第23話 見つけて欲しいと思った日


「お嬢さん、武器は決まったかい?」

「む、正直まだ迷っている」


 店内へ戻ってくると、ユエルは二本の剣を前にして思案している様子だった。

 片方は白鞘に覆われた両手剣。刀身も肉厚なようでかなりの重量があるように見える。

 もう一方は黒鞘に入った片手剣。こちらは以前ユエルが使っていた剣とほぼサイズが同じだ。


「ユエルって両手剣も使えるの?」


 普通、何種類もの武器を使うような冒険者はいない。大抵一つの武器を習熟するのには長い時間が必要になるからだ。ましてや武器ごとに使い勝手も変わって来る。


「一応習得はしている。あまり使ったことはないがな」

「そう言えばこの前渡した倭刀も上手く使ってたね」


 ダンジョンの中でいきなり渡すことになったから、うまく使ってくれるか不安だったがあの時のユエルの戦い方は達人の域だった。


「実家にいた頃はいくつもの武器を触らされたからな」


 何種類も武器を持たせる家って何だろうか。一見してユエルの立ち居振る舞いは洗練されていて品が良いと感じることが多い。もしかしたら実家は貴族なのかもしれなかった。

 だがそのことを訊ねるよりも先に、隣で聞いていたサトラが驚いた声を上げた。


「おいおい、その倭刀ってのはもしかしてこの前ここで買ってったヤツか!? で、どうだった? 使い勝手は?」

「うん? ああ、ここで造られたものだったのだな。とても良いものだったぞ。切れ味はそこらの剣とは比較にならないものだったし、何よりも倭刀の魔払いの効果が相手に対してかなり有効だった」

「確かにデアルゴルも警戒している様子だったね」


 あの悪魔の様子を思い出して頷く。

 持っていたのが倭刀だったのは幸運だった。


「何だ? 悪魔族とでもやり合ったのか? 確かに倭刀は悪魔とか邪悪性をもつモンスターに有効だって聞くが……いったい何とやり合ったってんだ?」

「上級悪魔」


 その言葉にサトラが目を大きく剥く。


「上級悪魔だって!? そんな大物とやり合って無事とはさすがだな……ってことはその戦いで倭刀が刃こぼれでもしたか? それで新しい武器を探しに来たんだろ」

「ほう、察しがいいな」


 頷いたユエルにサトラは仕方ないなぁ、と言う笑みを浮かべる。


「だったら最初から言えよ。よほどじゃなければ打ち直してやるからよ。どのくらい刃こぼれしたのよ? 倭刀は刃こぼれしやすいからなぁ」


 自分の打った倭刀がとんでもない大物と戦ったことが嬉しいらしい。にっこにことした笑みを浮かべるサトラ。だが反対にリヒトの顔は申し訳なさから暗くなる。


「あー、その。ごめん、サトラ兄さん」

「あん?」

「ぽっきり折れちゃった」


 そのひとことでサトラの笑顔がピシリと固まる。


「折れ、た? ちょっと待ってくれ、本当に折れちまったのか?」


 ぎこちなく口を動かして聞き返すサトラにユエルが答えた。


「すまない。私の力不足だ」

「……いや、敵を前にして折れるならそれは武器の方にも問題があったってことだ。肝心の時に折れるようじゃ武器として不十分だからな……」


 サトラは無理して笑顔を作ろうとして変な顔になっていた。


「そうか……折れたか……」


 しかしその落ち込み要は全く隠せていない。


「なぁ、彼は一体どうしたのだ?」


 こそっと体を寄せて来たユエルが耳元で訊ねて来る。ふわっと甘い香りも漂ってくる。


「う、うん。サトラ兄さんは自分の作品にすごい愛着を持ってるからね……。自分の剣が一本でもダメになるといつもああなんだよ」


 耳にかかる吐息に心臓を一瞬弾むのを抑えて答える。以前サトラが初めて作ったと言う包丁を貰った時もそうだった。数年使い続けているうちに、落として刃がダメになった時もそうだった。あるいは店に来た客がダンジョンで無くしたから新しい剣を買いに来た時もひどい落ち込み様だった。


「ユキミ……すまない……」


 サトラが口走った名前はもちろん剣の名前だ。絶対に人には教えないが、サトラはどうやら自分で打った剣には全て女性の名前を付けているらしい。

 その様子から察したユエルが微妙にひきつった表情をしているが、これもいつもの事だ。


「大丈夫、しばらくすれば立ち直ると思うから。どっちかっていうとミトスおじさんに知られた時の方が大変だから……」

「ミトス?」

「ううん、何でもないよ。それよりもどっちにするか決まった?」

「そうだな……」


 ユエルは手の中の剣を見比べる。どうやらまだ決めかねているようだ。

 だったら何か決め手を見つけてあげられないだろうか。


「サトラ兄さん、これ素材は何を使ってるの?」

「うん? ああ……白いのは普通の鉄製だ。強度を上げるためにアラクネ族の粘液を織り込んで作ってあるがな。黒い方も基本は鉄だが、いくつかの希少金属を少量ずつ混ぜ込んであるぞ」

「なるほどね……」


 ユエルの手から黒い鞘に入った剣を貰って引き抜いてみる。

 青みがかった刀身があらわになる。

 じっと確認してユエルを振り返った。


「ユエル、こっちの黒い鞘の方にしたら?」

「それはまたどうして?」

「こっちのほうが普通の剣よりも少しだけ多く付与魔法が掛けられるからだよ」


 サトラのいう通り、黒鞘の剣は希少金属を混ぜ込んであってそのおかげで普通の素材よりも魔法の付与がしやすい。付与魔法師として、こちらの方がユエルのために出来ることが多そうだと思ったのだ。


「では、そちらを購入するとしよう」

「まいどあり」


 ユエルの言葉を受けてサトラが手を打つ。ようやく立ち直ったかその顔は笑顔だった。


「ああそうだリヒト、この前ミスターが来たぞ。出来上がってたから頼まれてたやつ渡してあるからな」

「っ!? ほんと?」


 サトラの言葉にリヒトの目が輝く。

 カウンターでユエルと剣の代金をやり取りしながらその顔を見てサトラの笑みが深まる。


「何のパーツなのかはなんとなく想像できたがな、ほどほどにしておけよ。そのうち捕まるぞ」

「大丈夫大丈夫!」


 そう言いながらもリヒトの心は既にここになかった。 

 サトラに頼んであったのは前からずっと作ってみたかった魔法具のパーツだ。リヒトは自分ではパーツの作成も組み立てもできないので、両方とも知り合いに頼んであったのだ。

 店も畳むつもりで、色々やけになっていたので結構な額をつぎ込んであると言うのも大きい。

 そんな浮かれたようなリヒトを見て、ユエルが怪訝な表情を浮かべていた。


   ◇


 店を出て「デート頑張れよ」とこっそりエールを送って来るサトラに別れを告げて、二人は家への道を歩き出した。隣を歩くユエルの手の中には包みに入った剣がある。


「いい剣ばかりだったが、なかなか手に馴染むものはないものだな」

「不満だった?」


 サトラの店はリヒトが知る中では一番の店だ。質的にも値段的にも。


「いや。剣の性能自体は十分すぎるほどだ。ただ私の手に馴染む物があまりなくてな」

「手に馴染む物かぁ」

「この前リヒトに作ってもらったものは手に吸い付くような馴染み方だったのだが」


 チラチラと物欲しそうな視線を向けて来るのは剣を造ってもらうのを諦めていないからなのだろうか。そんな視線を向けられてもリヒトは造るつもりはない。

 知らないふりを決め込んで答える。


「ああ、それはユエルに合せて作ったからね」


 少し残念そうに頷くユエルの姿から、どうやらこの模造武具で造った武器と比較していたらしい。

 だがユエルがそう感じるのも仕方のないことではある。


「《模造武具》は僕のイメージを元に作っているからね。しかも普通の武器みたいに鉄を打って作るわけじゃないから握りや重心なんかもユエルに合せて作ったんだよ」

「なるほど、それは手に馴染むはずだ」


 頷いて納得を見せるユエル。

 また造って欲しいなどと言われては面倒だと思い話題を手の中の剣に引き戻す。


「ねぇ、ユエル。その剣さ、何を付与する?」

「そうだな、ちなみにいくつ付与できる?」

「その剣だったら……内容にもよるけど多くて4つかな」


 ユエルが選んだ剣は、鉄といくつかの希少金属を少量混ぜた合金だ。魔法を付与できる数は付与する素材に左右される。サトラが混ぜ込んで使った素材によって普通よりも多く付与することが出来る。


「4つか、ひとまず剣自体の強度を上げる魔法と切れ味を強化する魔法は欲しいところだな」

「それなら問題なくできると思うよ」


 どちらも基礎的な付与魔法だ、素材も店に戻ればどちらも足りるだろう。


「あと二つは出来れば敵を殲滅するうえで役に立つものにしたいが……任せてもいいだろうか」

「え? いいの?」


 そう言われてリヒトは目を輝かせた。


「あ、ああ。そんなに嬉しいか?」

「ご、ゴメン。好きに作れると思ったら楽しくなっちゃってさ」

「……先ほども思ったが、リヒトは魔法具を作るのが好きなのか?」

「大好きだよ」


 物づくりは楽しい。

 ここ数年、生きている中では唯一と言っていいほどの楽しみだ。


「そうか、そう言うものがあるのはいいことだな」

「……ユエルはそういうのはないの?」


 ユエルが少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべているのを見て尋ねる。


「ないな」


 短い答え。

 だがその声と表情には誰かに向けた憐れみが浮かんでいる。


「もし私が……あっちの私がごく普通の生活を続けていられたならそういったものも見つけられたのかもしれないが、今の私は日々を生きていくだけで精いっぱいだからな」

「そっか」


 ユエルの生活は、きっといつも切羽詰まったものだっただろう。

 姉を助けるためにダンジョンに潜り死闘を繰り広げ、学校にも通って……。事実を知っている味方もほとんどいない中での生活だったはずだ。


「見つかるといいね。ユエルの好きな物」

「……そうだな」


 ユエルの遠くを見るような瞳が、この日一番に印象に残ったリヒトだった。

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