第28話 みんなして何かをしようとすれば、何かしらのトラブルはやってくる

『ザアアアア……』


 1夜が明けて、明け方。

 雨音がポツポツと屋根を叩く音が聞こえる。


 俺は何事もなかった学校から帰宅し、いつの間にか眠っていたようだ。

 体を起こし、枕元で充電をしていたスマホを眺めてみる。


 時刻は朝の6時。

 毎回、お調子気分でこちらの調子を崩してくる、あの母さんからのLINAの着信は今回はきていない。


 本当に何を考えているのやら。

 我が母親ながら、あの行動力は摩訶まか不思議だな。

 

 でも前日から今日の体育祭に向けて弁当を作っているはずだから何かしらのアクションはあるはずだ……。


 俺はそれから再度布団に潜り、7時過ぎまで、ずっと母さんの連絡を待っていたが、一向に反応を示さないスマホに対し、焦りと苛立いらだちをジワジワと感じ始めていた。


 どちらかと言えば後者の方が勝ってはいたが……。


 まあ、いいか。

 登校の準備でもするか。


『ピロリーン!』


「のわっ、びっくらこいた!?」


 そこへ鳴り響くスマホの着信音。

 

 心臓を派手に揺らした俺は冷静に落ち着き、画面をタップすると、そこのLINAには信じられない内容による、我が高校の教頭からのメッセージが向けられていた。


 その内容とは、桜木さくらぎ教師を中心に広まった、学校での集団食中毒ノロウイルス。


 よって本日から1週間をもって臨時休校とし、生徒たちの安全を期して今年の体育祭も取り止めにすると……。


「あの先公、何を拾い食いしたのやら」

 

 まあ、いいとするか。


 弥太郎やたろうから何かしらの事件が起きれば、俺の知らない場所で周りの生徒が傷つくかも知れない。


 全校挙げての体育祭となると、さらに厄介だ。


 いくら俺でも、そんなに無数な赤の他人までかばいきれないだろう。


 そう考えると、これに関しては都合が良かった。


「さて、寝直すか」


 毎日休みなく通う、学校が急に休みになった時の学生の性分しょうぶん


 それは昼過ぎまで惰眠だみんむさぼることだ……。


「桜木、ありがとよ。来世で会おう」

「──いえ、洋一よういちさん、桜木先生はまだ生存していますから」

「のわあああああっー!?」


「そんなに驚くこともないでしょ?」

「いや、幽霊のように何の前ぶりもなく現れるのは止めろ。どうやって入って来た?」


 どこからともなく来た来訪者に、

いや、制服姿の可憐かれんに厳しい理論を突きつける。


「えっ、普通に玄関からお邪魔したのですが?」

「いや、リビングに親父が寝ていただろ。それに何時だと思ってるんだよ。まだ朝方だぞ?」

「ええ、洋一さんの彼女です、と冗談混じりにご挨拶をしたら、すんなり通してくれましたよ」


 あの親父め。

 俺の基本的人権の尊重は無視かよ……。


 しかも、この可憐の頬を赤らめた微笑み。


 明らかに俺にホの字のようだ。


 まあ、確かに昨日、自分の命を助けてもらったとはいえ、展開が唐突とうとつすぎないか?


 えっ、そうでないと、この物語の面白味おもしろみに欠ける?


 みんなして俺の世界で遊ぶのは止めろ。


「それだけじゃないんですよ。今日はボッチなボーイを見かねて可愛いお友達たちも連れて来ました」


 今、さりげなく、一人ボッチで見かねたって発言したよな?


「今日は学校が休みの記念で洋一さんの家で誕生日パーティーですよ♪」

「誕生日って誰のだよ?」

「まあまあ、リビングに来れば自然と分かります」


 俺は可憐に催促さいそくされて青のパーカーと灰色のジーンズの部屋着に着替えて、リビングに向かう。


「ヤッホー。ハロー、洋一君」

「おっ、ようやく来たわね」


 そこには可憐と同じ制服姿の日向ひゅうがさんと実里みのりがいた。


「所で何で三人とも制服なんだ?」

「いやいや、放送部の朝練があるから学校に行ったら門が閉まっていてさ……。

そこで、知り合いになったばかりの可憐から話が伝わってね」


 日向さんが手元にあるピンクにデコったスマホを上下にフリフリして見せる。


 そうか、みんなで仲良くLINAの連絡先を交換したんだな。


「それでもって、誕生日の話題で盛り上がっちゃって。ボクが先週誕生日だったんだよって発言したら……」

「このまま家に帰るのは勿体もったいなさげと思いつつ、洋一さんの家で夏紀なつきちゃんの誕生日パーティーをしようとなったのです~♪」


 日向さんの話を押しのけて、割って入り込む可憐。


 その大きな瞳はキラキラと輝き、心底に楽しそうな様子が見てとれる。


「まあ、わたしはオマケだけどね」

「そんなことはないよ。今日はみんなが主役だから実里も楽しもっ♪」

「ええい、アンタは鬱陶うっとうしいってば!」


 実里がまとわりつく可憐を振りほどこうとするが、彼女はとりもちのようにひっついて離れない。


「洋一、素敵な友達を持ったな~♪」


 そこへ背後から襲いかかる人影。

 酔いつぶれて酒臭い親父だった。


「ありがとう。親父から誉められるとは思わなかったよ」

「父さんはこんな美少女たちに囲まれて幸せだぞ」

「それが本音かよ!」


「──さあさあ、それはさておき、今日は可憐の意向により、特別にスペシャルなゲストをお招きしています♪」


 ゲストって誰だ?

 そんなことまでは聞いていないと、可憐以外の人物の動きがピクリと止まる。


「みんなも知っている有名人さんだよ♪  さあ、遠慮しないで入って。○○さん」


 なあ、最後の言葉が小さすぎて聞き取れなかったんだが?


「み、皆さん。ハロハロ……」


 ベージュ姿のスーツ姿。

 見慣れたいつものロリっ子な顔立ち。

 

 そこにいたのは紛れもない、雨に濡れた傘を傘立てにしまう俺の母さんだった。


 よく見ると見慣れない濡れた傘も数本混じっていて、外は今もなお、雨が降り続いているようだ。


大平おおひら家のアイドル、大平香代おおひらかよさんの登場です♪」

「ちょっと待て。可憐、こっちにこい」

「何ですか、欲望を抑えきれずに、ここで可憐をやってしまうのですか?」

「違う。そのオッサン的思考は捨てろ!」


「……何でよりによって、俺の母さんを連れて来るんだよ?」


 俺は可憐を物陰に連れて行き、声のトーンを落として話しかける。


「……何でってそれはですね。夫婦なら、仲良く一緒に騒いだ方がいいかなとなりまして」

「いや、今、俺の両親は訳ありで別居中なんだが……?」

「もちろん、その話が聞きましたよ。だから親睦しんぼくを深めると言う意味で会社へ有給を取ってもらい、お誘いしました。

──それに体育祭で作ったお弁当のおかずが大量に余っていると聞きましたから、余計な食材費も不要で結果オーライになりませんか?」


 そこまで言われると、もはやも出ない。


「そ、そうだが、親父がそれで納得するだろうか……なあ、親父も何とか言ってくれよ」


 俺が親父がくつろいでいたソファーに視線を投げかけるが、当の本人はいなく、すでにもぬけの殻だった。


 親父が飲み干した缶ビールの缶だけが殺風景な室内に浮いて見える。

 

 どうやら自分の身に危機が舞い降りたのを察してスタコラと逃げ出したらしい。


 いつもはボサッとしているのに逃げ足は早いんだな……。


「……あの、洋一。母さんのことは気にしなくていいから楽しみましょ」

「でも、親父がいるから居づらいんじゃないのか?」

「まあ、いつかこうなることは想定していたからね。お互い、大人なんだから何とかなるわよ」


「だけどさ……」

「こらこら、子供が親に気を遣ってどうするのよ。思う存分楽しみなさい」


「──さあ、洋一。今日は楽しむわよ♪」


 母さんが手持ちの黒いシャナルのブランドバッグからお酒のミニカップを出し、勢いよくその液体を口へとあおる。


「今日は1日、無礼講ぶれいこうー♪」


 僅か酒ワンカップで、すっかり出来上がった母さん。

 1日酔っ払い駅長の間違いじゃないだろうか。


 まあ、実際にやると解雇かいこものだが、妄想の中だからOKとしておこう。


****


「ええ、じゃあ、パーティーも盛り上がってきましたから、ここで自己紹介でもしましょうか」


 可憐が立ち上がり、話を進めていく。


 今日は日向さんの誕生日を兼ねてか、彼女には進行役を任せずに、ゆっくりとさせ、可憐が最後までやりきるらしい。


「じゃあ、時計回りに実里からいこうか」

「ふえ、いきなりわたし?」

「うん、一発ドカーンと言ってみよう♪」


 実里が鳥の唐揚げを頬張りながら、嫌々ながら重い腰を上げる。


 ああ、分かるな。

 交流うんぬんより、母さんの手料理を楽しみたいんだな。


「わたしは実里よ、よろしくね」


 そう言って実里は絨毯じゅうたんに座り込み、再び箸を持ち直し、深々と料理を味わう。


「ああ、もう本当、恥ずかしがり屋さんなんだから♪」


 いや、ただめんどくさいだけだろ?


「じゃあ、次は可憐ですね。可憐は正式には陽氏可憐ようし かれん。花の舞い散るピチピチな16歳で~す。

ちなみに、ここにいる洋一さんの彼女で、当の昔にお熱い初夜は済ませました。もう、赤子のように、このDカップの胸をわしわしと乱暴に揉まれましたよ~♪」

「ブブッー!」


 俺は飲んでいたコーラを思いっきり吹き出す。


 そんなこと、していないぞ……。


「だ、大丈夫ですか。洋一さん?」

「ゴホゴホ……可憐、頼むから羽目を外しすぎないでくれ」

「はあ、言ってることがよく分かりませんが?」


 ああ、この娘は天然入ってますな。


「じゃあ、次は夏紀ちゃんだよ」


 日向さんが割り箸をご丁寧に手元に置き、小さな口を開ける。


「ええ、ボクの名前は日向夏紀。歳は17歳で放送委員と生徒会の美化委員をやっています。これからも本校とボク共々、よろしくお願いします!」


「はい。ご丁寧に選挙活動みたいな紹介ありがとうございます。じゃあ、洋一さんのお母さん♪」

「えっ、母さんもやるの?」

「もち、その趣旨しゅしですから♪」

「まあ、可憐ちゃんの頼みならしょうがないわね。分かったわよ」


 母さんはすうーと大きく深呼吸をして俺たちに顔を向ける。


「大平香代。年齢は17歳。趣味は料理と格闘技。

ファッションデザイナーけん、永遠のアイドルやってて、作って踊れるアイドル目指してま~す♪」

「……嘘をつけ、ロリババア」


 思わずボソリと悪態をつく。


「……はい。洋一、この耳でしかと聞いたわよ。どの口が悪いのかな?」


 地獄耳の母さんが俺の頭に柔らかい2つの置き石を載せる。


 これは非常に重い。

 頭の地球軸が外れそうだ。


「香代さん、すまんが、そこまでにしてもらえないか」


 どこからか救世主の言葉が伝わる。

 俺が助けを求めた先には親父がいた。


「なっ?」


 よりにもよって、一番会わせたくない相手の登場にパニクる俺。


「ちょっといいか。今から二人きりで話をしないか」

忠雄ただおさん?……分かったわ」


 これまでふざけていた子供な母さんが、急に色っぽい女の表情になる。


「可憐ちゃん、ごめんなさいね」

「いえ、よろしいですよ。後は可憐が上手くやりますから」

「ありがとうね。

洋一、男だったらビシッと決めるのよ!」

「ヘイヘイ」

「じゃあね。皆の衆」


 二人は奥にある寝室に消えていった。


「……ムフフ。大成功♪」


 その様子を見ていた可憐が目を細め、いやらしく口角を上げる。


「可憐、さては狙っていたな?」

「さあ、何のことでしょうか?」


 明後日の方向を見据えながら、下手くそな口笛を吹く可憐。


 誰が見ても見え透いた嘘だとバレバレだ。


「まあ、大人は大人通しで楽しんで、可憐たちも楽しみましょう。ねえっ♪」

「お前、今日は何か変だぞ?」

「ええっ、気のせいじゃないんですか? ねえ~♪」


 可憐が両手で俺の頭を掴み、そのまま強引に唇を奪おうとする。

 その瞬間、微かにアルコールの匂いが鼻腔びくうに刺さった。


 まさか……。


 俺は可憐の体から素早い身のこなしで、下へとすり抜け、親父が酔って寝ていたリビングのソファーの周りを周到に調べてみる。


 考えていた物はアッサリと見つかった。


 瓶型の空になったプラスチック容器に『甘酒』とラベルに記載されてある。


「ああ、それですか。洋一さんのお父さんが司会進行役で緊張していた可憐に、何もかも悩まずに気分爽快になり、子供でも飲める美味しいお酒があると可憐にくれましたよ」


 それで、やたらと可憐が陽気でハイテンションなのか。


「あの、エロ親父め。母さんとだけ、いちゃラブしていればいいんだよ……」

「ねえ、洋一さん、今の可憐なら何でも出来そうな気がします♪」


 ぬぎぬぎ……。


「おい、ここで服を脱ぐな!?」

「何でですか。可憐のセクシーな裸に興味がないのですか? まさかやるだけやって、今さら三次元の女には関心がないとかじゃないですよね?」

「いや、俺はノーマルだし、そう言う問題じゃないし、そもそもやってもいない!」


 俺は、はだけて痴女ちじょになる寸前だった可憐を何とかして止めさせる。


 のち、どれだけアルコールの効き目があるかは不明だが、これには参ったな。


 今日は厄介な日になりそうだ……。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る