第2話 街角調査隊~ぼくの髪型どうしましょう?~
ときは2009年、少し肌寒い風が吹きつける4月。
「おい、ほんまに聞くんか?」
頬をひくひくさせて、怯えた表情を見せるぼくは、消え入るような声で尋ねました。
「もちろん。とっしーはどんな髪型が似合うか、いろんな人の意見を参考にしたほうがええ」
他人事のように答えるのはボブ。
ボブというあだ名からボブ・サップのようなゴリゴリ鳩胸を予想するでしょう。
しかし、彼は柔和な笑顔が素敵な普通の好青年です。
口癖は「こんなまずいのよう食わすな。もう一個くれ」
ぼくは10年来の腐れ縁のボブのからの言葉に導かれるように、目の前を歩くおばさんに声をかけました。
「さーせん!さーせん!」
さーせん、というのはすみません、という言葉が短縮されたもので、人によっては理解できない造語です。
”この子は、何を言っているのだ?”という訝し気な表情を浮かべているおばさんに対して、ぼくは言葉をつづけました。
「ぼく、今から散髪するんです!!」
「は、はあ…」突然の報告におばさんもたじろいでいます。
「どんな髪型が似合うと思いますか?」と言って、頭をちょこんと下げるぼく。
服装が学生服でなければお縄を頂戴してもおかしくはありません。
唐突な質問に唖然とするおばさんですが、彼女は幸運にも対応力に溢れた方でした。
数秒間、ぼくの顔を見つめた後、にっこりと微笑みました。
「うーん…角刈りとかどうかしら?」
*
ぼくはいったい、何をしているのでしょうか。
話は1時間前に遡ります。
いつもの帰路、友人のボブときゃぷてんは、ぼくにこう言いました。
「とっしー、お前さ。もっとかっこよくなろうぜ?そんな”芋芋”したちんちくりんでは、花の高校生活を過ごしていけんぞ?」
ボブという人物は、みなさんの周りにも一人はいるであろう悪の参謀キャラです。
イメージとしては、ヤッターマンのボヤッキーがイケメンになった感じというべきでしょうか。「あらほらさっさー」
もうひとりはきゃぷてん。
“1日に23時間も睡眠する”という偉業を何度も成し遂げた15歳です。
容姿端麗でバスケ、テニス、空手と、多才ですが、どれも突出はせず、「全てフツーなフツーな男。墨谷台高校の基準点」と呼ばれることもある人物です。
この2人が、ミジンコ並みに単細胞、と呼ばれるとっしーこと、ぼくに、様々な入れ知恵をするわけです。
「かっこよくなるためには、まず散髪やな!俺らに任せろ!公園で切ったるわ!」
常識外れのボブの提案に対しても、「せやな!俺の髪型はださいし、切ってくれ!」と、ど素人の友人に散髪を依頼してしまうのですから、ミジンコもびっくりぽん。
ボブはにんまりと笑って、
「よし。じゃあ、1000円」
「はっっ!金とるん?」
ぼくは驚きを隠せません。
「もちろん、俺らもプロや」
「嘘つけ!」
*
「それは置いといて、髪型や!
”森の中に生えたキノコ”みたいなもっさりヘアからどんな髪型に変えるべきか…
町の人に似合う髪型聞いてみよ!」
「え?」
「町角で調査するんや!それで、回答結果の多かった髪型にしよう!」
「おもしろそーやな!やってみよう!」
無茶な提案だと思いつつ、二言返事で快諾したぼくは、さっそく町角でインタビューを開始します。
ぼくは決して、何か得意なことがあるわけではありません。
フットワークの軽さ、これだけが武器でした。
*
数人への調査を終えたあと、ぼくは調査対象にこの町を選んだことが間違いだったと気付きました。
神戸市北区にある田舎駅。
この付近を歩く人は、ほとんどがご老人。
ご老人の方々に髪型を聞いても、お洒落な髪型は出てこず、スポーツ刈りや角刈りの回答しか得られないのです。
ぼくは、調査を一時中断し、2人の元へ戻りました。
「あかん!角刈り率が高すぎる。全然かっこよくないで?
この町で調査するのは間違いや、せめて三宮で可愛いお姉さんに…」
「いや、この町や。もう調査を始めてるんやから変更はできん。この町での調査結果で、俺たちは散髪をする!
ただ、ここまでは角刈りが多すぎるから、一度ノーカウントや。
次の結果で決定にしよう。次は絶対や…」
そう言ったボブの表情は、東大寺の金剛力士を髣髴とさせました。
「金剛力士像がそう言うなら調査続行か…」ぼそっと呟いたぼくに、ボブはつっこみます。
「誰が金剛力士像や」
「お前や」共鳴するぼくときゃぷてんの声。
*
君に決めた、と心の中で叫んだぼくは、ダンディなおじさんに狙いを定めました。
この回答で、ぼくの髪型が決まります。
高校生活のスタートダッシュをどのような髪型で過ごすのか、それが決まる大一番。
余計な説明は省き、単刀直入に尋ねます。
「さーせん!!ぼくって、どんな髪型が似合いますか?」
おじさんは、舐め回すような目線でぼくを凝視すると、ごくりと息を飲みました。
「.......ボウズ」
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