第6話 ボコルフ誕生。ワックスは世界を変える

部活終わりの帰路、3人はいつものように並んだ歩いています。


「とっしーの髪型、相変わらずださいな。せっかく俺らが散髪したったのに活かしきれてない」


「隕石がドゥーンと前髪に落下したような髪の散らばり方や」


街角での髪型調査と公園での散髪を終えて、かっこよくなったはずのぼくの髪型でしたが、ボブときゃぷてんは首をかしげていました。


ぼくは彼らに聞き返します。

「隕石ドゥーンって前髪の真ん中に隕石がおちた感じのこと?たしかにそうやな。」


「全然ちゃうで。てかとっしー、お前、'ワックス'つけてるか?」


「ワックス?親父が車に塗ってるやつか?」


「それもちゃう」


「文書をウィーンって送るやつ?」


「ファックスとちゃう」


「スマブラで銃を乱射できるキツネ?」


「それはフォックスや。

ワックスは人間の髪につける変な物質や。あれをつけたら髪の毛がええかんじに散らばるんや」


「そんな魔法の製品があるんやなー、すっげえ。さっそくそれを買いにいこうぜ!」





地元の西桜丘駅に着くと、駅ビルのドラックストアへ向かいました。


ワックス売り場には、様々な会社のワックスが陳列されており、それらを物色していきます。


ぼくはひとつのワックスを手に取ります。

「これはどう?妻夫木聡が使ってるで?」


「アホか。妻夫木と、とっしーは顔のパーツが違うねん。同じワックス使っても無駄や」

きゃぷてんは顔をしかめます。


「これはどう?瑛太やで?瑛太」


「瑛太?瑛太よりも、とっしーの方がかっこええわ」

ボブは顔をしかめます。


思わぬ褒め言葉に、緩む頬。


しかし、これはボブの計算でした。彼は定期的に褒めて調子に乗らせることで、ぼくの感情をコントロールしていたのです。



ぼくはワックスの値札を見て、頭を抱えました。

「ワックスって高いなあ。どれも600円以上するで、高級品や…」


高校に入学してまだ1か月も経っていなかったこの頃、ぼくはどケチでした。


うまい棒、蒲焼きさん太郎、タラタラしてんじゃねぇよ、といった激安駄菓子を好んで購入し、「ガリガリ君って60円もしたっけ?高すぎるわ」と、肩を落としていたほどです。


そんな経済難のぼくをみかねて、きゃぷてんが掘り出し物を持ってきました。


「これはどう?100円やぞ!」


「100円?1番安いな!これにするわ!」


ぼくは100円のワックスを、手に取るなりレジに駆け込みました。


「これください!」


店員さんは、こんな商品あったけ?と首を傾げながらもお会計を済ませてくれます。




2009年当時の日本経済は、デフレの真っただ中で、100円均一ショップの全盛期でした。


しかし、頭皮につける商品です。

会社名さえわからず、100円という値段の割に大きい容器に入った得体のしれないワックスを使うことに抵抗があってもおかしくありませんでしたが。


「さて、せっかく買ったしつけてみるか!」

ぼくは、なぜか意気揚々でした。


「よし、ワックスをつけるのはプロの俺らに任せろ」

ボブときゃぷてんも、なぜか楽しそうです。


「お前らってプロやったん?」


「もちろん。散髪もワックスつけるのもその筋の人間や」


「どの筋?」


戸惑いを覚えつつも、ぼくは彼らに任せることにしました。


鏡の前ので一人でワックスをつけても面白くないでしょうから。


ドラックストアの横のベンチ。

憩いの場になるはずの場所が戦場に変わることになります。



「さて。俺たちがかっこよくしたるわ」

ボブときゃぷてんは、両手に大量にワックスをつけ、それをぼくの髪につけていきます。


ぼくの頭には、合計4つの手が乗っかっているのです。


「これどう?はなわみたい」


「これは?ハリーポッターのマルフォイみたいやな」

2人は、カッコいい髪型にする、という当初の目的を忘れて、ぼくの髪型で遊んでいます。


国民のための政治という理念を忘れて、私利私欲に走る政治家のようです。



数分後、ぼくの逃避には違和感が…


「なあ、なんか髪の毛ベトベトしてきたぞ」

それに気づいた時、彼らは、ワックスの半分ほどを、髪の毛にすりつけていたのです。


「おい、なんでそんな大量につかうねん!ベトベトやないか!」


ワックスは髪の毛におさまりきらず、タラタラと顔に垂れてきます。


さすが100円ワックス。漂う匂いも不愉快な異臭です。


「ファンデーションみたいなもんや!お肌もスベスベにしとこうぜ!」

ボブはそう言って、残りのワックス全てをぼくの顔につけたのです。


「か、顔に塗るな!うっうおーー!ぐぬあわあー」


顔と頭がワックスだらけの高校生が何かを叫んでいました。


-良い子は真似しないでね-





次の日の朝。


「と、とっしー。お前の顔中、ニキビだらけになってるやんけ!どうしたんや?」


顔面ファンデーション.feat100円ワックス、を経たぼくの顔をみて、きゃぷてんとボブは驚きを隠せませんでした。


「お前らが昨日、ファンデーションしたんやろがー!」

ぼくは彼らにキレています。


「顔中、ボコボコやな!昨日は、髪の毛だけ隕石落下してたけど、今日は顔面全域に隕石が落下してるわ」


「ファイナルファンタジーで例えたらアルテマウエポンってか?」


「けど、キレながら突っ込む感じは、野生的でかっこええな」

ボブはそう言って、ぼくを少し褒めました。


「狼、ウルフみたいや!」

きゃぷてんも乗っかります。


「え?ウルフ??」

カッコいいあだ名に、嬉しくなってしまうことが単細胞と言われる所以でした。


「けど、ウルフではないよな。顔がニキビだらけでボコボコやし…」


「ボコボコのウルフか。ボコボコウルフ…


「じゃあこんなあだ名はどう?


'ボコルフ'」


「それええなあ」



ボコルフ誕生の、物語でした。

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