訊かないでくださいよ」


 そう言いながらリヒトはポケットから仕入れ用の財布を取り出す。


「で? 幾らなんですか」


 結局リヒトは自分の知的好奇心を止めることは出来なかった。

 大丈夫だ。この素材を使って付与を行うのは何も悪いことじゃない、そう自分に言い聞かせながら。


「まいどあり。いやー、良かったぜ。これでダメならもうあとは『ユニコーンの角』くらいしか情報がなかったからな」

「……今なんていいました?」


 財布の口を広げたところで店主の軽口が耳に入り固まる。


「ユニコーンだよ、ユニコーン。聞きたいか?」


 店主の顔がしめたという顔になっている。

 だがリヒトはそれどころではない。

 ユニコーンは魔物の一種だ。

 基本的には大きな白馬の姿をしていて、頭部には鋭く長い角が生えている。

 その角は素材として非常に有用で、それゆえにかつては乱獲された歴史があった。今ではユニコーンは絶滅したとされ、もし本物の角が市場に流れたら国家予算並みの金貨が積み上がることは間違いない。

 だがリヒトにとって一番重要なのは金額的な価値ではない。

 ユニコーンの角は調合に使えば血止めにも解毒にも効果があり、まさしく万能薬と言っていい。

 そして魔法の素材としても回復薬として、解呪の薬としても超一級の価値がある。


「で、そっちの話には幾ら出す?」


 リヒトは無言で財布の中のリブラ金貨へと手を伸ばした。

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