第17話 光の剣
半ばからへし折られた倭刀の切先が、回転しながら重たい音を立ててリヒトの足もとに突き立った。
「なっ!?」
「驚いている暇などありませんよ」
デアルゴルの足もとから、無数のいばらが伸びユエルに殺到する。
津波の如く迫るそれをユエルは避けることが出来ずもろに受けることになった。
「うぐっ!?」
いばらの奔流に押し流されたユエルは大部屋を一瞬で横切って壁に叩きつけられる。
だらりと弛緩する手足。手の中から倭刀の柄が零れ落ちて地面に転がる。
「まずいな、気絶しちまってる」
そう言いながらラスティが立ち上がって、腰にさしていた二本の剣を抜く。
「待って下さい、ラスティさんだって軽傷ってわけじゃ……」
「だからってこのまま黙って見てられっかよ」
「それは……」
このままではユエルはあの床に転がっている死体の様になってしまうだろう。
その次はこうして動けずにいるリヒト達の番だ。
そうなる前に、何とかしなければならない。
可能性があるとすれば、それは――
「……ラスティさん。その折れた剣、素材は何で出来ていますか?」
「あん? 突然何言ってんだよ」
「教えてください」
今まさに飛び出そうとしていたラスティは、尋ねられた言葉にいら立ちを隠そうともしなかった。
だが、リヒトの目がひどく真剣なことに気が付いて口を閉じる。
「……ミスリルだ。俺がAランクに昇格した時にオーダーメイドした奴だよ」
「ミスリル……それなら、もしかしたら」
リヒトの視線がすぐそばの地面で突き立っている半分の刀身に注がれる。
「もういいか? 俺は行くぜ」
「ラスティさん、お願いがあります」
「何だよ!」
「その折れた剣、下さい」
◇
ユエルはいばらに壁へ叩きつけられた状態のまま、拘束されていた。
徐々に締め付けが苦しくなっていくいばら。
デアルゴルが本気を出せばいばらはその本性を現し、ユエルの四肢をいともたやすく焼き切ることだろう。
朦朧とする意識の中現状を理解しながら、けれどユエルの胸にあったのは罪悪感だった。
ああ、また折ってしまった。
せっかくリヒトからもらった剣だったと言うのに、自分は感情に任せて振り回し、未熟故に犠牲にしてしまった。
そのことが、何よりも申し訳なかった。
じわじわと皮膚を焼くいばらの熱よりもリヒトに謝らなければという思いが胸の上にのしかかっていた。
「フム、ずいぶんといい顔になりました」
それまでずっと遠いところにいたデアルゴルが壁に拘束したユエルの顔を覗き込んでくる。眼窩から覗く赤い光がらんらんと輝きその興奮度を表しているようだった。
「闘争心をへし折られた顔ですね。しかし死の恐怖に染まっていないのはまだ実感がないからでしょうか。せっかくですし、腕の一本でも斬っておきましょうか」
左腕に巻きつくいばらが一気にきつさと熱を増して、ユエルの左腕を焼き切ろうとする。
「そうはさせねえよ」
目の前を一瞬、まばゆい赤色が通り過ぎユエルの体を拘束していたいばらが消え去った。
それと同時に地面へと体が落ちる。
「っく」
「さっさと立てよ『銀月』。寝てる暇はねえぞ」
デアルゴルとの間に立って一本だけになった剣を構えながらラスティが言う。
構えられた剣にはまばゆい赤の炎がまとわりついていた。デアルゴルが呪術で生み出した黒い炎のいばらとくべればなんと温かみのある炎だろうかと思わずにいられない。
「吾輩のいばらを斬るとは」
「はっ、炎はお前の専売特許じゃねえよ」
威勢よく返すラスティを見上げながら、だがそこまでの余裕など全くないことにユエルは気が付いた。はっきりとはわからないが、ラスティはおそらくユエル達が到着するまでの間にデアルゴルとの戦闘でかなりの痛手を負っている。
それでもなお自分の前に彼が立ってくれているのを見て、戦わなければという思いに突き動かされる。
「へっ、遅せえじゃねえか」
「待ってくれとは言っていないだろう」
無理矢理に自分を奮い立たせ、軽口をたたく。
「それだけの元気があれば十分だ。なぁ『銀月』」
「何だ?」
デアルゴルに対して拳を構えながら尋ね返す。
「リヒトから伝言だ。『さっきのきれいな石が欲しい』そうだ」
「どういうことだ?」
「それがあればあいつに勝てるんだとよ」
その言葉にちらりと部屋の入口へ視線を向けたユエルは、異様な雰囲気で地面に膝をつくリヒトの姿を目にした。
◇
『てめぇ、本当に使う気かァ?』
「もちろんだよ、ラマツェーア」
頭の中にだけ聞こえる声に応えながら、リヒトは地面に突き立っていた倭刀の切先を拾い上げる。既に地面の上にはラスティからもらった折れた剣と、店から持ってきていたカバンを置いてある。
『チッ、本気みてーだなァ。残りは少ないんだから、間違うんじゃねェぞ?』
「分かってるよ」
地面に跪いたリヒトは一度目を閉じて深く深呼吸をした。
両手を顔の前で打ち合わせ、そのスキルの名を呼ぶ。
「『運命幻神』」
その瞬間、左目が熱を放ち瞼がリヒトの意志に反して勝手に開いた。
だがその視界に映るのは普段の光景とはかけ離れたものだ。
ぼんやりとした赤色に染まった視界にはセェベロ迷宮の石造りのダンジョンとは異なった、無数の花々が咲き乱れる光景が重なって見えている。花から花へ、光の粒を放ちながら小さな蝶たちが舞い、さながら異世界の景色の様だ。
「あれを倒せる武器が必要だ。悪魔族、それも上位の存在を」
『結構高くつくぜェ?』
目の前に炎が走るようにして文字が映る。
この国では使われていない文字だが、文字自体が放つ禍々しさとその内容をリヒトは理解できる。
『隕鉄』
『ミスリル』
『人魚の鱗』
『蒼穹の玉』
これらはすべてこれからこの場で造る武器に必要な物だ。
隕鉄は倭刀から、ミスリルはラスティの折れた剣から、人魚の鱗は治療薬の材料にと思って鞄に入れてあったものがある。
最後の蒼穹の玉は――
ヒュン、と風を切って飛んできたそれをリヒトは受け止める。
ユエルが投げてくれたものだ。
一瞬だけ目と目を合わせ、ユエルは再び戦闘へ戻っていく。
手を開いて、中にあるきれいな石を見下ろす。さっきは分からなかったが、これは魔力を封じ込める石だ。群青色のその石には青の魔力が込められている。蒼穹の玉ほどの格はないが、代用は出来るだろうと思われた。
暴発すれば、周囲の空気を冷やし一気に氷づけにするくらいの威力は秘められている。。
「材料はそろった。ラマツェーア、初めてくれ」
『仕方ねェなァ』
その言葉と共に、目の中からずるりと何かが這い出す気配。
リヒトの背後に現れたのは死人の様に青白い肌をした男だった。その姿をまじまじと眺める者がいれば、彼の風体に不吉さを感じずにはいられなかっただろう。擦り切れたぼろのマントを纏い、顔の右半分を覆い隠す仮面を着けている。左の目には炎の様にらんらんと輝く赤い光を湛えていた。
『チッ、長ェ間入ってっと体が鈍ってしようがねェなァ』
「ラマツェーア」
『わァってるよ』
背中越しに咎めて来るリヒトの言葉に肩を竦めながら男――ラマツェーアは自分の仕事を始めた。
その異様に長い手指をリヒト越しに前へ伸ばす。
するとリヒトの眼前、ラマツェーアの開いた両腕の間に大きな魔法陣が浮かび上がる。
一枚。
二枚。
三枚。
それらはサイズは違えど描かれる複雑な文様は同じだ。
大小3つの魔法陣は一瞬で収縮すると、真ん中に赤い光を放つ黒い玉となる。
その中へラマツェーアが材料を投げ入れる。
『さァ、出て来やがれェ!』
黒い玉が大きく脈動する。
波紋の様に広がった赤い光が黒い玉の周囲で結晶化し、回転する。
高まっていく魔力の波動。
「フム!? これは……」
「お前の相手は俺達だ!」
当然それにデアルゴルは気が付いたようだったが、すぐにラスティが襲い掛かって意識を逸らす。ユエルもリヒトへと向かおうとするいばらを手刀で裂きながら、視線を向けられているのが分かる。
だが答えを返すことは出来ない。
今は目の前のことに集中しなくては。
黒い玉の脈動はさらに間隔を短くし、波動は大きなものになっていた。
『いくぜ』
「うん」
『《模造武器:シャイン・レリーフ》!』
その言葉と共にリヒトの体の中から一気に何かが抜け落ちる。
流出するそれは、すべて黒い玉へと吸収され徐々にその形を変えていく。
「うっ、くっ……!」
吐き気がこみ上げるのを抑える。
今意識を逸らせば儀式は完成しない。
それでは誰も救えない。
こらえる。
目の前で、その剣が完成していくのを見ながら。
黒い玉が完全に変形を終えたのを見て、リヒトが宙に浮かぶそれに手を伸ばす。
掴むのと同時に皮が剥がれ落ちるかのように黒い玉だった表皮が消え去る。
そこにあったのは正反対の真っ白な長剣だった。
柄から剣先まで新雪の如き純白。
それは見る者に心の平穏を与え、魔のモノには強力な警戒を抱かせるものだった。
「いけませんね。それはいけませんよ」
僅かに焦りを含んだ声だ。ラスティが渾身の力で振り下ろした剣をデアルゴルはたやすく受け止めると同時に振り払い、いばらの鞭を一気にリヒトへ向かわせる。
襲い来るいばらの奔流。
リヒトは目前に迫る死を前にして足が動かなかった。
「リヒト!」
いばらよりも先に、最も憧れ信頼する人がそこにいたからだ。
「これを!」
リヒトの手がめいいっぱい伸ばされ、ユエルに純白の剣を差し出す。
ユエルの手が伸ばされ、柄に触れる。
一瞬遅れて黒いいばらが突き立ち土煙を上げた。
その様子を赤い瞳で静かに見つめていたデアルゴルだったが、すぐにその目の赤い光が強く輝く。
銀閃が舞、黒いいばらがちぎれ飛んだからだ。
土煙が晴れると、そこに立っていたのは純白の剣を手に握ったユエルだった。
「この剣は……」
ユエルが自分の手に握った剣を見下ろして瞠目している。
どうやらその威力に驚愕しているらしい。
「その剣は倭刀と同じで魔に属するものを払う魔法が付与されてる。威力は倭刀とは比べ物にならないけどね」
地面にへたりこんだまま、光を放つ剣を構えるユエルを見上げる。
ああ、この姿が見たかった。
心の中が充足感で満たされる。
「その剣でなら、あいつを倒せると思うよ」
「色々と聞きたいことはあるが……」
ユエルの視線がリヒトとその背後に向かうが、そこにはすでにラマツェーアの姿はない。もう左目に戻してある。
「まぁまずはあいつを倒してしまうことにしよう」
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