第31話 本当にありがとう。明日のために運命の鐘が鳴る

 小鳥たちがチュンチュンと陽気に口ずさむ翌日の朝。


 結局、可憐から言われた弥太郎やたろうが来ると言う言葉が気がかりで、昨日は一睡いっすいもできなかった。


 まるで何事もなかったかのような晴天の日差しが寝不足な俺の目蓋まぶたに容赦なく突き刺さる。


 今日もなお、心の天気は暗雲で、頭の中で繰りかえされる残虐ざんぎゃくの嵐が脳裏にこびりついていた。


 その朝の無神経な光を浴びながらも、俺は何てちっぽけで無力な存在なんだと痛感してしまう。


 まさに腫れ物の治りきっていないカサブタに触れる感覚のように……。


****


「──もう、本当に大袈裟おおげさですよ」


 そんな昼時、あいりを寝かしつけていた可憐かれんに相談したが、このような俺の気持ちを洗いざらい聞いた彼女は笑っていた。


「──弥太郎さんは、もうそんな子供じゃないのですよ」

「だけど今回で、可憐を失ったら、もう後がないんだぞ。だからな……」


 そう、もう俺には人生のやり直しの採択さいたくをすることは出来ない。

 だから、可憐がいなくなってしまうと考えたら絶望しか残らない。


 いくらあいりがいるとはいえ、片親を亡くした子供を男手一つでは育てるのは大変だろうし、最愛の人をうしなった俺は今度こそ、一人きりになってしまう……。


 そんな悩みにふけり、一人でウジウジと悩む俺の両手を柔らかに包み込む可憐。


洋一よういちさん。余計な心配はしないで下さい。彼と会ってきちんと話していれば、そのうち分かりますよ」

「どうして、そんな平然としたことを言えるんだ?」

「だって、いつも楽しそうな奥さんの実里みのりからLINAの通話で聞かされていますから」

「えっ、あの実里が弥太郎の奥さんなのか!?」

「うふふふ。そうですよ、本当に何も知らないのですね」


 ……というか、可憐がこのような第三者に対しての色恋沙汰の話題を口に出すことはまずない。


「それだけ、実里のことが好きで信頼しているんだな……」

「うん? 何か言いましたか?」

「いや、何でもない……」

「……そうですか?」


 どうやら肝心な内容は可憐には聞こえていなかったようだ。


 彼女は百合系でもないノーマルな性癖の女性らしく、俺の本心の言葉により、気分を害されるよりはいい。


「あっ、そんなことより噂をすれば、二人が来ましたよ」


 黄色の軽自動車が俺たちの新築の家の側にある駐車場に停まり、二人の男女が地面に降り立つ。


 二人ともお洒落な浴衣の着物姿で、若きあの頃と変わらない風貌ふうぼうをしていた。


「こんにちは、可憐、それから洋一♪」

「あ……お、おはよう!」

「何、挨拶くらいでパニクっているのよ、もうさんは真上で昼過ぎよ?」

「すまん、あまりにも昔から変わらないから、君らだけ時が止まっているのかと思って」

「あはは、わたしたちは仙人じゃないのよ」

「そうだな。しかし久しぶりだな。最後に会ったのは俺たちの結婚式以来だったか? 元気そうで何よりだ」

「そう言うアンタの方も昔とほとんど変わらないわよ。歳だけ食った中坊みたいな」

「それは誉め言葉と捉えていいのか?」

「そうね、アンタの判断に任せるわ。それよりも今日はダーリンから直接、話があるから……ねっ、ダーリン♪」


 長い金髪をなびかせた実里が遠慮なく、丸刈り頭の弥太郎を前に突き出す。


「……ああ、そうだな」


 ばつの悪そうなうつ向き顔だった弥太郎が、ゆっくりと顔を上げる。


「……洋一、可憐。まずはお前たちに一言、言わしてくれ」


 弥太郎がコンクリの冷ややかな地面に座りこみ、土下座の姿勢になる。


「ちょっと、いきなりどうしたのですか。弥太郎さん、顔を上げて下さい!?」


 すかさず、可憐が弥太郎の仕草を止めに入る。

 

 土下座とは、人として迂闊うかつにやってはいけない行動であり、立場上によっては恥ずかしくて、親しき仲の礼儀作法には失礼な行為にあたる。


 それを可憐は瞬時に感じ取ったのだろう。


「弥太郎、どうした? いつものお前らしくないぜ?」


 俺も可憐と同じく、いつも強気だった弥太郎の弱々しい態度にめんを食らっていた。


 長年刑務所で暮らしてきて、手荒な性格がトゲが丸くなったのか?

 何かしらの宗教を学ばせ、犯罪者を更正させるのが目的なだけに……。


「……二人とも今まで、怖い思いをさせてすまなかった……私は人の命の重みを軽く考えていた」


 弥太郎はその体勢を変えずに頭を地面に擦りつけながら、謝罪する。


 そんな俺の想像とかけ離れた彼の行動に、俺と可憐は冷静さを失いかけていた。


「……猫にしろ、人間にしろ、その生き物に与えられた命は一つだけ。そんなことを片隅にも置かず、私はとんでもないことをしてきた。本当にすまない」

「弥太郎、お前……」

「今度、私にも子供が産まれるんだよ。それで命の尊さを思い知らされた。

──命とははかなく壊れやすいもの。親が大切に愛情をもって育てる存在……。

それなのに、その生きるべき大切な命をもて余す行為を繰り返した。これが恥知らず以外の何者になろうか」


 弥太郎が実里の横に行き、微かに膨らんだ彼女のお腹に耳元を当てながら、瞳から熱い涙を流していた。


「……もしも、あの時に実里たちの命を奪っていたら、私の子を授かることも、こんな感傷的な気持ちも芽生えなかっただろう」

「そうだな。相手が好きだからと向こうの考えも考えずに一方的に迫り、言うことを聞かなかったら強引な犯行に及ぶ。裏をかえせば、ただのワガママ坊っちゃんだよ」

「ああ、親御からは放任主義だったからな。だから、この歳になってようやく気付かされたよ。やっぱり面倒くさがらず、子供の時に、きちんとしたしつけは必要なんだなって思ってさ」


「ええ、それを新しく産まれる赤ちゃんに教えてあげて下さい。そして二度と、このようなことを起こさないようにして下さい。誰だって大切な人が亡くなるのはつらいですから……」

「……ああ、やってきたことの傷口は中々癒えないだろうから、これからも罪を償うために一生懸命生きてみせるよ……それじゃあな」


 弥太郎が用は済んだとばかり、俺たち

から背を向けようとしたとき……、


「まあ、待ってください。遠路はるばる来たのですから、ゆっくりしていきませんか? 

──積もる話も聞きたいですし」


 多少、困惑気味だった可憐が弥太郎の着物の袖口を摘まんで、彼をすかさず引き止める。


「だけどな……」

「別にいいじゃん、ダーリン。わざわざ誘ってくれてるんだし、それに友達でしょ?」


 実里が母性のような仕草で、弥太郎に優しく問いかける。


「……友達……私みたいな殺人犯がか?」

「何、寝言言ってんの、人はあやめてないでしょ?」

「それもそうだな……」

「それに向こうはいつでも受け入れ準備OKみたいよ」


「ああ、弥太郎は自分の罪に気づき、それを償う覚悟が出来たんだ。それだけでも立派じゃないか」

「ええ、可憐たちはいつでも歓迎しますよ」


「お、お前ら……」

 

 弥太郎がその場にひざを崩して顔をうつむけ、地面にひたいを静かに当てる。


「……私はお前達にこくな仕打ちをしたのに、いい人過ぎるにも程があるぞ」


 彼は心の底から感謝して泣いていた。


「まあ、罪を憎んで人を憎まずという、ことわざがあるからな」

「……あ、ありがとう」


 弥太郎はそのまましゃがみこんだままで、可憐に注意されたせいか、今度は正座姿になり、俺達に向かって頭を下げ続けるのだった……。


****


『──ピリリリリ……マサカリ~担いで銀太郎は~♪ 

ワニにまたがり~お馬の稽古~♪』


 そこへ、実里の袖口からスマホの着信音が鳴り響く。


 しかし、何というふざけた着メロだろうか。


 一体、どう説明するつもりだ。

 400字原稿一枚以内にまとめられるか?


 このシリアスな熱い感動シーンが一発で冷めてしまったぞ……。


「──ああ、夏紀なつきじゃん。おひさ~。いきなりどうしたの?」

「……ええ、ああ。みちるさんと近くまで来たから、ここに寄っていく?

──そうだねえ、可憐、どうする?」


「ええ、まあ、桜木さくらぎさんの頼みなら断れないですよ」

「オッケー、なら了承ということね♪」


 それから二言ばかり話し、ハツラツとした笑顔で通話を切る実里。


「──おい、可憐。何で桜木先公と日向ひゅうがさんが一緒なんだ?」


 俺はその素朴な疑問を可憐にぶつけてみた。


「ええ、一緒も何も二人は恋人通しですから」

「な、なんだっっってー!?」

「ふふふ。相変わらず鈍い人ですね」

「知らないのはアンタくらいよ」


 女子二人が仲良く笑っている姿を見ながら、俺だけが不思議な感覚に押し入っていた。


 弥太郎も動じない様子だと、彼も認識済みらしい。


 俺はその場の周りの反応でしかりと感じた。


 人生とは混乱の連続だなと……。

 

****


『──そうじゃな。丸く収まって良かったわい』


 ふと、そこへ懐かしい老婆の声が頭に流れ込む。


 俺はすぐさまに状況をさっして、仲間たちから離れ、近くにある柿の木の木陰の片隅に移動する。


「──デレサ、今までどうしていたんだよ。あれからずっと連絡がないから心配していたんだぞ?」

『まあ、あたいにも色々あってのお……。

でも、あんたの最期が見れて良かったわい』

「何言っていうんだよ。水臭いなあ。最期なんて言うなよ」


「──そうだ、俺の仲間たちにデレサを紹介したいぜ。色々と世話になったからな」

『それは嬉しいのお……じゃが無理じゃ』

「何でだよ?」

『実は、あたいは、もうこの世にのじゃ。あんたが会ったあたいはあの世に残った残留ざんりゅう思念じゃったから』

「ええっ、信じがたいけど俺と話していたデレサは幽霊だったということなのか!?」

『──そうじゃよ、こんな発明をしていたら常に悪巧みを考えた連中に狙われる毎日での……。気づけば、あたいは眠っている間に殺されていた』


 俺は黙ってデレサの一句一句の言葉に、じっと神経を集中させる。


『──そして、己の死に納得がいかず、せめてもの償いにと困っている人のちからになりたいと、天国の神様にお願いして期間限定でやっていた商売だけに、あんたのような素敵な人物と会えて良かったわい』

「デレサ……今まで苦労してきたんだな」

『ふふ、こんな他人の人生話に真摯しんしに耳を傾けて親身に聞いてくれるとは……。やっぱり、あたいの目に狂いはなかったのお』

「何だよ、例え実体がなくても、同じ人生を暮らしてきたかけがえのない仲間には違いないだろ」

『ふふふ、ありがとな』

「まあな」


『……じゃあの。達者で暮らすんじゃぞ』

「ああ、でな」

『ははは。もうあたいはこの世にいないのにとは笑わせる話じゃわい』

「そんな憎まれ口を叩けるなら、これからも大丈夫さ。今度は天国で会おう。あばよ」

『ああ、さらばじゃ』

「ああ、またな」


 そこでデレサとの思念は完全に途絶えた……。


****


「──あの、洋一さん。こんな場所で、なに、ひとりごとを言っているのですか?」

「のわっ、可憐、側に居るなら言えよ!?」


 俺は木陰の草かげにいた可憐の登場にびくついて、少しばかり後退りする。


「いえ、声をかけても反応がないもので……。あの、やっぱり、いきなりの恋愛話の展開にショックを隠しきれないでしたか?」

「いや、ちょっと色々と情報量が多すぎてさ。気分転換に風にあたっていただけさ」

「大丈夫ですか?」

「ああ、平気さ。それよりもこれからお祝いをやるんだろ、みんなの元へ戻ろう」

「はい♪」


 ──そう、天使のようにはにかんだ可憐の横顔を見ながら、俺は心の奥から誓う。


 これからどんな壁が来ようと、末永く、可憐と、我が子のあいりを大切にしていこうと……。


 ──さて、これを持って、

俺による『タテハ蝶に転生した矢先に再び人間に戻り、運命に抗ってみせる計画論』は終わりだ。


 改めて言わせてくれ。

 俺に付き合ってくれたみんな、今まで本当にありがとう。


 まさに明日のために運命の鐘が鳴る……。


 

 Fin……。





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タテハ蝶に転生した矢先に再び人間に戻り、運命に抗ってみせる計画論 ぴこたんすたー @kakucocoro

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