第29話 パーティーは始終繰り返され、永遠のループの幕は閉じる

 ──あれから、一時間後……。


 俺の両親が抜けても、誕生日パーティーは大いに盛り上がり、みんな和気あいあいと、花を持たせた会話で、無邪気にはしゃいでいた。


「それでどうなの、二人の仲は? そもそも好きになったきっかけは?」


 そんな中、日向ひゅうがさんが、俺にマイクに見せかけた未使用の割り箸を突きつけ、次々と質問を投げかけてくる。


「そ、そうだな、ラブラブかな?」


 俺は彼女による、言葉のキャッチボールで思考回路がゴチャゴチャだ。


「そうそう、もう毎日、夜な夜な体を求められて、体がもたなくて困っちゃいます♪」

「お前は、誤解を招く発言はやめろ!」

「まあまあ、そんなに照れなくてもいいのですよ♪」


 甘酒でほろ酔いな、隣にいた可憐かれんが、屈託くったくもなく、俺に笑いかける。


 まあ、彼女に対しての照れ隠しだが、満更まんざらでもない。

 俺は今、この瞬間を大切にしたいと思っていた。


「──よっ、楽しそうじゃんか。私もまぜてくれよ」


 ──だが、その楽しみが、彼の登場により、ガラガラと崩れていく。


 そう、この世界で一番の大敵、弥太郎やたろうの登場だ。


「お前、何、無断で家に入って来てるんだよ? 不法侵入だぞ?」

「ああ、すまん。反応がなかったから、勝手にお邪魔したぜ」


 雨に濡れた黒い皮ジャンに身を震わせながら、俺たちに寄ってくる。


「マジで学校にもいないから、自転車で捜すのに苦労したぜ。

──おまけに、そのお陰でびしょ濡れだ。ちょっとシャワーを浴びてもいいか?」

「ええ、それなら、お構い無く……」


 陽気な笑顔だった、可憐の笑みがひきつっている。


 強情ごうじょうに振る舞っても、カタカタと小刻みに震える小さな肩。


 怖がるのも無理もない。


 あの時、事故に見せかけた計画を前に、俺の助けがなければ、可憐は命を奪われていたかも知れなかったからだ。


 それに可憐には弥太郎の素行そこうを、洗いざらい話してある。


 いくら平静をよそおっていても、彼に対する嫌悪感けんおかんは、簡単には消えないはず……。


「ああ、いいぜ。このリビングから右側にある。存分に浴びていけ」


 俺は可憐を守る感じに身を乗り出し、弥太郎の真正面に立つ。


「サンキュー。持つべきものは友だよな」


 弥太郎は一歩前に踏み出し、俺の前で前のめりになる。


「ありがとな。それから……」


 そして、俺の腹が熱い感情に満たされる。


「……永遠に眠ってろ」


 俺は混乱しながらも、床に崩れ落ちる。

 腹から流れる、おびただしい命の証。


 そうか、弥太郎から至近距離により、刃物で刺されたのか……。


「洋一さん!」

 

 可憐が何やら、俺に話しかけているが、もう俺の耳には雑音にしか、聞き取れない。


 今感じるのは、死への恐怖と、全身に広がる痛み。

 その二つの痛覚だけが、体をむしばんでいく。


「おおっと、今叫んだら、洋一の命はないぞ。可憐?」


 弥太郎が蛍光灯の照明で、ぎらつき、輝く果物ナイフを倒れた俺の首筋に突き立てる。


 毎度ながら、コイツは人の命を、何だと思っているのか。

 どうやったら、こうも易々やすやすと奪えるのだろう。


 ゲームとは違い、生き物には、一つしか命がないのに……。


 人間としての神経がなく、どこかイカれているようなヤツだ……。


「日向も、実里みのりも、そこから動くなよ。大好きな洋一が死んじゃうぞ」


 弥太郎が青ざめて大人しくなった日向さんと、気丈な実里を縄で縛り、喋れないように、口にガムテープを念入りに付けていく。


 そうしてナイフに付いた血を、近くのテーブルに置いていた布切れで拭きながら、ジワジワと恐怖で縮こまる、可憐との間合いを徐々に詰めていく。


「さて、見られたからには、生かせておけないが、せめてもの情けだ……可憐」

「な、何ですか……?」

「今からでも遅くない。洋一と別れて私の女になれ。そうしたら、洋一の命は助けてやる」

「……なっ、おかしなこと言わないで下さい。どのみち、可憐と恋仲になっても、洋一さんの命は保証しないつもりでしょ!」


「──それに、そうじゃなかったら、洋一さんに、こんな致命傷ちめいしょうをあたえるはずがないです……」

「へえ、あの頃と比べて、口の聞き方だけは、お利口りこうさんになったものだな」

「ええ、何も知らない可憐に、動物虐待という危ないことまでさせて、それが染み付いて、中々、更生できなかったから……。

──でも、洋一さんは違った。それはいけないことだと、はっきりと教えてくれた。目先の欲望をさらけ出すだけのあなたとは違います」

「──じゃあ、一緒に仲良く、あの世へ行け。あばよ!」


 弥太郎がナイフを、可憐の首筋へ振りかざす。

 すると、強がっていた可憐が、恐怖で両目をキツく閉じた。


 ──と思っていた、弥太郎のナイフを握った腕が、可憐の肌に刺さる直前でピクリと止まる。


「……くたばるのは、お前の方だ。弥太郎」


 瀕死状態から回復した俺は、弥太郎の腕をひねり、持っていたナイフを振り払う。


「な、なぜ、貴様が動ける!?」

「ちょっと死後の世界で老婆と、とある計画を結んでな」


 俺は上空のゲートから落ちてきた、銀のアルミカップに入った赤いゼリーを食べながら、弥太郎の体を、後ろから羽交はがい締めにして押さえ込む。


 キラキラと光る体から、腹の傷も癒え、破れた服も修繕しゅうぜんされて、出血も完全に止まっている。


 それを見た周囲のみんなも、あまりの出来事に呆然としていた。


「は、離せ。洋一。言っている意味が、よく分からないんだが?」

「まあ、お前には分からなくていいけどな。今だ、決めてやれ、母さん!」


「任せなさい!」


 突如、弥太郎の死角から現れた、母さんのストレートパンチが、弥太郎の腹にクリーンヒットする。


「ぐはっ!?」


 弥太郎が強烈な重いパンチの振動で震えた後に、こうべを垂れ、その場に両膝をつく。


「……なぜだ、お前ら夫婦は、他の部屋で話をしていたはず?」

「ああ、あれ、嘘だから。弥太郎の目をあざむくためにね」


「──それから詳しい話は、洋一から聞かせてもらったからね」

 

 母さんが弥太郎を、俺がコンビニで買ったビニール紐でグルグル巻きに拘束して、身動きが取れないようにする。


「ふふ、家族揃って、私を騙していたのか……」

「まあ、玄関先で様子を伺って、不法侵入したうえに、こんな性癖の狂ったヤツは、黙って警察に差し出そうと話したんだけどね。

物的証拠がないと、捕まえても、すぐ釈放されて意味がないからと、可憐ちゃんに言われてね」


 母さんが胸元のポケットに挿していた、ボールペンの先をクルリと回す。


『──おおっと、叫んだら洋一の命はないぞ。可憐?』


 そのペンから流れる、先ほどの会話のやり取り。


 これには弥太郎も、驚きを隠せない。


「この通り、バッチリ録音させてもらったわよ。しかし、よくできた代物よね。どうせなら、母さんにくれないかしら」

「いいや、そんなことをしたら、デレサに何を言われるか、分かったもんじゃない」

「洋一も、変な所で律儀よね」

「ほっとけ!」


「──ふふふ、あはははははっ!」


 そんな、してやったりな顔の母さんに向かって、顔を上げ、弥太郎が何を感じたのか、急に笑い出す。


「私だけを捕まえても無駄だぞ。こちらにも策があるのだからな!」

「──へえ、それはどんな策か、聞かせてほしいものだな」


 ふと、玄関先から親父の声がする。

 そこからのしのしと歩き、左右に二人の裸の人間を抱えて。


 なぜか、かつがれた二人の体は黒焦げで、頭はチリチリパーマだったが……。


「洋一、この武器は恐るべき強さだな。しかもまさか、こいつらが人間そっくりで、実は人間ではないことにも驚きだったが……」


 親父が二人の人間モドキを軽々と下ろし、黄色な長方形のリモコンのようなスタンガンを見せつける。


「まあな、金属体には電気ショックが一番有効かなと思ったからな。デレサに感謝しろよ」

「ああ。しかし、蘇りゼリーに、小型盗聴機に、象すらも瞬時におとすスタンガン。こんな強力な三つのアイテムをくれた、そのデレサって何者なんだろうな」

「まあ、忠雄ただおさん、いいじゃない。結果オーライだったし」

 

 母さんが親父に、喜びをちらつかす。

 どうやら俺たちの居ぬ間に、二人とも仲良くなったらしい。


「ええい、この役立たずどもは。加瀬斗かせとは何をしている!」


 弥太郎がジタバタと床で暴れながら、聞き覚えのある名前を引っ張り出す。


「ひょっとして、こいつのことか?」


 親父が後ろ側を振り向き、もう一人の丸焦げな人間の体を摘まみ上げる。


「すみません。こちら加瀬斗……。この自称空手家のジジイに、こてんぱんにやられました……ゴホゴホ……」


 電撃によるボロボロの身なりで、口から黒い息を吐く加瀬斗。


「くそー、揃いも揃い、みんな何やってんだよ!」


 苛立ちで床をゴロゴロと転がり、駄々子のように無駄な抵抗をする弥太郎。


「弥太郎、今度こそチェックメイトだな」

「くそー! お前ら、覚えておけよ!」

「いや、無理な話だ。俺はどうでもいいことは、明日になったら忘れてるからな」 

 

 ──こうして、弥太郎は警察に連行され、可憐殺害計画は未遂に終わった。


 長らく悩ませていた、この問題も今回をもって、無事に解決したのだ。


 これで可憐が、危険な目に遭わされる心配はない。


 長き戦いが、ようやく終結したのだ。


****


「──洋一さん、これで良かったんですよね」

「ああ、もう心配しなくてもいいさ」

「はい、ありがとうございます。あと、明日、近所の神社に一緒にお参りしたいのですが、ですか?」

「別にいいけど、正月の参拝さんぱいまで、まだ二ヶ月くらい期間はあるぞ。どうかしたのか?」

「はい、デレサさんにお礼がしたくて。異世界にいると言うことは、神の世界にいると捉えていいんですよね?」

「そうだな……」 


 まあ、あながち嘘でもないからが、言葉はにごしておこう。


 俺が何回も転生を繰り返したなど、どう考えても信じそうにないからな。


 デレサも色々と協力してくれてありがとう。


 もし、あの計画に乗ってくれなかったら、また駄目だったかも知れなかったから。


 今まで、お疲れ様。

 本当にありがとう。

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