第11話 活路


 鉄製の大きな剣が空気を裂いて振り下ろされる。

 当たれば大怪我では済まない威力を秘めた一撃を、ユエルは恐れることなく間合いに一歩踏み込む。と同時に緑の鱗に覆われた剣を握る手を掴み、剣を振り下ろそうとする力の流れには逆らうことなく地を蹴った。体を反転させ腕を引っ張るようにしてその頑強な肉体を背負い投げする。

 ドラゴニュートからすればいきなり天地が入れ替わったかのように感じたことだろう。

 だがもちろんそれで終わりではない。

 背中から床に叩きつけられ身を固くした一瞬のうちにユエルはがら空きとなった胴へ向かって垂直に拳を振り下ろす。


「ハァッ!」


 ゴッ、と先ほど振り下ろされたドラゴニュートの剣速を遥かに超えるスピードで放たれた拳がその腹を打ち抜く。


「ガッゴボォ!」


 蜥蜴もどきのモンスターが口から漏らしたのは断末魔ではなく大量の血だった。


「HUSHYYYYYYYYY!」


 そこへ別のドラゴニュートがユエルに隙を見つけたつもりで鉄剣を叩きつけて来る。


「シィッ!」


 それに対してユエルは今まさに事切れたドラゴニュートが手放した鉄剣を拾い上げ受け止める。

 鉄と鉄が打ち合わされる甲高い音と、手から伝わる衝撃にわずかばかり眉を顰めるユエルだが、その足は一歩も下がってはいない。人外のモンスターと真正面から打ち合ってなおその力は負けてはいなかった。

 いや、それだけにはとどまらない。


「HUSYURURURU!?」


 モンスターの黄色い眼が大きく開かれる。剣を振り下ろしたはずの自分の方が、押し返されていたのだから驚いて当然だろう。


「セイアァッ!」


 競り合っていた剣を力技で巻き上げ水平に剣を薙ぐ。

 ドラゴニュートの胸元にパッと鮮血が溢れ出し、モンスターはそのまま背後から地面に倒れることになった。

 ユエルは足もとに倒れ伏すドラゴニュートが完全に事切れたことを確認して、ようやく肩の力を抜いた。


「ふむ、これはまぁまぁ使えるようだ」


 剣を振って血糊を払う。べっとりと付いた血糊はほとんど拭えてはいないが今は仕方なかった。


「ユエルさん、大丈夫ですか?」

「問題ない。先を急ごう」


 少し後ろにいたリアムが無事を訊ねて来るが、ユエルは言葉少なく答えて先を急ぐ。


「こいつらがここで死んだ以上、奴らはこちらを狩りに来るぞ」

「そうなんですか?」

「連中は仲間内での結束が固い。必ず敵討ちにやってくる」


 だからできれば戦いたくなかった。

 手の中にある武器は普段使っている剣と比べれば素手より幾分かましと言う程度の代物で、さっき打ち合って折れなかったのは奇跡に等しい。


「急ごう」


   ◇


 ぴちゃぴちゃと、水を啜るような音が微かに聞こえる。


「くっ、こいつは……!」

「カブーだ」


 冒険者の内の誰かが呟くのをリヒトは聞いた。

 そこにいたのはゴブリンくらいのサイズの人型だった。

 つるつるとした薄緑色の表皮。頭頂部から背中にかけてとさかが連なっており、ぎょろりとした赤い瞳がこちらを向くが、細長く伸びた筒状の器官がその先の獲物から離れることはなかった。

 筒状の器官の先には小さな針が飛び出ており、それが刺さって血を吸い上げているのだ。

 人間の、女性から。


「KABOOOOOOOO」


 倒れた女性の体から血液を吸い上げていた数匹のカブーがこちらへ向かって飛びかかって来る。


「こいつらッ……!」


 一人の冒険者が怒りに染まった顔で腰に差した剣を抜こうとするが、それより先に先頭のカブーを真っ二つに切り裂いた影があった。


「うおおおおおおお!」


 薄闇の中でもはっきりと見える真紅の髪。

 ラスティが振るった両手の片手剣が続けざまに振るわれて、カブーの細い首を挟み込むようにしてちょん切る。


「この外道どもがあああああああ!」


 本気の怒りを孕んだ声が通路に響き渡る。

 その声に足を竦ませた一体を左手の剣が貫いた。だが致命傷には至らなかったらしいカブーが宙づりになったまま身をよじってもがく。小柄なカブーだが、それでも片手で宙づりに出来るほどの力には驚かされる。


「KABOKABO!?」

「燃えろ」


 剣が触れている部分から一気に火の粉が溢れ出す。


「KABOOOOOOOOO!」


 一気に消炭となっていくカブーが自身の肺を直接焼かれながら断末魔を上げる。数秒もたたないうちにカブーは肺の山となって地面に積み上がった。

 その様子を見た他のカブーたちがこちらに飛びかかろうとした姿勢のまま固まる。


「KABO!? KABOBO!」

「BOBO! KABO!」


 まるで会話しているかのようなカブー達だったが、すぐにその答えはわかる。

 残っていた二体のカブー達がこちらに背を向けて脱兎のごとく駆け出したのだ。


「逃がさん!」


 まるで爆発したかのような足音を立ててラスティが駆け出す。一瞬前までいた場所には焼け焦げたような跡があり、スキルで何らかの推進力を得ていることは間違いなかった。

 そうして一瞬で逃げるカブーの背後へと迫ると、炎を纏った片手剣をカブーの背中から振り下ろす。


「BOOOOOOOOOO!?」

「死ねぇッ!」


 振り下ろされた左の剣がカブーを切り裂く。

 断末魔と共に焼かれたカブーが地面に倒れ伏す。

 その隙に、もう一体のカブーは通路の奥まで逃げ去っていた。


「これでも喰らえッ!」


 ボンッ、と音を立てて右の剣が弾丸の如き速度で投げられた。

 一直線に飛翔した剣はカブーの体の真ん中を射抜き、そこでは速度を落とさずに通路の突き当りの壁に突き刺さった。

 カブーは体の真ん中に空いた風穴を炭化させた状態で息絶えていた。


「こいつッ! コイツッ! あの子になんて言えばいいんだよッ!」


 だがラスティはその死体まで大股で近寄ると、その死体を素手で殴り始めた。怒りが収まる様子はまるでない。


「ラスティさん……」

「気にしないでくれ。リーダーのあれはスキルの代償なんだ」


 恐る恐る声を掛けようとしたリヒトを冒険者の一人が止める。

 ラスティのスキルはさっきの炎を出す能力なのだろう。

 カブーはゴブリンと大差ない強さのモンスターだが、それでもあっという間に炭化させてしまうほどの火力があるとなれば相当に強力なスキルだ。


「それより、どうだ……?」


 リヒトを止めた冒険者が、床にかがみこんだ仲間に問いかける。


「……いや、ダメだな」

「そうか」


 その答えに沈痛な面持ちで返す冒険者。

 仲間の冒険者が見ていたのは先ほどカブーに血を吸われていた女性だ。恐怖と苦痛に見開かれたその目を優しく閉じさせてくれている。


「……その方は、どうするんですか?」

「無論、連れていくさ。冒険者ギルドから亡くなった人を発見した場合は可能な限り回収して欲しいと依頼されているからな」

「そう、ですか。……あの子にはどう、伝えますか」

「……何とも言えないな。ここで真実を伝えても錯乱しかねん。ひとまず地上に戻るまでは黙っておくしかないだろう」


 悔しさをにじませながら頭を振る冒険者の言葉にリヒトの心も重くなる。

 女の子の事もそうだが、もしかしたら同じことがユエル達の身にも起こっているかもしれないのだ。

 そう思うと背中のあたりがむずむずとする。


「行くぞ、一人でも助けるんだ」


 剣を鞘に納めながらラスティがやってくる。

 全員がその言葉に頷いた。


   ◇


「チィッ!」


 ユエルが悪態をつきながらも襲い掛かって来たドラゴニュートを蹴り飛ばす。首のいい位置に決まったために憐れなモンスターは首を180度回転させて即死した。

 だがそれでユエルの構えは緩まない。

 正面には油断なく剣を構えたドラゴニュートが10体はいる。


「フーッ……」


 こちらも睨み付ける目から力を抜かず、呼吸を整える。

 警戒しながらもじりじりと間合いを詰めて来るドラゴニュート達。

 だがユエルにはそれほどの余裕はなかった。


「ユエルさん……」

「黙って後ろにいろ、そちらへは一体も行かせはせん」


 一匹たりとも後ろへは行かせない。

 その決意と共に神経を尖らせる。


「HUSYURRRRRR」


 そんなユエルに対してドラゴニュート達は真正面から剣を振りかざして襲い掛かって来る。彼らは基本、真正面から挑まれた勝負に奇襲で答えたりはしない。一部では「武士道蜥蜴」の異名すら持っているほどだ。

 おそらくリアムがユエルの後ろにいる限り攻撃を仕掛けては来ないだろう。だからこそ、素手であっても戦いに臨んだのだ。


「ハァッ!」


 振り下ろされる剣を紙一重で躱して脇腹に掌底を叩きこむ。ぐらりと体が傾いだところに追撃を、と思ったが一歩下がる。風に舞う前髪の先端が鉄の剣に切り裂かれた。横を見れば蜥蜴の黄色い瞳がすぐそばにある。

 ユエルはお返しとばかりに握った拳を素早くその目に叩きこんだ。同時に反対側から隙をつこうと動いていた3体目のドラゴニュートの腹めがけて盛大に蹴りをかます。

 目を潰されたドラゴニュートがうめき声をあげ、蹴り飛ばされたドラゴニュートは口から血を迸らせながら壁まで吹き飛んでいった。

 ユエルはそれらの行く先には目もくれず、正面でたたらを踏んでいた一体に迫る。

 大きく息を吸い地面を割る勢いで踏み込んだ。

 低く落とした重心を、体全体のばねを使うようにして伸ばした拳の先に乗せる。

 爆弾が破裂したかのような轟音と共にアッパー気味の拳を受けたドラゴニュートの頭が爆散した。

 立った状態のまま血を噴き上げるドラゴニュートだが、すぐにだらんと体を地面に横たえ手に握った剣もゴトンと音を立てて地面に落ちる。

 すかさず拾い上げたそれで、ユエルは地面の上で目を潰された痛みにのたうち回るドラゴニュートの頭をカチ割って止めを刺した。


「……チッ、こいつももう使えんな」


 たった一度モンスターの頭をカチ割っただけで刀身全体に罅が入った剣を眺めて舌打ちする。

 ここに来る過程で手に入れた剣も、既に同じ状態になって捨てて来た。

 素手でもなお、ユエルの強さはモンスター達を圧倒していた。

 さて、どこまで誤魔化し切れるか。

 いや、そう見せかけていた。

 握った拳からは血が流れ、体の関節は無理な動きに悲鳴を上げている。それでもなお余裕の雰囲気を崩さないのはその瞬間にモンスター達が一斉に襲い掛かってくるであろうことが明白であるからにほからなない。

 武士道蜥蜴共は真正面から戦うのを好むが、紳士ではない。

 勝てると思えば真正面から物量で押し切ろうとしてくるだろう。

 そして何より背後にいるリアムを守らなければならない。

 使命感が、ユエルの体を突き動かしていた。


「ユエルさん、あれ!」


 そう言われてリアムが指さしている方を見れば、蹴り飛ばしたドラゴニュートがぶつかった壁が崩れ落ちて向こう側に通路が見えている。

 しかも壁には赤いインクで大きく矢印が描かれているではないか。間違いなく正道を示すものだった。


「しめたぞ、走れリアム!」

「は、はいっ」


 リアムが崩れた壁に走り出すと同時に正面のドラゴニュートの視線がそちらへ流れる。


「どこを見ている」


 大きく振りかぶった罅だらけの剣をフルスイング。威力が最大になったところで手を放すと剣は回転しながらドラゴニュートの群れへとすっ飛んでいった。


「BUJUGYE!?」


 運悪く、首に当たってしまったドラゴニュートが後ろの仲間を道連れにしながら跳ね飛ばされた。

 その隙にユエルも壁に空いた穴へと駆け出した。

 後ろから聞こえて来るドラゴニュート達の怒りの声に背中を押されながら。


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