第24話 出会いは一期一会
手の中にある青みがかった刃の剣に切れ味向上と強度上昇の付与魔法を掛け終えて、リヒトは魔法がしっかりかかっているか光に翳してみる。
「うん、大丈夫かな」
付与魔法を掛けたことによって青みがかった刀身にはうっすらと影のような文様が浮かんでいる。付与魔法を掛けた魔法具には必ずこの魔法紋が浮かぶ。
リヒトはこの魔法紋が気に入っていた。
より複雑かつ高度で強力な付与魔法を行った時ほど浮かび上がる魔法紋は精緻で美しいものになる。今まで見た中で一番美しかったのは小さなペンダントに施された無数の防護結界だった。見た瞬間に吸い寄せられたことを今でも覚えている。
「……何してんの、リヒト?」
はっとして振り向くと、工房の入り口に立つユエルと視線が合った。
薄手の部屋着を身に纏ったユエルの体は華奢で、子どもの姿だった。
そしてめちゃくちゃにドン引きしていた。
「あ、えっとこれはね……」
慌てて弁解しようとする。
だがユエルがドン引きするのも仕方のないことだった。
薄暗い部屋の中で剣を手にして恍惚としたような溜息をつき、時折その刀身に頬ずりする光景を見せられたらそう思うだろう。ましてやその剣が自分の物ならばなおさらだ。
焦りを加速させるリヒトをよそに、しかし何故かユエルの表情が生暖かいものへと変化した。
「安心して、リヒト。あたし知ってるから。男の人って一定の年齢になるとそう言う病気を発症させるって。あたしのクラスメイトにも何人かそう言う人いるってスゥちゃんが言ってたから」
恐る恐る歩み寄って来たユエルがリヒトの肩をポンポン、と優しく叩く。
「だからゆっくり治そ? 中二病」
「いや、ま、待ってユエル! これは中二病じゃないから!?」
✝リヒト・イーディア✝ と言う名前がちらつくが、断じてそう言う病ではない。
自分はただ魔法を付与された道具が好きなだけなのだ!
「そ、そう……だったら別にいいけど。それで、魔法の付与は終わったの?」
「最初から決まってた二つはね」
「他の二つは何にすることにしたの?」
昨日の帰り道の段階ではまだ決まらなかった。
「一つは装備者のスピードを上げるものにしようかと思ってる。ユエルの戦い方を思い出した時に、やっぱりスピードが重要かなって思ったから」
片手剣一本を手に、盾も持たず恐ろしい速度で斬りかかっていく姿を思い出してそう決めた。
「う、うん。それはすごく助かるわね。最後の一つは?」
「それはなんとなくイメージはあるけど、ちょっと素材が足りなくてさ」
だから今日はもう店を閉めてマーケットに行こうと思っていた。
この地区のマーケットは都市全体で見ても最大規模だ。そこを回りながら決めるのがいい考えに思えた。
「それじゃ、しばらくは仕上がらないのね」
ユエルは少し残念そうだ。
確かに実戦で使うのはもう少し後にしてほしいと思う。
「どうする? 僕はマーケットに行ってくるけど、ユエルも行く?」
「ううん。そろそろ行かなきゃいけないところがあるから今日はそこに行ってくるわ」
その顔には決意が浮かんでいた。
ユエルがここまで気を張らなければいけない場所、それは一体なんだ。
「学院に、行ってくるわ」
「……学院に行くのにそんなに緊張する必要あるの?」
「あんた知らないの!? 一日同じ空間にいないだけであそこは全部が変わるのよ! 話について行けない子はすぐに振り落とされてぼっち確定からの便所飯コースなんだからね!?」
「いや、そんなことにはならないだろ……」
明らかにユエルの言葉には妄想が混じっていた。
リヒトが数年前まで在籍していた魔法学院初等部にはそんな空気はなかったはずだ。
あるいは女子の間にだけそんな空気が存在したのだろうか。リアムに聞けば分かるかも?
「じゃ、あたしはそう言うわけだから登校の準備してくるわ……」
ずーん、と背中に暗い空気を背負ってユエルは二階の自室へと向かって行った。
どうやら『銀月』は子どもでも大人でも戦場に向かうことになるらしい。
◇
店を閉めて出た足で、リヒトは歩いて数分の場所にあるマーケットへと向かった。
数キロ四方の空間には色とりどりの露店が並んでいる。天幕を張っている店、茣蓙にどこからか集めて来たガラクタを広げている店、おいしそうな匂いを漂わせる食べ物屋、ダンジョンから拾って来たアイテムに見せかけた偽物を売りつけようとしている店主。
規則正しく並んだ店は圧巻の一言で、その間の通りは隙間がないくらいに大勢の人々で埋め尽くされ活気にあふれていた。
この都市の中でもこのマーケットは最大規模と言っていいサイズだ。ここでは先着順だが申請をして税金を納めれば子どもでも店を開くスペースを手に入れることが出来る。
場所によって治める税金の額が違い、広い場所や目立つ場所などはかなり高くつく。
リヒトも今、露店の隙間の道を人の流れに沿って流れている最中だった。
「おじさん、その串焼き一つ」
「あいよ!」
威勢のいい返事と共に串焼きが差し出され、リヒトが代金と代わりに受け取ってそのまま歩く。
口に含んだ肉はあぶらっこいが、たっぷりとつけられたタレとの相性が最高でもっと勝っても良かったと後悔する。
「ところでこれ、何の肉なんだろ?」
目で見た限り鳥の肉のように見えるのだが、触感はかなり柔らかい。
もしかしたらダンジョンから流れて来た肉だったのだろうか。
自分が食べた肉に対して一抹の不安を覚えながら、リヒトの目はせわしなく露店を行き来していた。
今日マーケットまで足を運んだのは買い食いをするためではない。
ユエルの武器に付与する素材を見つけるためだ。
ダンジョンから持ち帰られた戦利品や素材は、冒険者ギルドで買い取ってもらうことが可能だが、その価格に納得できなかったりした場合にはマーケットに流れることもある。冒険者ギルドは国営の組織のため買取金額を渋られることも多いのだった。
マーケットに流れて来た素材は、ダンジョンで入手した本人が販売する場合もあれば専門の仲介人に販売を委託する場合もある。
リヒトが探しているのもそんなダンジョンからの産出物だった。
「うーん、これも違うなぁ」
露店の一つで足を止め、天幕の張られた店先に並べられた商品に目を通す。
ファイアスピリットの燃えカスだとか、水生妖樹の枝など今日の目的以外では役に立ちそうな物が幾つも並んではいるが、いまいちピンとくるものではない。
前の店では並んでいた商品の大半が偽物だったことを考えればよほどまともな店ではあるのだが、ため息が出てしまうのを抑えられない。
「おう兄ちゃん、何かウチの商品に文句でもあるのかい?」
顔を上げると、露店の店主だろういかつい男が笑顔で額に青筋を浮かべているという珍しいものを見た。
「あ、いや。ちょっと欲しい物が見つからなくてイライラしてたんだ。ごめんよ」
「はん、そうかい。ウチの店の商品はご不満か」
「そ、そんなことはないですよ! こっちのミグルドの葉なんかはきちんと処理されてますし、腕がいいのはわかってますよ」
店主の青筋が増えたのを見てリヒトはとっさに仕入れている商品をほめちぎる。リヒトも別に商品の品ぞろえや質が悪くてため息をついたわけではないのだ。
店主もその言葉を聞くと、青筋を引っ込める。
「お前、ミグルドの葉なんざ見分けがつくのか? 同業か?」
店主の男が指したのはリヒトが褒めちぎった葉っぱだ。
どこからどう見てもその辺に生えている草でしかないそれは、薬効が高く魔法薬の制作ではかなり高値で取引されるものだ。採取時の腕で質が大きく変わるために下手な者がやればすぐ枯らすことで有名だ。
「いえ、僕は魔法具店を営んでいる者ですよ」
「ああ、なるほどな。そう言うことだったら納得だぜ」
店主が得心の言った顔で頷く。
「ここに並んでる商品の大半は俺の嫁とそのパーティがダンジョンで採って来た物なんだよ。それを馬鹿にされた気がして少し気が立っちまった。すまんな」
「いえ、こちらこそ失礼しました」
そう言って別の店を探そうと立ち上がる。
「あ、おい。ちょっと待てよ。探してるものがあるようだが、何を探してるんだ?」
立ち去りかけた背中に、店主が声を掛けて来る。
「うーん。実はこれと言って決まっているわけではないんですよね」
「何だそれは」
リヒトの説明にもなっていない説明に店主が口元をへの字に曲げる。
その様子に少し申し訳なく思うが、ここで会ったのも一つの縁かもしれない。もし同業の情報があれば教えてもらえるだろうかと思ってリヒトは口を開いた。
「実は、知人の剣に魔法を付与してあげようと思ってるんですがいい素材が見つからなくて」
「はぁん。なるほどな、女か」
「え? まぁ、そうですけど……」
急に口元をニヤリとさせる店主。確かにユエルは女だ、と思って頷いておく。
「なるほどな。その女の気を惹きてぇってところだろ。どうだ、図星だろ」
「ま、まぁそうだといえばそうですね」
もしユエルの本当の姿を知らなければリヒトは今も彼女のために魔法具を造ろうとしていただろう。いや、今もこうして魔法を付与したいと思っているわけだが。
「そうかいそうかい。俺の嫁もな口説き落とすまでにそりゃあ時間がかかったのよ。俺は見ての通りクランの中でも非戦闘員。相手は前戦メンバーの要よ。ダンジョンに行けない俺はどうやって気を引いたもんかと毎日気が気じゃなかったもんさ」
「はぁ……」
唐突に始まった自分語りに曖昧な頷きを返すことしかできない。
「探してるものの方向性くらいはあるんだろ、言ってみな」
「そうですね……」
ユエルの剣に付与した魔法は強度上昇と切れ味向上。そして既に材料がそろっている装備者のスピードを向上させるものの3つだ。そして残りの一つはもっと直接的に攻撃の助けになる物にしたいと思っていた。
「魔法的な力が強い素材がいいと思っています。できれば青系統の属性が付与できそうなものだとなおいいな、と」
「青系統か。付与する内容としたら、水とか氷とかの魔法か?」
「そうですね」
倭刀に魔法付与を行った時には《無限氷刃》という切先に氷の刃を作り出し、わずかながら間合いを伸ばす魔法を付与した。結局それが使われるよりも先に倭刀がぽっきりと逝ってしまったのだが。
今回はあれとは別の、もっと火力のある魔法を付与したい。そのためにはより魔法的な力の強い素材が必要だった。
だが――
「だとするとこの辺のマーケットじゃなかなか手に入らないかもだな。青系統が出やすいのは西のほうの『クルーウェルド湖底迷宮』だろ」
「そうなんですよね」
クルーウェルド湖底迷宮はこの都市の西側にある迷宮だ。中は半地底湖になっていて、水生のモンスターが多い。古代遺跡風のセェベロ迷宮とは大きく異なる。
「冒険者ギルドの方はどうだ? 冒険者から売られた素材が流れて来るか……取り寄せもできるんじゃないか?」
「それが、この前の崩落事件の影響でそんな余裕もないらしくて」
ここに来る前に一度寄って来たのだが、冒険者ギルドの方はまだ事件の後処理で忙しいらしく、ほとんどの職員がそちらに掛かり切りの様だった。
「なるほどな……ならしょうがねぇ。ちょっと待ってな」
そう言うなり店主はいきなり露店の天幕の裏側へと回っていった。
いきなりの事に止める間もなく、リヒトは無人となった露店の前で待っていることしかできなかった。止めようと伸ばした手が行き場を失ってゆっくりと戻る。
時折天幕の向こう側から「これじゃない」「こっちか?」など聞こえるので店主がそこにいるのは間違いない。もしリヒトのほかに客が来た時には大きな声で呼べばいいだろう。
仕方ない、戻るのを待とう。そう諦めたところで背中に声を掛けられた。
「やぁ、何かいいものはあったかい?」
反射的に「店主は店の裏側だよ」と答えようと振り向いて口を開きかけたリヒトは目に入った隣の男の姿に固まった。
耳に入って来た声は男の物だったが、一瞬女性と見間違うほどに整った容貌だ。艶やかな髪は金糸のようで、両の瞳は宝石のような青色をしている。こんな安い露店の前で立っているのが恐ろしく不似合いな高貴な雰囲気を隠し切れていない。10人とすれ違えば10人が振り返るような、そんな男だった。
一瞬遅れて頭が理解したがさっきの言葉も店の人間にかける言葉じゃない。
リヒトに向けられたものだった。
「ロズ……どうしてここに」
「久しぶりだね、リヒト」
以前と全く変わらない、甘い微笑みに周囲の音が遠ざかった気がした。
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