第19話 帰還と宴


「では帰還を祝して乾杯!」

「かんぱーい!」

「うおぉぉぉぉ!」


 ツグミの宴亭の中には今日何度目になるか分からない乾杯の音頭が響いていた。

 その声を聞きながら、リヒトは店の奥側バックヤードにある階段を降りて来た。


「やぁリヒト君。体は大丈夫かい?」

「おじさん」


 厨房の傍で椅子に座っていたレンダルに声を掛けられてリヒトが顔を上げると、少しだけ疲れた顔をしたレンダルと目が合った。


「僕は大丈夫ですよ。リアムの方がよっぽど疲れてます」

「リアムはもう眠ったかい?」

「ええ。今は落ち着いてよく眠っていますよ」

「そうか、すまないね。本当は僕かアーゼが傍についていてやれればいいんだろうが、今日はアーゼがいないからね。それに、リアムも隣にいるのは父親より君の方が落ち着くだろう」

「どのみちお店がこの状態じゃ無理ですよ」


 そう言ってカウンター越しに店のフロアを眺める。

 そこにはテーブルに並ぶ料理を豪快に食べる冒険者たち、あるいは既に酒を飲んで酔いつぶれた者などが無数に存在している。

 彼らは皆、セェベロ第二迷宮の救助作戦に参加した者達だ。


「ダンジョンに落ちた人たちは、皆見つかったのかな?」

「ラスティさんが言うには確認できている限りの要救助者は見つかったそうです。……ほとんどの方は遺体で見つかったそうですけど」

「そうか……」


 リヒトの言葉にレンダルが沈痛な面持ちでうつむく。

 それも仕方のないことだ。一歩間違えば娘のリアムがその一人になっていた可能性だってあるのだから。


「今は原因の究明と、未確認の要救助者の探索を複数のパーティが引き継いでくれています。何かあっても、彼らが何とかしてくれますよ」


 あえて明るく言うと、少しだけ顔を明るくしたレンダルが頷きを返してくれた。

 ダンジョンから戻った時、レンダルは娘の無事な姿をダンジョンの前で確認して抱き留めると同時に泣き崩れた。

 リアム本人は「もう、恥ずかしいよお父さん!」なんて言っていたけど、目の端には涙が浮かんでいた。

 そしてレンダルは協力してくれていた冒険者たちに、腹を空かせているだろうと無償で店を開けてくれだのだ。

 怪我がなく、腹を空かせていた冒険者たちはその提案を喜んで受け入れた。店に来なかった冒険者も今度必ず寄らせてもらうと言って帰って行った。

 そうしてツグミの宴亭で帰還を祝した宴が始まったのだ。

 とは言え店は既に閉めてあり、手伝ってくれているグレンダさんなども帰った後だ。レンダルも料理は作るが腕に自信のある冒険者たちも参加して簡単な物は自分たちで料理を作り、酒を酌みテーブルに配膳して半分セルフサービスの様相だった。

 リアムは手伝うと言ったのだが、レンダルからお許しが出なかった。

 リヒトもその意見に同意して、無理やり部屋で寝かせたのだった。


「疲れていただろうにすまなかったね。何か食べていくかい? とはいっても、大したものは出せないから、作れるものだけだけど」


 どうやら冒険者たちはかなり食べたようだ。

 元々買い出しの途中だったこともあって食材が底を尽きかけているらしい。レンダルの肩を竦めた様子から察した。


「そうですね、それじゃお願いします」

「分かった、空いている席に座って少し待っていてくれ。シチューでどうだい?」

「いいですね。お願いします」


 言葉と同時にお腹も鳴ってしまい、レンダルに苦笑されながらリヒトは店内へと向かった。

 空いている席は、と見渡してちょうど一番奥の席――ユエルと最初に座っていた席が空いているのを見つけて座る。

 席に座ると、深く息を吐き出して時計を見上げた。

 もうすでに深夜を回って、もう数時間もすれば夜明けだ。ダンジョンを出たのが日付が変わったぐらいだったことを考えれば、仕方ないと言えば仕方ない。

 レンダルのシチューを食べたら自分も昼過ぎまで寝ていよう、そう思って大きく伸びをした時だった。

 店の入り口の方からどよめきが上がった。


「おう! 『銀月』じゃねえか!」

「怪我はもういいのか?」

「お前がいたおかげでこっちのパーティには被害がなかったぜ。助かったぞ!」

「おい、誰か『銀月』に酒もってこい酒!」


 ひょいと席から首を出してみれば、入り口から入ったところで冒険者たちに囲まれているユエルの姿があった。

 そのユエルと目が合った。


「ありがとう。すまないが通してくれ。ああ、私は酒が飲めないんだ。通してくれ」


 口々に礼を言ってくる冒険者たちをかき分けて、酒を飲ませようとしてくる冒険者には断って奥へとやってくる。


「『銀月』にカンパーイ!」

「イェーイ!」

「カンパーイ!」


 口々に酒を突き合わせる冒険者たちに軽く手を振りながらやってくるユエル。

 身に着けている服はところどころが痛んでいる様子で、体のあちこちにもガーゼや包帯が巻かれて痛々しい。


「ユエル、大丈夫なの?」

「問題ないさ。治療院の方で怪我は治してもらったからな」


 向かいの席に座ったユエルがそう言って笑みを浮かべる。

 ユエルとはダンジョンを脱出したところで別れた。治療が必要な怪我人は全員治療院へと運ばれたからだ。リアムは擦り傷程度だったので、その場で応急処置だけしてリヒトと共に帰って来た。

 対してラスティとユエルはかなりの怪我だったため治療院へと搬送されたのだ。


「ラスティさんはどう?」

「彼ならば大丈夫だ。今は治療院で休んでいるよ。私はすぐに治療が終わったから戻って来たのだ。家の方にいないようだったからこっちだと思ってな」

「そっか、良かった……」


 ユエルの言葉にほっとする。


「おや? 君はたしかユエルさんでしたね」


 そこへちょうどレンダルがやってくる。


「さっきはお礼が言えなくてすまなかった。娘を助けてくれてありがとう」

「いや、冒険者として当然の責務だ。気にしなくていい」

「そうはいかないさ。せっかくだから何か食べて行ってくれ」

「ユエル、ここのシチューは絶品だよ」


 リヒトがそう伝えてやれば、レンダルが持ってきてくれたシチュー入りの皿と水が入ったコップをテーブルに並べる。

 ぐぅぅ、と言う音が耳に届き、音の元をたどったリヒトとレンダルの視線はユエルのお腹に行きついた。


「はは、それじゃ用意してこようかな」


 笑いながら厨房へと向かうレンダルに、ユエルは赤らんだ顔を向けていた。

 その様子を見られていたことに気が付くと、ユエルはこほんと咳ばらいをして無理やり真面目な顔を作る。


「さて、それじゃそろそろ聞かせてもらえないか?」

「何をです?」

「決まっているだろう。あのスキルの事さ」


 ユエルが言っているのはもちろん、リヒトが使った《運命幻神》のスキルだろう。


「基本的に他人のスキルを詮索するのはマナー違反だが……あの剣――シャイン・レリーフはとんでもない力を持っていた。上級悪魔を簡単に屠れるほどの力だ。単刀直入に言おう――あの剣をまた作ってくれないか」


 真剣な眼だった。

 一目見て、リヒトは目の前のユエルが本気であの剣の力を欲していることを理解させられた。事実として姉を救うための治療費を確保するためにはダンジョンの奥深く、よりおお稼げる場所での戦いを必要とするだろう。であるならばより強い武器を求めるのは当然のことだ。


「頼む。私にはあの剣が必要だ」


 以前にも見たことのある眼だ。

 あの時にも、リヒトは親友からそんな眼で頼み込まれたのだった。

 だからこそ、リヒトの答えは決まっていた。


「ごめん、ユエル。その頼みは聞けない」

「……理由を、聞かせてもらってもいいだろうか」


 そう尋ねて来るユエルの顔には落胆も不安もない。もしかしたら最初から断られることを想定していたのかもしれない。

 だからリヒトは自分のスキルのことを話すことに決めた。


「僕のスキル《運命幻神》は、必要な素材を投入することで僕のイメージした物や現象を現実に上書きする能力だ。今日ダンジョンで使ったのはその中の《模造武具》っていう武器を生み出す能力」

「あの、不吉な男は……」

「彼はラマツェーア。僕の左目に封印してある僕のスキル《運命幻神》そのものと言ってもいい存在だよ」


 彼との付き合いもだいぶ長いものになりつつあるな、と思いながらも話を続ける。


「で、剣を作れない理由だけど。もうちょっと細かく言えば作ることは出来るんだけど、作った物を残せないんだ」

「うん? どういう意味だ?」


 ユエルが首を傾げる。


「話は変わるけど、ユエルは魔法についてどのくらい知ってる?」

「魔法か? 正直ほとんど知らないと言っていいな。私は魔法を使わないからな」

「なるほどね」


 確かに戦っている間、ユエルが魔法を使っている気配はなかった。スキル持ちではあるようだったから、肉体の強化をスキルのみで行ってあれほどの強さだと言うのだろう。末恐ろしい話だった。


「簡単に説明するけど、この世界には隣り合わせになっている別の世界、エレメンタルたちが存在している《アストラルプレーン》が存在していることは知ってる?」

「大丈夫だ、それは知っている」

「《アストラルプレーン》に存在するエレメンタルは赤・青・黄・緑・白・黒の6属性が存在しているとされてる。僕達が存在している《マテリアルプレーン》とは魔力のみが行き来することが可能で、エレメンタルたちは魔力を糧に生きていて対応する魔力を向こう側に流すことでその属性のエレメンタルを集めることが出来るんだ」

「なるほど。そうして集まったエレメンタルが術者の願いを叶えてくれると言うわけだな」

「うん。術者のイメージを魔力と一緒に受け取ったエレメンタルは、《アストラルプレーン》から《マテリアルプレーン》に鏡映しの様に影響を及ぼすんだよ。僕がスキルで行っているのもそれに近い」


 二つの層は密接に存在していてお互いに影響を与え合っているのだ。


「だから僕のスキルで作り出したものは《マテリアルプレーン》で生み出されたように見えるけど、実際は《アストラルプレーン》で生み出されたものの影に過ぎないんだ。つまりどういうことかと言うと――」

「こちらの世界に物質として固定しておける時間に限りがある」


 魔法について知らないと言ったユエルだが、リヒトの言わんとしたことをしっかりと理解してくれたようだ。あるいは実際に使って見て実感があったのかもしれない。

 まるで雪の様にとけてなくなってしまったあの純白の剣を。


「だから作ることは出来るけど、その剣はすぐに消えてしまうんだ。そんなもの、剣としては失敗作だろ?」


 リヒトとしても、渡せるものなら渡してあげたい。

 目の前の憧れの人が、姉を助けられるように。


「……それでも」


 ユエルが何か考えている様子だったが、しばらくして口を開く。


「私は剣が必要なんだ。姉を救うために、力を貸してほしい」


 そう言って、テーブルの上に深々と頭を下げた。

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