第22話 鉄と油のデート


 家の玄関で両手を差し出したリヒトの腕に冷たい手錠が掛けられた。


「魔法具店店主リヒト・イーディア。未成年者誘拐の容疑で逮捕する」


 黒いスーツを着たがたいのいい警官数人に取り囲まれて家を出る。

 パッと明るくなった視界に目が慣れると、見知った街路にたむろしている近所の住人たちが視界に入った。誰もかれもがリヒトに白い目線を向けてコソコソと話している。


「あらいやだ、変態よ」

「ロリコン」

「性犯罪者」

「ロリロリローリロリ」

「いつかやると思ってたのよねぇ」


 やめてくれ、そんな目で見ないでくれ!


   ◇


「どうしたの? リヒト?」

「ハッ!?」


 妄想から覚めると、そこは家の玄関だった。もちろん周囲を見回しても警察の姿なんてない。額から流れ落ちる冷たい汗を拭って安堵の息をついた。

 だが目の前に立つユエルはリヒトのそんな心情など全く分からない様子で首を傾げていた。

 リヒトをのぞき込んでいるユエルは動きやすいパンツルックで、軽いお出かけと言った風情だ。幼さの残る顔つきはどこからどう見ても初等部に通う子どもの姿をしている。


「い、いや。何でもないよ」


 頭を振って、一瞬垣間見えた妄想を振り払う。

 2人はこれからユエルの剣を見繕うべく出かける用意をしてきたところだった。


「それじゃ、行こうか」

「あ、ちょっと待って」

「?」


 ドアに手を掛けたところで背後からユエルに引き止められる。


「《幻憬幽灯》」


 その言葉と共にユエルの体が淡く発光する。

 未だ幼さを残す少女の体がすらりとした長身へと変貌していく。ほとんど水平に近かった丘陵も、大きな起伏を持つものへとかわり女性らしさを強調される。

 リヒトが瞬きするほどの時間で、ユエルの姿はあっという間に大人の女性へと変貌していた。


「ふむ、これでよし。待たせたな、では行こうか――どうした? 鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をして」

「いや……本当に大人になるんだな、と思ってさ」


 きちんと理解しているつもりではあったが、いざ目の前で変身を見せつけられると驚きが勝る光景だった。

 目線の高さもこうして変身した今はほとんど同じになっている。


「そう言えば、変身すると服も一緒に大きくなるの?」


 ユエルが着ている服は子どもの姿だった時の物のサイズを大きくしただけのものだ。しかし長身の女性になった今のユエルからは子ども状態とは全く違う色気のようなものを感じてしまう。


「ああ。衣服も体の一部として認識するからな。そう思えない小物などは対象外になってしまうが」

「それだとその体の状態で剣を選んだ方がよさそうだね」


 重さのバランスなども代わってくるだろう。


「いや、こうして《幻憬幽灯》を使ったのは、子どもの姿でお前の隣を歩くのが不釣り合いで恐れ多いと思ったからだな。自分のようなミジンコがリヒトの隣を歩いていてはリヒトに迷惑がかかるから、と」

「なんだそりゃ」

「お前がそう思うのも仕方ないがな。あっちの私は本気でそう思っているのだ」

「……スキルの代償で?」

「そうだな」


 そう頷くユエルの顔は大まじめだ。

 ネガティブな思考になるとは言っていたが、相当に誇大妄想と被害妄想をこじらせているらしい。やっかいな代償だった。


「とにかく、そろそろ行こうか。場所は工業区だから少し歩くよ」

「分かった、行くとしよう」


 頷くユエルを連れて、歩き出した。


   ◇


 街の中を歩いていると、隣を歩く大人ユエルが本当に美人なのだと言うことを認識される。すれ違う人のほとんどが後ろで振り返っているのを感じる。同時にリヒトへ向く「なぜこんなのが!?」という視線も。


「気にするな」


 周囲から向けられる針の筵のような視線に困惑していることに気が付いたのか、ユエルが助言をくれる。


「どうせ私達を知らない人間だ。いっそ堂々と胸を張って歩け」

「ユエルは気にならないの?」

「気にならないわけじゃないがな。どうせ本当のことなど何も知らない連中だからな」


 そう言って言葉通りに隣を堂々と歩く姿は、高い身長も相まって華と同時に近寄りがたい雰囲気も纏っている。

 とても正体が12歳の少女とは思えない。


「本当に別人格なんだね」

「まぁそうだな。もしあっちの私がこんな状況になれば……間違いなく吐くだろうな」

「吐く!?」

「そして二度と日の当たるところに出てこようとはしなくなるだろう。一生をひかげで過ごすのだ」


 その言葉を否定しようとして、けれどその言葉が出てこない。

 リヒトにもそんな姿が想像できてしまったからだ。


「それで、知り合いの店と言うことだったが、どの辺なのだ?」

「あ、それだったらもうすぐです」


 リヒト達の住むセェベロ迷宮付近のすぐ北側には工業地区が広がっている。

 住宅街や大きなマーケットの存在するリヒトの店付近と比べると、鉄と油臭い場所だ。大きな煙突を幾つも並べた工場や、鎚を打ち付ける音が店の外まで響く金物屋なども多い。

 この工業地区の入ってすぐのところに目的の店はあった。


「ここだよ」


 そう言って示したのは、表まで鍋や包丁などが並べられた一軒のお店だ。並べられた商品はどれもきれいに陽光を反射していてしっかりとした職人の手で造られていることが窺わせられる。


「金物屋ではないか?」

「半分はね。ユエルは普段どこで武器を調達してるの?」

「私は冒険者ギルド併設の武具店だな。値段も手ごろだ」

「確かにそうだよね」


 冒険者ギルド内には契約している武具店から下ろされた武器や防具、あるいはダンジョン探索で必要になる装備を売っている。冒険者ギルドも登録した冒険者がダンジョン内で頻繁に死亡されると困るので、手に入りやすいよう手頃価格である程度信頼のおける武具を提供してくれる。


「個人の武具店となると価格も品質もピンキリだからね。買う側に知識がないと難しいから、それで正しいと思うよ」

「つまりここはそう言う意味でも信頼できると言うことだな?」

「もちろん」


 ユエルの問いにリヒトは間髪入れずに頷いた。リヒトの自信を大いに含んだその表情に、一瞬キョトンとしたユエルだったが、すぐに顔を笑顔にして、


「では、期待するとしよう」


 そう言って二人店へと入った。

 中に入ると、外と同じようにいくつも金物が並べられている。だが店主の気質によるものだろうか、よく整理されていて大型の鍋やフライパンなどもいくつもある割に店内から雑然とした雰囲気を感じない。


「あっちの奥の方だよ」


 そう言ってリヒトが差したのは店の奥側。包丁が並べられた棚の奥に小さな四角いスペースがあった。

 そこだけが異様な空間となっている。

 壁に陳列されているのは片刃の剣、刀、槍。床には箱に雑に詰め込まれた薙刀、長槍、両手剣。刃を持つ武器が何種類も並べられていた。


「これは、なかなか見事だな」


 ユエルが棚に並ぶ一本の短剣を手に取って眺める。


「私のような審美眼のないものでもかなりの業物だと分かるぞ。なんでこんな金物屋の一角にこれほどの物が並べられているのだ?」

「それは俺と親父の趣味みたいなもんだからさ」


 突然の声に振り向くと、そこには灰色の髪をした若い男が立っていた。むき出しになった肌は浅黒く筋肉質で、誰が見ても今の『自分が打った』と言う言葉を疑わないだろう。


「紹介するよユエル、こちらここの次期店主でサトラ兄さん」

「よろしくな、お嬢さん」


 さわやかな笑顔を浮かべて手を差し伸べて来るサトラ。ユエルが握ったその手は想像通りにがっしりと固いものだった。


「こちらこそよろしく頼む。ユエルだ。冒険者をしている」

「そのいで立ちにその名前……あんた『銀月』か」


 サトラがわずかに瞠目したのをユエルは見逃さなかった。


「ほう、私の事を知っているのか」

「ま、職業柄少しはな。つっても家は金物屋だけど」

「それだ、これほどの武器を打てると言うのになぜ金物屋などをやっているのだ?」


 その言葉にリヒトは苦笑する。

 確かにユエルのいう通り、店を見渡せば商品のほとんどはごく普通の金物だ。


「さっき言っただろ? これは俺と親父の趣味で作ってるものなんだよ」

「趣味? これほどの武器が趣味で作られていると?」

「ウチが武具店だったのは俺の爺様の代までの話。親父の代からは金物屋になったのさ」

「なんでそんなことに……」


 そう言いながらもユエルの目は手に握った短剣の刃に吸い込まれている。どうやらかなり気に入ったらしかった。


「俺の親父がな、おふくろにプロポーズした時に言われたんだと。『武器なんて野蛮な物を売ってる人とは結婚したくありません』ってさ」


 そう言いながら肩をすくめて笑うサトラ。

 この話はリヒトもずっと昔から何度も聞かされてきた鉄板ネタだ。


「で、親父も馬鹿だから『分かった武具店はやめて金物屋を始める』とか言い出して結婚したってワケ」

「何ともったいない……」


 ユエルの顔は本気で惜しがっていた。

 サトラはそれに笑って、


「でも結局武具店だった時よりも金物屋になってからの方が売り上げは上がったらしいぜ? 鍋とか包丁とかは簡単に作れるし、武器よりも買い替えの頻度が高いからな。しかも結局余った時間で趣味で作ってた武器を処分する名目で出したらあんたみたいに認めてくれる人が高く買ってくれるからな」

「む? 母君は許可したのか?」

「いっぺん離婚寸前まで行ったとさ。武器を売った金の大半をつぎ込んで接待してようやく認めてもらったわけだが」

「それは大変だったな……」


 ユエルの同情を含んだ視線にサトラが肩を竦めて見せる。


「ま、そう言うわけだからここに出てるのはどれも自慢の一品だよ。好きに選んでくれ」

「そうさせてもらおう」

「そんじゃ、俺はリヒトと少し話があっから、ちょっくら借りるぜ」


 サトラは勢いよく腕をリヒトの肩に回して引きずるようにして店の外まで連れ出した。

 外へ出るとやはり目の前にあるのはただの金物屋だった。


「なぁおいどういうことだよ!?」


 サトラの声は興奮が抑えきれないと言った様子だった。


「どうって?」

「決まってんだろ、何でお前があの『銀月』と一緒にいるんだよ? まさかお前冒険者になったワケ?」

「そうじゃないけどさ、ちょっと色々あって」

「オメーその色々を聞かせろっつってんの!」

「そう言われてもね……」


 ユエルと一緒に住んでいることはあまり人に話したくはない。

 出入りしていればいずれは周知の事実となることもあるだろうが、冒険者として有名人のユエルがいることで変な客が来るかもしれない。

 ましてやユエルの本当の姿を知ってしまった今、12歳の少女を家に居候させているなどと言うことが世間に知られれば妄想が現実になりかねない。


「ふぅん、俺にも言いたくないわけか。ま、別にいいけどな。お前もお前で『銀月』とのデートを楽しんでるみたいだし」


 サトラのその言葉が耳に入った瞬間、世界から音が消えて体が石の様に動かなくなった。


「で、でででデート?」

「ん? デートだろ?」


 そう言われてリヒトは自分が今いる状況を再確認する。

 若い男女が。

 二人で。

 普段は戦闘服しか着ていないユエルが私服で。

 買い物(武器)をしている。


「……確かにデートだ」

「どした? 急に冷静な顔つきになって」


 怪訝な顔をするサトラ。


「『銀月』ってだけでもすげぇことだけど、あんな別嬪さんと隣を歩いててなんも感じることねえワケ?」


 街を歩けば10人中10人が振り向くような美人のユエル。

 ここまでくる間に何度も突き刺さった何でこんな男と? と言う視線。

 分かり切っていたことだった。


「確かにそうなんだけど……」


 だが12歳の少女なんだ……!

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