第7章 彼女の物語を生かすために、最期まで諦めない心が大事だから

第27話 第一の計画を阻止するために俺ができること

「あの、大丈夫ですか?」


 気がつくと俺は街路樹がある歩道の曲がり角で大の字で横になっていた。


 すぐ隣には見覚えのある可憐かれんの姿。


 見慣れた高校の制服姿の彼女は、あたふたとしており、視点がさだまっていない。


「ねえ?」


 良かった。


 どうやら今回も無事に転生できたみたいだ。


 歩道に散乱した二つのスクール鞄やイチゴジャムのついた一枚の食パンを見る限り、俺は、ここの曲がり角で可憐とぶつかったのだろうか。


「大丈夫だよ。この程度でくたばる俺様じゃない!」


 俺はむくりと起き上がり、よく晴れた朝の空に向かって人指し指を突き立てて熱く宣言する。


「良かったです。本当にごめんなさい」

「いや、いいさ。漫画ならよくある展開だからさ……」


 実際には展開ではなく、転生だがと言いかけて言葉に詰まる。

 

 いや、今回は可憐に詳しく説明しなければならない。


 だけど、それをどのタイミングで説明すれば……。


 それにこんな突飛とっぴじみたことを信用してくれるだろうか……。


 下手をすればこの人は妄想じみたことばかり発言して、頭のネジが外れた異常者と思われ、精神病棟に通報される可能性もある。


 もしそうなったら、もう後がない俺にとっては終わりの末路だ。


 一体どうすればいい。

 彼女に信じてもらうには……。


(──あんずるな)


 ふと、デレサと影で話していた会話が思い起こされる。


(──信じてもらうとかじゃなく、あんたは可憐を救いたいのじゃろ。だったら行動にうつすまでじゃ。結果はおのずと付いてくる……)


 そうだ。

 信用はこの手で勝ち取るもの。

 迷っている暇などないのだ。


「可憐、少し話があるんだけど?」

「えっ、どうして可憐の名前を知っているのですか?」


 俺に名乗りもしていないのに名前を呼ばれたのがしゃくに触ったのか、こぼれそうな胸元を細身の腕で隠して警戒感を示す。


 まずはそこから説明しないと駄目か。

 これは思ったより骨が折れそうだ。


 まあ、彼女を救うためならは変えられない。


 いや、それだと例え方が違うな。

 正式にはか。


「さっきから何を胸ばかりジロジロと見ているのですか……えっち」

「いや、大きな胸で、さぞかし肩がこるだろうと思ってさ」

「今度はセクハラですか。いくら同じ学校の生徒でも警察に通報しますよ」


 ヤバい、余計な一言で話がおかしな方向に進んでしまう。


 こういうとき、トーク術に長けたナンパ野郎がうらやましく感じる。


 今は冷静にならなければ……。


「とにかくさ、立ち話も何だからの公園に行こうか」

「……とか言いながら変なことをするんじゃないでしょうね?」

「そんなことできるかよ」

「いえ、分かりませんよ。男性は行為を満たすだけのケダモノみたいなものですから」

「それを知ったきっかけは、君の離婚したご両親のことからかな」

「な、どうしてそのようなことを?」


 可憐は小さな両手で口を塞ぎながら、驚きを隠せないようだ。


「だからって、それのさ晴らしに猫をいじめるのは良くないよ」

「えっ、どうしてそんなことまで?」

「ふふ、俺に知らないことはないのさ」


「あの、その件には目をつむってもらえませんか。可憐はお祖母ちゃんを養うために大学まで卒業して、将来はいい収入がもらえる大手の会社に勤務したいんです」

「分かってる。腰を痛めたお祖母ちゃんと東京に戻り、仲良く暮らしたいんだよな」

「えっ、そんなことまで調べたのですか……。下手をしたらストーカーですよ?」


「いや、これには理由があってだな。まずは俺の話を聞いて欲しい」

「あっ、はい」


 俺は可憐と二人して、すぐ間近にある公園へと向かった。


「ねえ、ママ。あのラブラブな二人は今からせいふくぬいで、プロレスごっこするの?」

「そうね、そっとしておきましょう」


 その移動中、何気ない親子連れの会話に、それらの経験がない俺たちは恥ずかしさで顔をうつむかせ、早足になる一方だった……。


****


「えっ、可憐が弥太郎やたろうに命を狙われている?」

「ああ、そうだ」

「それであなたは未来から来た婚約者で、それを阻止にきたと……にわかに信じられませんね」

「いや、そのうち嫌でも分かるさ」


「……まあ、取りあえずコンビニに行くか。材料を揃えないとな」


 俺は公園のベンチから腰をあげて、グッと背伸びをし、新鮮な空気を腹一杯に吸い込む。


 幸い、コンビニも目と鼻の先にある。


 ──そう、これまでの転生で気づいたこと、それは俺たちがあまりにも無力過ぎた点。


 ヤツに対して、今まで丸腰ですぐに殺られていた。


 でも、それでは無意味なのだ。

 こちらもそれ相応そうおうの道具を準備して置かないといけない。


 ヤツが怖いからと逃げるのではない。


 毎回行き当たりばったりではなく、運命を切り開くには、まずは動かないといけないのだ。


 そのことは最期の転生の上でようやく知ったことだったが……。


「確か、今日は10月9日って言ってたな。……ということは体育祭前日か」

「はい。今日は簡単なテント張りなどの準備をして明日に備えるのですよ。まあ、今日はいい天気ですが、予報では明日は雨になっていましたが……」

「そうか、なら事件が起きるのは今日の朝からで間違いないな」


****


 俺たちが買い物を済まし、舗装ほそう道路の隅っこでスマホゲームをしながら時間を潰していると、遥か遠くから豪快な音を鳴らしながら、こちらに突っ込んでくるデカブツの光輝く姿が見えた。


 後ろの荷台には大量の角材。

 間違いない、弥太郎の知り合いが運転している大型トラックだ。


 俺はコンビニで購入した二リットルのサラダ油を可憐がいる道の周りにかける。


「何をしているのですか、勿体もったいないですよ」

「いいから、可憐はじっとしていて」


 さらに俺はその油を撒いた周囲に、少し前に朝食がわりに食べた一房ふさのバナナの皮を丁寧にばらまく。


 これでこちらの準備は整った。


 ──その瞬間、トラックが急ブレーキを踏み、俺たちがいる歩道を乗り上げ、物凄い轟音ごうおんを立てて、俺の周囲に無数の角材が襲いかかる。


 だが、俺は角材に体を封じられても、つとめて冷静に状況を分析ぶんせきした。


 あの時の弥太郎たちの発言が本当なら、この角材の行動は、あくまでものはずだ。


 目的は可憐の殺害だから……。


「よ、洋一さん?」

「大丈夫だ、俺を信じろ。そこから動くな!」

「は、はい!」


 可憐に迫ったトラックが、急に横滑りを起こし、その場で激しい金属音を鳴らして横転する。


 ──ようは摩擦抵抗を上手く利用した原理だ。

 

 車などの車輪がブレーキをかけて止まる時は地面にタイヤが接触し、地面とタイヤとの間に摩擦を生ずることにより、そのタイヤを滑らして止まる。


 でも、その接触面積が油やバナナなどの滑りやすい物で覆われていたらどうなるか。


 まさに雪で凍りついた地面のようにタイヤはスリップを起こし、正常にターゲットの前には止まれないだろう。


 さらに相手は猛スピードを出していた。

 余計に運転は困難なはずだ。


 ──そのまま倒れたトラックは横滑りをしながら、横の電信柱に衝突してようやく停止する。


 ……間もなく、黒い煙をブスブスと吐きながらも、中から人が出てきた。


 どうやら相手側にも怪我はないようだ。


「すまん、加瀬斗かせとだ。作戦は失敗した。すぐに体勢を立て直す」


 加瀬斗と名乗ってた緑のツナギを着た男性が、左肩にスマホを乗せ、何やら語っている。


「えっ、撤退てったいだって? 何でだよ。今からでも、十分にやれるじゃないか?」


「……ああ、それならしょうがないな。分かった」


 加瀬斗はスマホの通話を切り、俺たちの方に悔しそうな視線を傾ける。 


「お前ら、命びろいしたな。だが、次はないからな」


 そう叫びながら、捨て台詞を吐き、渋々、そのまま立ち去っていった。


****


「何だったのでしょうか……」


 仰天ぎょうてんした丸い瞳のまま、炎上したトラックからそそくさと離れる可憐。


 自分に降りかかった非日常的な事件に少なからずショックを隠せないようだ。


「……どうやら、可憐が狙われているのは間違いないみたいですね」

「だから言っただろ」

「いえ、あなたの発言は怪しすぎるのですよ」

「ははっ、かも知れないな」


「それよりも学校どうします。立派な遅刻ですよ?」

「いや、下手にサボって二人きりになったら、また狙われる可能性もある。だから行こう」

「はい。桜木さくらぎ先生に怒られるの前提ですね」

「ああ、そうだった。しばらく会ってないから存在を忘れていたな」


「ふふっ、何ですか、そのSF小説のような発言は。本当に面白い人ですね」

「おお、可憐はそんな小説を読むのか?」 

「ええ、映画から知ったのですが……何ですか、そのにやついた顔は?」

「おお、同士よ!」


 神に祈るように片ひざを地につけ、聖母可憐をあがめる。


「何ですか、止めてください。皆さんがこっちを見ているじゃないですか」

「嫌なことも好きのうち~♪」 

「はあ、意味が分かりませんよ!?」


 それからしばらくして、消防隊が到着し、トラックの火を消すのを後にして、俺たちはゆっくりと登校をするのだった。






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