第4話 鉄火の冒険者
プレゼント作戦は失敗に終わった。
だが結果としては夕食のハンバーグで色々話すことが出来た。ユエルはどうやら外見には似合わず子どもっぽいものが好きらしい。その上肉が好きだと言うことだった。
あれ以降夕飯は色々リクエストしてくれることも増えた。
だが、出来ればもっと色々なことを知りたい。
「今日と明日は休みにする」
そうユエルが言ったのは夕食の小さなエビの乗ったチャーハンを食べ終えた時だった。
うまくパラパラになるように作るのが手間なのだが、ユエルは喜んで食べてくれたようだった。
「珍しいね」
ユエルが来てから、ダンジョンに潜らないと宣言したのは初めてだった。
「昨日の報酬で少し余裕が出来たのもあるが、たまには休まないと万全な状態でダンジョンに潜れないからな」
確かに休養も大切な準備だとは魔法学院でも必ず習う。この都市の住民たちは、貴族も一般市民も必ず中等部までは魔法学院に通って最低限の社会常識を学ぶ。その中にはこの都市の生活とは切っても切れないダンジョンを学ぶ機会もあるのだ。
ちなみに高等部からは選択制で、入るかどうかは本人の意思に任せられる。
中等部三年生で15歳になると、この国では成人として認められると言うこともあるのだが。
いずれにせよ、リヒトも学院にいた頃ダンジョンについて学び、時には休むことも重要と強面の教官から教えられたことを思い出したのだった。
「どこか出掛けるんですか?」
あわよくば一緒に出かけたい、可能ならデートしたい!
という下心のままに尋ねる。
「いや、部屋でゆっくりするつもりだ。……もしかしたら散歩にくらいは出かけるかもしれないが」
「そ、そっか……」
どこにも出かけないと言うことであれば、声を掛けるのもはばかられる。
リヒトは気落ちを隠し切れなかったが、ユエルは気が付かなかったようだ。
「その、休みの日っていつも何しているの? ここに来てからは初めてみたいだけど」
「ああ、基本は眠って体を休めることが多いな。後は、本を読んだりか」
「ちなみに。どんな本を読むんです?」
「そうだな、最近読んだのは――」
しばらく本の話題で盛り上がった。
◇
翌日。
リヒトは工房でポーションの調合を行っていた。
複数の素材に付与魔法を掛け、それを混ぜ合わせる作業だ。
すでに作り置きしておく分はほとんど仕上がっており、後は専用の瓶に詰めるだけとなっている。
手慣れた作業をこなしていると、頭をよぎるのはユエルの事だった。
休みにする、と宣言しながらも朝食はいつもの時間に起きてきたユエルはしっかりと食べていた。
リヒトが作った朝食をおいしそうに食べるユエルを眺めながら食べ終えたリヒトは、そのまま店を開けて仕事を始めて今に至る。
早朝の客足が途絶えたタイミングを見計らって一度店を閉め、工房に籠って不足していたポーションの作成に入って2時間。時刻は9時だ。
普段作業中はほとんどそれ以外の事が耳に入って来なくなるリヒトなのだが、この日は違った。
どうにかしてユエルと一緒に出かけたい、デートしたい!
おかげでもっと早く終わるはずの作業が長引いていた。
だがその作業も終わる。
「よし!」
今日はもう店を閉めよう。
そう決めた後の行動は早かった。
ポーションを戸棚に仕舞うと、店の入り口に鍵をかけ看板をクローズにする。
その足で母屋の方へ戻ると階段から上の気配を探る。
ユエルの部屋は二階の階段を上がって突き当りの部屋だ。ここからでは大きな音でもしないと何も聞こえないだろう。
だが部屋から出てくるのを待ち構えるには十分だ。
「さて、どうしようかな」
階段を下りてきたユエルにどう声を掛けるか考える。
『今日は早めに店を閉めたから一緒に遊びに行かない?』
いや、そもそも何で急に店を閉めたのか疑われるだろう。
それに軽薄すぎる。
『ちょっと買い物に付き合ってほしいんだ』
うーん、大丈夫だけど何かデートにはならなそう……?
階段の下に座って悶々と考えていたリヒトだったのだが、
「ん?」
ふと、二階から物音を聞いた気がして顔を上げる。
もしかしたら昨日言っていた散歩に出るのかもしれない。
いきなり訪れたチャンスに心臓を跳ねさせるリヒト。
だが、扉が開くような気配はなく、ユエルが下りて来ることもなかった。
「?」
どうしてだろう、と思って反対側の玄関に目を向けるとそこにあるはずのユエルの靴がない。
まさか、と思って階段を駆け上がる。
とんとん、と焦る心を押さえてどうにか優しくユエルの部屋をノックした。
「ユエル、いる?」
しかし返事はない。
耳を扉に押し付けて聞いてみるも、部屋の中を通り抜ける風の音しかしなかった。
「入るよ?」
扉の向こうに聞こえるように少し大きめに言う。
反応が全くないことを確認してからリヒトは扉を押し開けた。
「いない……」
部屋の中に荷物は少ない。
公園で出会った時に見た大きなリュックサックがベッドわきに立てかけられているが、幾分か嵩が減っているのは備え付けのクローゼットに中身を移したからか。
その隣にはいつも使っている剣がある。
他にあるのは元から部屋にあったベッドと机くらいのもので、開け放たれたカーテンが風になびいているだけだった。
リヒトは慎重に、出来るだけ痕跡を残さないように窓際へ寄った。
窓の外からは隣家の屋根と、その先に連なる住宅街が見える。視線を地面の方へと向けると家の小さな庭が見え、表の通りには人通りが多いのがわかる。反対側へと視線を向けて、裏手の路地を曲がる銀髪を一瞬見た気がした。
「ユエル……?」
散歩に出るとは言っていたが、何故こんな隠れるようにして出かけるのか。
もしかしたら自分には知られたくないような場所へ行くのだろうか。
あるいは今朝の朝食時に話した内容が何か気に障ったのか。
リヒトの頭の中を疑問がぐるぐると渦を巻く。
「……よし!」
リヒトは一度玄関へと向かい靴を取って返すと外へと飛び出した。
◇
玄関で慌てて靴を履き、庭を回って裏口から飛び出す。
細い路地を記憶を頼りに曲がると、銀髪の先っぽがちらりと見えた気がした。
視界の端にとらえた瞬間に全力でダッシュする。
路地の角から覗くと、その先で住宅地は途切れて人通りの多い広場となっていた。
「しまった、見失った……!」
この広場はこのあたりで一番大きい。
広場の周囲には背の高い大きな建物が幾つも存在している。銀行や冒険者ギルドの他、広場からほんの少し離れたところには市場やダンジョンへの入り口、学校なども存在している。
生活に必要な場所が固まっており、ここを通り抜けていく通行人も多い。
そのため広場はとても混雑していた。
この人ごみの中から見つけるのは難しいだろう。
「どこへ行ったんだ……?」
あたりを見回した視線が、ひときわ大きな建物――冒険者ギルドで止まる。
冒険者であるユエルがもし立ち寄る場所があるとすれば、それは冒険者ギルドだろう。少なくとも休みにしたのにダンジョンに潜ったり通ってもいない学校に行くとは思えない。
「よし……!」
リヒトは足を冒険者ギルドへと向けた。
冒険者ギルドは近づくとよりその鈍重とした雰囲気が感じられる建物だ。
それは建物の色が周囲の物に比べて暗く落ち着いた色合いをしていることと、建材がダンジョンから採取された非常に強度の高い物を使っているのが原因だろう。
この冒険者ギルドは、万が一の場合住民の避難場所であり冒険者たちの司令部となる砦なのだ。第五階梯如きの魔法程度では壁には罅一つ入らないだろう。
そんな建物の扉へとリヒトは手を掛け――
「どぅわっ!?」
扉が向こう側から勢いよく開かれ中から飛び出して来たものに跳ね飛ばされた。
腹の上に大きな衝撃を受けながら転がる。
「いっててて……」
リヒトが起き上がると、すぐそばには冒険者らしき中年の男が転がっている。目を回しており、意識ははっきりとしないようだ。
「これに懲りたらちったぁ強くなってから喧嘩売りな、オッサン!」
再びギルドの扉が勢いよく開け放たれ、大声が降って来る。
見ればそこには赤毛というよりは真紅に近い髪をした小柄な青年が立っていた。服の上からでもわかる引き締まった体躯と、髪と同じ真紅の瞳が怒りで燃え上がっているのが印象的だ。
「あ、ラスティさん」
「お? 魔導屋の倅じゃねぇか、どうしたそんなところに転がってよ」
ラスティと呼ばれた青年はすぐさまリヒトに駆け寄って、立ち上がるのに手を貸してくれた。握った手は外見に似合わずごつごつと固く、戦闘を生業とするタイプの冒険者であることを感じさせた。
「いえ、ちょっと人を探してまして」
「冒険者ギルドでか? なんでぇそれなら俺が手伝ってやるよ」
にかっとさわやかな笑顔を浮かべると、有無を言わさぬ力でリヒトの手を引っ張ってギルドへと足を踏み入れた。
ギルドの中は大勢の人たちでにぎわっていた。
一つは正面のカウンター。
数人の受付嬢に、列を作った冒険者たちが以来の報告や受注、そして報酬の受け取りをしている。
もう一つは右奥の壁に貼られたボード。
ここにはギルドに寄せられた依頼が幾つも張り出されている。今は数人の冒険者たちがまばらに集まって内容を吟味しているようだ。とはいえ割のいい仕事は朝ギルドのオープンと同時に来ないとすぐになくなってしまう。今ある物はろくなものじゃないだろう。
最後が左奥に併設された食事処だ。
幾つも大きなテーブルと長椅子が配置されており、そこでは既に一仕事終えた冒険者たちが食事にありついている。奥のキッチンでは料理人たちが忙しなく動いていた。
ちなみにギルド併設のこの食事処は安くて量が多いのが売りだ。味に関してはあまり文句を言わない冒険者であればここで十分と考える者も多いらしい。それ以外の客や、うまい物が食べたい冒険者は商店街にあるツグミの宴亭へ来ることが多い。
普段あまり足を踏み入れないリヒトがそんな光景を物珍しそうに眺めていると、ラスティがその食事処のテーブルからこちらへ手を振っていた。見惚れている間に席に座ったようだ。
リヒトは少し早足でそちらへと寄っていく。
テーブルの上には既に食べかけの料理が並べられている上、すぐそばの床にはラスティの荷物と思しきものがあり、どうやら元々この席で食事をしていたことが察せられた。
リヒトはとりあえず対面の席に腰を下ろすことにした。
「んぐっ、んぐっ。うんで? 誰を探してるってんだ。このギルドの連中なら大抵は知ってるからすぐ見つけてやれるぜ」
酒の入ったジョッキを傾けながらラスティが言う。
「いや、それよりも入口のあの人、放置しておいて大丈夫なんですか?」
「ああ、あれはいいんだよ。流れモンらしくてな、俺のことを知らずにガキ扱いしやがったから一発ぶん殴ってやったのよ」
「なるほどそれで……」
不運な流れ者の冒険者に同情する。
目の前にいる青年は見た目よりもずっと年上だ。
小柄で童顔のためよく年下に扱われるのだが、この青年恐ろしく喧嘩っ早い。
ガキ扱いしようものなら一瞬で鉄拳が飛んでくるだろう。
それを知っているからこのギルドの常連は絶対にラスティにそんな絡み方はしないのだった。
「で、誰を探してるって?」
「ああ、 『銀月』のユエルさんを……」
「ああっ!? 『銀月』だぁっ!?」
その名を口にした途端、ラスティが目をカッと見開いて傾けていたジョッキをテーブルに叩きつけた。
その瞬間にほんのわずかだがジョッキを握る手に火花が散ったのが見えた。
それがラスティのスキルだとリヒトは知っている。
スキルの内容までは知らないが、火を使うことと――代償として「性格が常時怒りっぽくなる」ということは以前聞いて知っていた。
スキルとは魔法とは独立した先天的に習得する能力の事だ。
スキルの才能を持つ者は少なく、有用なスキル保持者となればさらに限られる。その上スキル使用には反動がある。
大抵はろくでもないもので、スキルを使うと「風呂に入りたくなる」とか「髪が伸びる」だとか「短時間体が獣になる」とかがあると聞いたことがあった。
だが冒険者の上位に位置する者達は大抵スキル持ちだ。
そして目の前の青年もその一人なのだった。
「ど、どうしたんですか?」
ラスティの尋常じゃない様子にリヒトは当惑する。
目の前の青年は喧嘩っ早いが不条理に喧嘩を売ることはしない。
ここまでの怒り方をしているのを見るのは初めてだった。
「……なんで『銀月』なんか探してんだよ」
「いえ、ちょっと色々ありまして」
周囲から集まってくる視線を感じてリヒトは声を潜める。
もしこんな場所で今ユエルと同棲してますなんて言ったら袋叩きに合いかねない。何しろユエルはこのギルドにおいて畏敬と崇敬を集める紅一点のような存在だ。
だからラスティと言えどもはっきりとしたことをいうのははばかられた。
「……なんか訳ありみてぇだな」
リヒトのそんな様子を見て、ラスティは腕から散らせていた火花を収めた。
あの火花はラスティのスキルによるものだ。
名前は知らないが炎を操るものらしい。
「あの女は今日はここには来てねぇよ。もし来てたら俺はここじゃなくてツグミの宴亭に行ってたさ」
「……ユエルさんと何かあったんですか?」
苦虫をかみつぶすような表情に、リヒトは訊ねずにいられなかった。
ラスティはユエルと同じAランクの冒険者で二つ名持ち。
そこまで反目し合うようなことがあるのだろうか。
ジョッキに残った酒を飲みほして、ラスティは口を開いた。
「あいつがランクAになったときにな、先輩として激励してやろうと思ったんだが……喧嘩になっちまってな」
「はい?」
「酔ってたからよく覚えてないんだが、ここもかなり荒らしちまった」
「それは……」
Aランク相当の冒険者同士が争えば下手すれば町一つ吹っ飛ぶ可能性さえある。
「まぁそれはいいんだが。よくあることだからな」
「よくあることで済ますことじゃないと思いますよ……」
「一番の問題はあいつが強すぎたことなんだよ」
「え?」
ラスティが一層不満げな表情になる。
「結局俺はあいつに一発入れることすらできなかった。お互いに武器を使わなかったとはいえ、な」
ラスティは手を上げて新しい酒を注文する。
「あいつは強ええ奴だ。だが、危なっかしい奴だと思った」
「危なっかしい?」
「ああ」
頷くラスティの元へ新しい酒が運ばれてくる。
だがそれには口をつけずに、琥珀色の酒の表面を眺めている。
「なんつーか、外見と内面が全然一致してねぇんだよ。外見に対して精神が未熟っていうかよ」
「そう、ですか?」
初めて会った時からユエルはリヒトにとって理想の人だった。
ダンジョンで死にかけているところに颯爽と現れて救ってくれた。
その彼女にそんな危ない一面があると言うのか。
「あいつは、冒険者として戦う理由は金だと言った。それ自体は別におかしいことはなにもねぇ。冒険者ってのはそう言うもんだからな。だが、あいつの目的はその先にあると俺は感じた」
その言葉にリヒトは内心頷きを返した。
ユエルが冒険者として戦うのは入院している姉のために、医療費を稼ぐためなのだ。金と言う理由も、目的がその先にあると言うラスティの直感も正しい。
「それは、合ってると思います。ユエルさんの個人的な事情なので僕の口からは言えませんが……」
「ほう? そうなのかい。俺の見る目もまだ捨てたもんじゃねぇな」
口角を歪めて嬉しそうに酒を口に運ぶ。
「ま、何にせよあいつはその目的を達成するためなら何でもするタイプだと俺は見たね。今はその方向性がギルドと反していねぇからいいが、もしそうじゃなくなったら……」
ぴしり、とリヒトでもわかるほどに空気が二人の周囲でだけ張り詰める。
だがラスティはすぐにその気配を消し去ると、ジョッキを呷った。
「そん時はランクAの先達としても――今度こそ、世の中ってもんを教えてやるぜ」
ラスティが空にしたジョッキを机に叩きつけながら、口の端を吊り上げる。
「……」
ラスティの目は本気だ。
この冒険者ギルドセェベロ迷宮支部を拠点とする冒険者の中ではおそらく最強各に位置するだろう。故にこそ、この冒険者ギルドの和を乱すものを許せないのかもしれない。
「ありがとうございました。僕は店に戻ります」
「おぅ、また今度行くかんな」
「はい、お待ちしてますね」
赤ら顔で言ってくるラスティに頭を下げて、ギルドを後にした。
ユエルを見つけることは出来なかったが、少しでもユエルを知ることが出来て良かった。
リヒトの足取りは、自然軽いものになった。
「そう言えば……ここじゃないとすればユエルはどこに行ったんだろう?」
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