第30話 3度あることは何回でもある。いかにして未然に防げるかだ
「
「そうだな、
あの体育祭の騒動から数年が過ぎ、高校、大学を無事に卒業し、
それから社会人になった俺たちは、休日を利用して、俺と可憐は仲良くピクニックをしに、近所の公園に来ていた。
ちなみに俺たちは明後日、はれて結婚式を行うことになっている。
ようやく、あのしがらみから解けて、式を
「それにしても、あの頃……特に私たちが出会ったばかりの高校時代は色々ありましたよね」
「ああ、あれから何ごともなく、平穏な生活を送れたことが不思議だな」
「ふふ、その言葉を聞くのも何度目でしょうか」
「まあ、それだけ平和だということか」
「その台詞も何回目になるでしょうか」
「そこは、ほっとけ!」
可憐に鋭いツッコミを入れ、そのまま陽気なパンダの絵柄が描かれたレジャーシートから立ち、大きく伸びをする。
「さて、何か飲み物でも買ってくるか。可憐は何かいるか? 俺がおごるよ」
「ありがとうございます。それでは、ミルクのたっぷり入った紅茶をお願いします」
「分かった。じゃあ行ってくるよ」
「──ああ、そうそう、これ、可憐が持っててよ」
「あっ、はい」
やがて数分が立ち、公園の片隅にある自販機の前で立ち止まり、二人分の飲み物を何の迷いもなく買い、足早にその場所からリターンする。
すると、目線の先に変わり果てた男の姿が確認できた。
あの
顔は痩せこけ、坊主頭だったが俺がよく知っていた人物と完全に一致する。
その相手とは、あの
弥太郎は鋭い剣幕でナイフを光らせ、あと三歩の所で可憐に襲いかかる体勢になっている。
だが、こちらからの視点だと、ここからだと約100メートルくらいの感覚。
俺が止めようにも、すでに距離が離れすぎている。
「ええい!」
そこへ可憐は何も考える暇もなく、さっき俺が手渡した餅のような固まりの入った透明な袋を破き、その中身を弥太郎の両手目掛けて投げつけた。
「くっ、動けん……」
どうやら、この俺の考えが
「……この感触、質感……これはトリモチか」
動きを止められたナイフを持った腕ごと、トリモチで両手を封じられた彼は成すすべもない。
俺は即座に、絡みついた腕を左右に回しながら、ジタバタともがく弥太郎の死角に近寄り、そのがら空きな体に長方形の物体を押し当てる。
「食らえ、今日こそ終わりだ、弥太郎!」
「なっ、洋一……ぐああああ!?」
その当てた物のスイッチを押すと、ビリビリという音と一緒に青白い電流が弥太郎の全体に流れ込む。
そう、これはデレサから頂戴したスタンガンだ。
普通、護身用のスタンガンと言えば、人間の神経に直接働きかけ、対象相手を痺れさせて動きを一時的に止める効果があるが、コイツは違う。
特に法の定めがないデレサのいた異世界により、違法出力に改造されたこのアイテムは、あの巨大な象さえも
「き、貴様……」
「ああ、お前が来ることは読んでいた。最近、釈放されたことも聞かされていたからな。ファッションデザイナーの母さんの顔の広さをなめるなよ」
「──それに今日のこの出来事は何回も経験済みだ」
「何だと、洋一。お前の言っている意味がよく分からないぞ……」
「ははっ、その台詞も二度目になるな。気分はどうだ?」
「くっ、これが何も出来ない苦しみか……無念……」
黒焦げで天然チリチリパーマになった弥太郎は、その言葉を最後にして、そのままガクンとヒザを下ろして鈍い音を立て、地面へとドシンと体を転倒させた。
それと同時に、鈍い機械音を発しながら、ブスブスと黒い煙を吐くスタンガン。
内部に埋め込みの電池を内蔵していた使い捨てだったペン型のICレコーダーに続き、このアイテムの寿命も今日までのようだ。
形があるものにもいつかは別れが来る。
今まで俺たちを守ってくれてありがとな。
「可憐、無事か。怪我はないか?」
俺はその場に、ペタリと力なく気の抜けた顔で座りこんだ可憐に声をかける。
「は、はい。台所で二人でトリモチを作ったかいがありましたね」
「まあな。それに念のために服の下に、作業服店で買った帯電服も着ていて良かったな」
「ええ、ありがとうございます」
可憐の手を取り、彼女の体を優しく抱き抱える。
「──ですが、一体、この人は何を考えているのでしょうか?」
「さあな、ただ一つだけ分かることがある。コイツはただのお調子者だ。
いくつ歳を重ねても頭の中が小学生の女子みたいで、メルヘンなお花畑恋愛脳で狂ってやがる」
「洋一さん、それは言いすぎですよ。彼とはお友達でしょ?」
「ああ、事の
静かに眠っている弥太郎を手持ちで所持していた白いロープで近くの電信柱にくくりつけて、俺の指示通りにスマホで警察へと電話する可憐。
これで今度こそ弥太郎の計画は
そのはずだったが……。
****
「うえーん、ちょっと聞いてよ!」
──ただいま昼の1時、俺の安眠な昼寝を妨げる喧しい子供の声。
騒がしいな。
最近、お前のせいで、あまり夜は眠れていないんだぞ。
今日はひさしぶりに仕事が休みなのにマジで勘弁してくれよ……。
「……あいり、また学校で何かあったのか?」
「うん、聞いてよ、パパ」
あれから数年が過ぎ、パパと呼ばれた俺は、『まったく、しょうがないな……』とぼやきながら、静かに畳の床から起き上がり、可愛らしい娘の目線に視線を合わせ、静かに
俺は、この娘、あいりの毎日の相談に正直、頭を悩ませていた。
年頃の子供を持つ親は本当に大変だ。
そんな少女、あいりは黒髪のロングヘアーに、くりっとした大きな目に清楚な白いワンピース。
年齢は6歳で、もう小学一年生になる。
「今日ね、となりの席のだいきくんからね、あいりのせなかにカエルを入れられたんだよ。これっていやがらせだよね」
しかも、あいりはこの容姿のせいか、学校にて非常にモテていた。
まあ、当の本人はこの通り、何も知らないのだが……。
「いや、それはあいりに気を引いて欲しくて、ちょっかいをかけているんだよ」
「そうなの? げたばこにカミソリの入ったふうとうが入っていて、中の手紙には血の文字で『今すぐ屋上に来い』とかじゃなくて?」
「あいり、それは本当か?」
「うん、この前、テレビのドラマでやっていた♪」
「ははっ、何だ、
本当に良かったと、心から溜め息を絞り出す。
下手をすれば、それはイジメ行為になるぞ。
この子の回りくどい台詞に数年、寿命が縮んだ気がする……。
……それにしてもまた知らない男の子の名前が出てきたな。
将来、男を
「パパ、にやにや笑ってないでしんけんに答えて。どうしたらだいきくんは、あいりにいやがらせをしなくなるの?」
しまった。
思わず顔に出ていたか。
俺は動揺を抑えながら、娘と真剣に向き合う。
「だいきくんは、あいりが好きなんだよ。だからあいりにイタズラをしているんだよ」
「そうなの? あいりのパパとママの二人が好きどうしなことといっしょなことなの?」
「な、なんだね……いきなり?」
「えとね、いつも出かけているときはお手々をつないでいるし、あいりにかくれてチューとかしてるからママに聞いたら、それが好きと言う感情なんだって」
あの
何でもかんでも恥ずかしいことをベラベラと喋りやがって……。
まだ、思春期さえも迎えていないあいりには早すぎる話なのに……。
「パパ、何か顔がこわいよ……」
「……しまった。また顔に出てしまっていたか」
「またってなあに? おいしいの?」
「今度は口に出ていたか!?」
ボコボコ、ガスガス。
俺は自分の頭を遠慮なく殴る。
「きゃっ、パパ、おねがいだからじしょうこういは止めて!」
「なっ、そんな言葉どこで教わってきた!!」
「んっ? ママが言っていたよ。パパはたまに自分で自分を痛みつけることがあるから、あいりのほうようりょくなんたらで守ってあげてって」
「あいり、お前それ、言っている意味が分かっているのか?」
「……いや、正直よく分からない」
「あばばば、ギャフーン!?」
ずる、すってーん!
俺はわけの分からない言葉を吐きながら、その場でギャグ漫画のように思いっきりスッ転んだ。
「きゃっ、パパ、だいじょうぶ?」
「まあ、そりゃそうだよな……」
相手を優しげに包み込む包容力など小学生に分かる話じゃない。
「……まったくもって、可憐は何を考えているのやら」
「……洋一さん、そのよく分からない考えの可憐が今帰りましたよ」
いつの間にか俺の後ろに声からでも分かる不機嫌な可憐がいる。
「やあ、可憐。長い髪をなびかせた買い物帰りの君は今日も美しいな」
「シラをきらないで下さい。最初から終わりまで全部聞いていましたよ」
「……うわっ、お前、地味にストーカーだな」
「……何年たっても、その口の悪さは相変わらずですね」
可憐が買い物袋を下ろして、冷蔵庫に品物を入れる。
「ママ、おかえり~♪」
「はーい、あいりちゃん、ただいま~♪ 今日はあいりちゃんの好きなクリームシチューだよ♪」
「わーい。またご飯にかけて食べてもいい?」
「いいわよ♪」
しかし、その怒り顔もあいりの何気ない言葉により、穏やかな顔へと
何年過ごしてきても女という生き物はよく分からない。
「まあ、それよりも洋一さん」
「……洋一さん、聞いてます?」
「……あっ、いや、何の話だ?」
「やっぱり、可憐の話を聞いていないじゃないですか」
「もう、パパ、ママの話はきちんと聞かないとだめだよ?」
「ごめん……」
ぼーっと、そんな男と女の人生感の価値観の違いについての考え事をしながら、天井を眺めていた俺は、二人の
「……明日、お客さんがここに来ますからね」
「そうか、急な話だな。どんな相手だ?」
「はあ、その話も聞いていなかったのですか。この前言ったばかりですよ。それに洋一さんのお友達でしょ?」
「……と言うことは?」
「ええ、つい最近、仮釈放された
「な、なんだって!?」
あまりの予想外の答えに俺の叫び声が部屋の中で反転した。
「どうする、もう、ヤツを封じ込める武器はないぞ?」
「まあまあ、落ち着いて下さい。彼はこの機に結婚するんですよ」
「えええー、そりゃマジかよ!?」
「パパ、目がギラギラして何かこわい」
「まあまあ、あいりちゃん。男の子にも色々とあるのよ。今はそっとしておいてあげましょ」
「うん。ママ。たしか、男はよくぼうのけだものとかいうやつだよね」
そんな母娘の会話はさておき、明日、久々にヤツがやって来るのに胸がつっかえる。
可憐がどこまで理解があるのかは不明だが、はたして本当に何も起こらない保証などあるのだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます