第18話 光の救済
「フム、その剣嫌な感じがしますねぇ」
睥睨しながらデアルゴルが警戒心をにじませる。
その目には既にラスティが映ってはいない。
「ラスティさん!」
壁に叩きつけられたまま、身動きが取れないでいるラスティへ駆け寄る。
「っく……!」
「無理に動かないでください。今薬を……」
「そんな、こと……ゲホッ、よりっ、あいつは?」
口の端から血をにじませながらラスティが訊ねる。目は半分開いていて意識はあるようだったが焦点が合っていない。先ほどの一撃で内臓をどこか痛めたのかもしれない。
「大丈夫です、ユエルさんならきっと」
カバンから薬を取り出しながらユエルの方を見れば、今まさにデアルゴルの前へと歩み寄ろうとしているところだった。
手の中にある剣は純白の光を放ち、あたりを照らし続けている。
「目に闘志が戻っていますね。その剣がそんなに心強いですか」
「当たり前だろう。お前を殺すにはこれで十分すぎるほどだ」
「そうですか。では、もう一度その顔を絶望と苦痛に歪ませてみせましょう!」
その言葉と共に、デアルゴルのゆったりとしたローブの隙間から無数のいばらが奔流となって一気に伸びる。
少し離れたところにいるリヒトからしても一気にデアルゴルの体が巨大化したかのような圧迫感を感じる津波のような攻撃だった。
だがそれに対してユエルは避けることもせず、ただ静かに白光を放つ剣を体の前に掲げた。
「リヒト、この剣使わせてもらうぞ」
その言葉と共にユエルを中心として、一気に冷気が広がった。
目まで凍り付きそうな冷たい空気が流れ込み、思わずリヒトは顔を逸らしてしまう。
一瞬だけ逸らした顔を戻すと、そこには自分に襲い掛かってきていたいばらすべてを氷漬けにしたユエルの姿があった。
いばらの奔流はユエルを中心に取り囲むように氷漬けになっていた。
「フム!?」
「これで貴様を殺せる!」
大きな音を立てて地面を蹴るユエル。
その姿が掻き消えたかと思うと氷漬けになったいばらの上を加速してデアルゴルへと駆けている。
一気に間合いを詰めたユエルが純白の剣を振りかぶった。
「この程度の呪術を破ったくらいで侮られては困りますな」
「!?」
剣を頭上に振りかぶったユエルのすぐ傍、取り囲むようにして無数の黒い弾丸が展開される。弾丸の中で炎が揺らめいていることが、離れたところにいるリヒトにも見て取れた。
「【カースド・フレイムシューター】」
「くっ!?」
一気に弾丸がユエルめがけて殺到する。
まるで流星が落ちるかのような攻撃を、純白の剣で迎撃した。デアルゴルとの距離を取りつつ、飛来する弾丸をひとつずつ打ち落としていったのだ。銃弾の如き速度で迫る弾丸を打ち落とすなど神業に等しいものだが、ユエルの手にある剣はそのことごとくを打ち落とし、あるいは軽いステップで躱していく。
「躱したぐらいで安心しないでくださいよ?」
豪速で飛翔する弾丸は、いくつかは地面や氷ったいばらに触れて爆散したものの、残りはデアルゴルの指揮によって角度を変えて再度ユエルへと襲い掛かる。
地面やいばらに開けられた穴のサイズから見れば、当たれば体が吹き飛ぶことは確実。ユエルもそれは分かっていて対処している。周囲を旋回する弾丸を油断なく見ながら剣を振るっている。
「さぁ、これでどうです?」
ユエルの周囲を飛び回っていた弾丸が一斉にユエルへと襲い掛かる。
それをユエルは白い剣で指揮を執るように振るう。すると地面から巨大な氷柱が現れてユエルを取り囲んだ。接触した弾丸は轟音を立てながら爆発していく。
「フム、やりますね」
すべての弾丸が起爆して、氷霧と化しながら氷柱が崩れ去るのと同時。ユエルが地面から伸びた一本の新しい氷柱に乗ってデアルゴルへと迫った。
「はぁぁぁ!」
「しかしまだまだ」
デアルゴルが体の前に両手を翳す。
ユエルが迫り上から両断しようとする。
「【カースド・コライダー】」
骨の両手の中から紫色の閃光が一直線に伸びる。
光線はまっすぐにユエルがいた場所を打ち抜き氷柱を蒸発させ壁を突き破る。
一瞬ユエルも消えたように見えたリヒトだったが、すぐにデアルゴルの頭上へと跳んだその姿を見つける。
だがデアルゴルが気付くのもすぐだった。
「おおぉおぉ!」
「フムっ!?」
咄嗟にかばうように翳した右手で純白の剣を受け止める。
だが今まで鋼鉄の盾の如く攻撃を受け止めて来た右手は、いともたやすく切り裂かれた。
「なんと!? 【カースド・フレイムソーン】!」
デアルゴルは驚きに叫びながらも左手に呼び出した黒い炎のいばらをまとわりつかせ巨大な拳を作って撃ち出す。
剣を振り抜いた状態のユエルはこれを剣で受け止めるが踏ん張ることが出来ずに吹き飛ばされる。
土煙を立てながらユエルは地面に落下した。
「やりますねぇ。吾輩攻撃を受けたのなぞ数百年ぶりですぞ」
「そうか。なら次はその首叩き落としてやる」
立ち上がったユエルが額から血を流しながら口元を笑みの形に歪ませる。
「本当にしぶといですねぇ」
「お互い様だ」
そう言いながらユエルが地面を蹴って飛ぶのと、デアルゴルの周囲から4門さっきと同等の紫の光線が発射されるのは同時だった。
◇
一撃一撃がかすっただけで死の危険をはらむ光線を躱しながら、けれどユエルの体は軽かった。ついさっきまで死の絶望にとらわれかけていたのが嘘のようである。
それもこれも手に握った純白の剣――シャイン・レリーフのおかげだ。
リヒトから手渡されたこれを握った瞬間、ユエルは背筋が震えるのを感じた。
これはまさしく魔剣と言っていい代物だ。
剣に魔法が付与された武具はごく普通に存在している。だがそれは基本的に魔法具として使われ、所詮は装備者の補助をする程度の威力しか持たない。
だが時にダンジョンの奥深くから、あるいは数奇な運命を経て。
かけられた魔法が武具の性能そのものとなるほどの威力を持つ場合がある。
それらを総称して魔剣と呼ぶのだ。
だが魔剣は数が少ない。
もしダンジョンから発見されれば国宝物の扱いをされるだろう。
それが今、ユエルの手の中にあった。
「厄介な剣ですね」
「お褒めに預かり光栄だな」
軽口を叩きながら、迫る火球を切り落としてさらにデアルゴルへと接近する。
しかし進路を網の如く広がったいばらに塞がれ、切り裂くために一瞬足を止めたところ光線が駆け抜けユエルの体を消し飛ばそうとする。
消し飛ばすどころか当たれば肉体が蒸発しかねない一撃を、躱せないと判断するやユエルは純白の剣で迎撃する。
振り下ろした剣は光線に接触し、接触した部分から凍り付かせていく。
魔法そのものを凍り付かせるシャイン・レリーフの威力にはデアルゴルもユエル自身も驚きを禁じ得ない。
だからユエルはこの剣ならば、と思わずにはいられなかった。
剣は恐ろしく手に馴染む。ちょっと油断すれば自分が強くなったと錯覚してしまいそうなほどだった。だとしても夢想せずにはいられなかった。
この剣があれば、今まで踏み込めなかったダンジョンの奥まで行けるかもしれない。
そうすれば姉を助けられるだけの治療費も、あるいは原因そのものを消し去ることだって――
「【サクリファイス・スレイブ】」
デアルゴルが光線を放ちながら、懐から小さなボールを幾つも地面に投げたのが見えた。それは地面に触れると、石で造られた床材を吸収して小さな人間の体を作り出す。
「!?」
ボールだと思っていたものは、小さな頭だった。
さっきまで戦っていたドラゴニュートの戦士たちによく似た、けれど小柄な。
見た瞬間に理解できた。
あれはドラゴニュートの子どもだ。
目の前の悪魔はドラゴニュートの里を襲っただけではなく、自分の呪術の道具として子どもを殺して頭部を奪って来たのだ。
だからあのドラゴニュート達は執拗に地上へと向かって、目の前の悪魔を追いかけていたのだ。
「そいつらは吾輩の呪術で染め切った頭を持つ奴隷人形である。そう簡単には倒せませんよ?」
愉悦を含むデアルゴルの声がただただ不快だった。
石でできた体を持つはずのドラゴニュートの子どもたち――いや、奴隷人形たちは見た目に反する俊敏さで一気に間合いを詰めて来る。
光線を氷漬けにし続け身動きをとれないでいるユエルに迫ってその爪を高々と振り上げた。
「ああ、そうか。ならば仕方ないな」
ユエルは光線を剣で受け止めるのをやめる。
代わりに剣を逆手に持ち地面へ突き立てた。
「何をするつもりかは知りませんが、これで終わりです!」
防がれることのなくなった光線に追加して、さらに3本光線を放つデアルゴル。逃げられないように四方から迫る奴隷人形たち。
それらを視界に収めながら、ユエルは地面に突き立てた剣を両手で握りながら呟く。
「【氷華浄界】」
刀身が吹き飛び中から光が溢れ出す。
その光に触れた奴隷人形たちが一瞬で土塊に還るようにして消え去った。
「なに!?」
ユエルに向かっていたレーザーもこれに触れて霧消する。
理解が及ばないままでいるデアルゴルの前に、ユエルが本当の意味で光の剣となったシャイン・レリーフの柄を握って立つ。
「この剣はお前を倒すためだけにリヒトが造ってくれたものだ。お前のような悪魔を討つためにな」
「その光、浄化能力であるか!?」
剣に付与されていたのは氷を媒介とした浄化の能力だ。
周囲に散った氷が触れるたび、一体ずつ奴隷人形たちが消え去り、呪術で形作られた光線が消えていく。
いばらも、炎の弾丸も残さず消えていく。
「これで終わりだ!」
ダンジョンの地面を踏みしめ、大きく光の剣を振りかぶる。
「くっ、【カースド・テレポ――】」
「【シャイン・レリーフ】!」
光の剣が一気にサイズを増し、天井ごとデアルゴルの体を光の洪水に飲み込んでしまう。
大部屋いっぱいに光が溢れ出し、埋め尽くす。
剣を振るったユエル自身も目を開けていられず、硬く瞼を閉じた。
光が落ち着いたのを感じて目を開ければ、そこには既にデアルゴルの姿はない。
死体も、体の欠片すら残さず浄化の光で飲み込んだようだ。
手ごたえはあった。逃がしたはずもないが――
一抹の不安を覚えていたユエルだったが、手のひらに微細な振動を感じて目を落とす。
手の中に握られたシャイン・レリーフ。
握った柄から刀身に至るまで、蜘蛛の巣の如き罅が走っていた。
「……すまない。ありがとう」
その言葉と共に、剣が灰となって崩れ去った。
最後の浄化能力を使えば剣が持たないことは分かっていた。
本当は姉を救うため、もっと一緒に戦ってほしかった。
それでもユエルは今ここで、あの悪魔を討滅することを選んだ。
生かしてはおけないと思ったから。
悪魔は滅ぼす。
姉の人生を奪ったあの種族を許すことは出来ない。
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