第7話 発覚する事実と転落
背後からの声に振り向けば給仕服に身を包んだリアムの姿がそこにはある。
ツグミの宴亭の制服は、男性冒険者たちからはかなり人気があった。それはもちろん看板娘のリアムが着ていることに大きく寄与している。
さっき挨拶をしたバイトの子と比べてもリアムは際立って可愛らしかった。
ふわりと広がる茶味がかった肩まで伸びた髪を短い三つ編みに結っている。可愛らしい制服に包まれた胸は大きく主張しているし、スカートから伸びた足は細くはないもののしなやかな柔らかさを感じさせる。
酒に酔った他の客からもその美脚に向かって視線が注がれているがリアムが気にした様子はない。
気づいていない、と言うわけではなく無視しているだけなのをリヒトは知っている。
以前聞いたら、
『うーん、直接手を出して来たらもいじゃうから大丈夫』
笑って言う彼女にいったい何を、とは怖くて聞けなかった。
「お父さん、パエリア3つとミートスパ4つ追加でお願い」
「はいよ!」
リアムが早口に伝えた内容にレンダルが応じる。
「ゴメンね、今日はなんだか早い時間から混み始めちゃったの」
「みたいだね、何かあった?」
「うん、昼間にダンジョンの方で何かあったみたい」
そう言われてはっとする。
昼間と言えばラスティが来て『下の階層からモンスターが上がってきている』と言っていたではないか。
「なるほど、それで早々にダンジョンから引き上げた者達がこうして夕飯を始めていると言うわけだな」
リヒトの言葉にユエルが頷く。
そのユエルに首を傾げてリアムが訊ねる。
「でも、もし下の階層からモンスターが溢れてきているなら狩り時なんじゃないの?」
「確かにそうだが、普通の冒険者にとってはリスクが高すぎる。セェベロ迷宮のモンスターは基本的に自分の縄張りからは出ないタイプの者が多い。それがわざわざ出ているということは相当なイレギュラーが起こっていると想定できるからな」
「ダンジョンでは何があるか分からないもんね」
冒険者として生き残りたければイレギュラーを見落とすな、と言うのはよく知られた言葉だ。
大抵の冒険者はほんの些細なミスでよく死ぬからだ。
「今日の所は私も行くのを控えた方がよいかもしれんな」
ふう、とため息をつくリアム。
彼女は食事の後にダンジョンへもぐるつもりでいつもの武装をしている。
白銀の装いが目にまぶしい。
「リアムちゃん! ちょっといいかい!」
「グレンダさん、どうしました?」
三人で話し込んでいると、先ほどのグレンダが話しかけてきた。
その顔には焦りが浮かんでいる。
「聞いとくれよ、食材が幾つか足りなくなっちゃったみたいなんだよ。どうやら昼間にダンジョンの方で何かあったみたいで卸売業者が予定数を持ってこれなかったみたいでねぇ」
困ったわ、という顔でため息をつく。
「あたしも後で買いに出ればいいかと思ってたんだけど、思ってたよりも混雑するのが早くてねぇ」
「なるほど、分かりました。それじゃ私が買いに行ってきますよ」
「いいのかい?」
「今動けるの、休憩中の私だけですし……お父さん、今の聞いてた?」
カウンターの向こうに声を掛けると、レンダルはフライパンを振りながら頷いた。
「こっちも手が離せない。悪いが頼むよ」
カウンターの向こうではレンダルと見習いの料理人が二人で厨房を回している状態で、フロア側では今まさにグレンダも注文に呼ばれて行ってしまったところだ。
リアムが行くしかないと言うのははっきりわかる。
「そう言うわけだから、ゴメン。ちょっと私出て来るから……」
「それなら僕も手伝うよ」
先に注文して食べてて、と言おうとするリアムの口をふさぐようにしてリヒトが申し出た。
「どうせ結構量があるんだろ? 人手があった方がいいでしょ」
「それならば私も手伝おうか」
二人そろってカウンターから立ち上がる。
「そんな、ユエルさんにまで手伝わせられないよ」
「構わないさ。どうせこれからしばらくはここの料理を食べに来ることも増えるだろうからな。少しくらい恩を売っておいてちょうどよい」
わざと悪びれた風に言うユエルにリヒトが苦笑する。
「ここのシチューは絶品だよって教えてからずっとソワソワしているんだよユエルは」
「あら、それじゃ今度ごちそうしますね」
「ふふっ、楽しみにしているよ」
一度店の奥に行って準備して来たリアムと合流すると、三人は裏口から外へ出た。
外は既に暮れ始めており、魔力灯が等間隔に街を暖かく照らしている。
3人は商店街を広場方面へと向かって歩き出した。
◇
買い物自体はあっという間に終了した。
広場に面した食料品店は、どれもリアムの顔見知りの店であり、必要な物もはっきりしていた上早く戻る必要もあるから当然ではある。
だが量に関しては想像を超えていた。
「リアム、ほんとにこれ全部一人で持って帰るつもりだったの?」
「うーん、流石にちょっと無謀だったかもね」
そう言って苦笑を向けて来るリアムの両腕には大きく膨らんだ買い物袋が下がっている。
同様の袋が、リヒトと後ろからついて来るユエルの手にもあるのだった。
「ふむ、この量は女性の細腕にはさすがに堪えるだろう。ちゃんと人を頼るといいぞ」
「そうですね。次からは遠慮なくそうさせてもらいますけど……そう言いながらもユエルさんは全然大丈夫そうですね?」
「まぁ、鍛えているからな」
ふふん、と余裕の笑みを浮かべるユエル。
両手に握る袋は、三人の中で一番大きいと言うのに一番涼し気な顔をしている。
男として、リヒトは若干悔しいと感じざるを得ない。
「でも、私と同じくらいの太さしかなさそうですよね」
リアムがユエルの隣へ寄って行って服の上から腕をしげしげと眺める。
「単純な筋力だけではなく、私の場合は常時スキルを使って筋力を底上げしているというのもあるからな」
「あ、それズルですよ」
あははと笑いながらリアムが言う。
この短い間に二人は本当に仲が良くなったと思う。
元々リアムはお姉さんのように相手を包み込むような雰囲気がある人なので、人と仲良くなるのはかなり上手い。
それよりも少しばかり驚いたのはユエルの方だった。
時折リアムに向ける視線や言葉は次第に甘えたものになっている気がしたのだ。
もしかしたらこれが本来のユエルなのかもしれない。
病院にいるのは姉だと言っていた。
本当はリアムはお姉ちゃん子なのかもしれない。
そんなところも可愛らしいと思うのだが。
「ん? どうしたリヒト。そんなじっと見て。お前も私の腕が気になるのか?」
「それはもうとっても――じゃなくて! ええと、ユエルもやっぱりスキル持ちだったんだね」
「ん、そう言えば言っていなかったか」
咄嗟に会話の矛先をずらしたリヒトだったが、ユエルはすっかり忘れていたと言う顔で答えた。
「ユエルさんスキル持ちなんですね? 一体どんなスキルをもってるんですか?」
「あー、それはだな……」
リアムが純粋に訊ねるが、それに対するユエルの言葉は歯切れが悪い。
それも仕方ないことではある。
スキルは冒険者にとっては命綱である上、大抵の場合ろくでもない代償とセットなのだ。
自分のスキルを公表していない者も多い。
リアムは酒場の酔っ払いたちからよく自慢されるのであまりそう言ったことは知らないようだった。
「それよりもだな、さっきの店を閉めると言う話は一体どういうことなのだ?」
話題を変えようと思ったのだろう。ユエルがついさっきレンダルから聞いたばかりの事を口にする。何の意図もない、ただの話題提供くらいのつもりだっただろう。
その言葉にリアムが顔色をさっと変えたことにユエルが気が付くまでは。
「あー、えっと、それはね……」
今度はリヒトが口ごもる番だった。
「何、それ?」
急に足を止めたリアムの声が硬い。しまったと思うがもう遅い。
ユエルの方も今更ながら何かまずい話題だったかと気が付いたようだった。
「リト君それどういうことなの」
「いや、ゴメンリアム。おじさんには相談してて、結局続けることにはしたんだけどさ……」
「そう言うことじゃなくて!」
急にリアムが大きな声で、リヒトの言葉を遮るように叫ぶ。
目が合ったリアムの顔が青白い。
ただならない空気を察して、周囲の人たちの無遠慮な視線が三人へと集中した。
「どうして私に相談してくれなかったの? やっぱりあの時の事、まだ気にしてる?」
「それは違うよ!」
否定するもリアムの目尻に小さく涙の滴が溜まっていく。
目に映るのは、後悔。
「そうじゃない、あれは……」
どうにもこの同い年の姉の涙には敵わない。何と言って涙を止めようかと焦ってしまう。
そう思って口を開いたリヒトだったが、その言葉を告げることは出来なかった。
足元が大きく揺れる。
「っ!?」
立っていられないほどの揺れだった。
地面から突き上げられるかのような衝撃。
耳がおかしくなりそうなほどの轟音。
周囲にいた人間全員が地面から宙に跳ばないようにと思いながら皆伏せた。
「っあ!?」
轟音の中、リヒトはリアムの声にならない叫びを聞いた。
反射的に視線を向けると、あったはずの地面が存在しない。
真っ暗な口を開けた地面にリアムが吸い込まれようとしていた。
「リアム……!」
咄嗟に手を伸ばすが、それだけでは届かない距離。
だがそれを一瞬で詰める影が、リヒトの脇から駆け抜けていった。
「掴まれ!」
虚空に飛び出しながら、腰の鞘から剣を抜き放ったユエルが叫ぶ。
「っ!」
空中で、リアムをユエルがしっかりと掴んだのが見えた。
反対の腕で握っていた剣をリアムが壁面に突き立てる。
「くっ!?」
巨大な穴の縁、そこに二人は剣一本でぶら下がっていた。
だが、まだ揺れは収まっていない。
どうにか二人の近くまで寄って手を伸ばそうとするが、リヒトも身動きが全くできなかった。
「!?」
さらに強い揺れが辺りを襲う。
キン――という音を立てて、剣が半ばから折れる。
「あ――」
その声は三人の誰の口から洩れた物か。
奈落へと吸い込まれていく二人。
自分の身も落ちそうになるのを気にせずにリヒトが力一杯に腕を伸ばした。
「リアム! ユエル!」
だが手は虚空を掻くことしかできない。
絶望に染まりかけたリヒトだったが、暗い穴の中へと落ちながら、ユエルの叫びがリヒトの耳を叩く。
「リアムは私が守る! 心配するな!」
すぐに二人の姿は暗闇の中へと消えていった。
「リアムッ! ユエルウウウゥゥゥ!」
リヒトの叫びに反応する声が返って来ることはなかった。
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