第26話 こうなったら徹底的に流れに抗うしかない

 デレサにより、再度、死後の世界のような辺りが暗がりな異次元空間に招かれた俺は、彼女の手により、またしても緑の虫かごに強引に入れられる。


 さすがに何回もここに閉じ込められると慣れと言うものが生じるのだろうか。


 きわめて冷静にデレサが口を開くのを大人しく待つ。


 まあ、蝶だから何も声には出せないが……。


「さて、なぜ今回は彼女、可憐かれんの過去の意識が見れたと言うことじゃが……」


 フードからはみ出た長い白髪なパーマの髪をクルクルと人指し指でカールさせながら、慎重に言葉を繋いでいくデレサの台詞……。


 俺の小さな体は早くも暴走しそうだ……。


「それはじゃな……」


 俺は本来あるはずの消化器官から生唾なまつばを飲むような研ぎ澄まされた感覚になり、人間の動作に変わって、羽を小刻みに震わせる。


 もったいぶらないで、さっさと教えてくれ……。


「それは……実はあたいにもよく分からん」


 すってんころりん。


 俺の舞っていた体が空中で勢いよく反転する。

 まさにサーカスの生き物の真似事のように……。


「どうしたんじゃ?」


 どうしたんじゃ? じゃない。

 何で、そこまでして話を飛躍的ひやくてきに伸ばした?


「まあ、大人の都合ってやつじゃな」


 それ、答えになってないぞ。


 テレビのメディア放送みたいな発言をするデレサに鋭いメスで切ったようなツッコミを入れておく。


「……しかし、こういう点も考えられるわい」


 デレサが足元に置いてあった白いプロジェクターを手前に出現させた黒光りした丸テーブルに置き、その機械の電源を触れると、俺の前方に映像が映し出される。


 その映像には可憐が俺にひざまくらをして、懸命に俺の名前を呼んでいる姿が見えている。


 この映像は図書館か。

 しかし、どこかで見覚えのある場所だな。


 ……ま、まさか。さっきまで俺が体験していた世界か?


「そう、ご名答じゃ。この機械ではあんたが経験した過去に映像が見れる素晴らしい代物じゃ。

──まあ、容量の都合上、常に映像は上書き保存されて、直前の過去しか見れんがの」


 ──デレサ、お前、この映像で分かっていながらも常に俺をためすような口振りだったよな?


 これで俺の過去を知り、何も知らない素振りで接してきたんだな……。


「それはすまんかった。じゃがあんたの人柄を見ていたのじゃ。誰でもかれでもあのゼリーを食べさせるわけにはいかんからの。転生して悪いことをしてやられたら、こちらとしても困るからの」


 なるほど、まさに就職氷河期の仕事の面接みたいだな。

 それより、さっきの話の続きが気になるから、さらに詳しく聞かせてくれ。


「そうじゃったの。多分、ここからはあたいの推測すいそくなんじゃが、この映像では彼女にひざまくらされとるじゃろ?」


 ああ、そうだな。


 映像の俺はアイツにナイフでやられて、腹から血を流し、出血多量でまもなくお亡くなりになりますだけどな。


「そのの部分じゃよ。あんたが死ぬ前に彼女の肌の温もりを感じておるじゃろ?」


 デレサ、見かけによらず言ってることがエロいな。


 女は男とは逆に歳を重ねるほどに、こんな欲望の感情が強くなると言うらしいが、はたして彼女もそうなのだろうか……。


「その彼女の温もりを通じて、あんたの蝶の意識に混ざり込んだのではないかと睨んでおる。

──ほら、昔から寝る前に枕の下に自分の好きな写真を敷いて寝たら、その写真の夢を見ると言う言い伝えがあるじゃろ?」


 おい、俺のエロトークは無視かよ?


 まあ、いいか。

 どのみち彼女は恋愛対象には入らないし、この際、ムッツリスケベでも関係ないか。


「はて、ムッツリの何がいいんじゃ?」


 本当に都合のいい耳してるな。

 いや、今は俺からは思念しねんで会話しているみたいだから関係ないか。


 あれ? だとしたら、やっぱりこの会話はスルーにならないか?


「あんたはさっきから何をぶつぶつ言っておるんじゃ?」


 まあ、その内容はオブラートに包んで、俺にあのゼリーを早く食べさせろ。


「まあ、その様子からして大丈夫そうじゃの」


 デレサが一人で勝手に納得し、虫かごの扉を開け、小さなアルミカップに入った赤く染まりきったゼリーを入れる。


 それを飢えた昆虫の如く、一心不乱にそのゼリーを吸い込むと虫かごが弾け飛び、人間の姿に戻った俺の右腕が光輝き、その右腕にⅡと数字が書かれた蝶の紋章が浮かび上がった。


「……あと、やり直せるのも二回じゃな。いよいよタイムリミットが迫ってきたの」

「いや、俺の考えでは、あと一回のみでいい」

「……なんじゃと、じゃあ次で最後にするのか?」

「ああ、ゲームのような手応えの、無闇にやり直せると思っていた考えの甘さを捨てないといけない気がしてな」


 デレサは何も口出しはせずに黙々と俺の話を聞いている。


「──それに元々、普通なら人生は泣いても笑っても1度きりだろ。それに俺にちょっとした考えがある。だからこっちに耳を貸せよ」

「何じゃ、忙しいやつじゃのう……?」


 フードから可愛らしい妖精のような尖った耳を出して、俺の顔元に接近してくる。


 フード越しでも傍に近付くとハッと息を飲むような端正なる顔つき。


 飾り気のないナチュラルメイクで、濃い化粧っけやキツイ化粧の香りげもなく、多分、すっぴんでも天女のように美しい彼女。


 さぞかし若い頃はモテただろうな。


 おっと、今は鼻の下をのばしてデレデレと見とれている場合じゃない。


 肝心な内容を伝えないとな……。


 ……ゴニョゴニョ。


 ピン、ポン、パン、ポーン~♪


(しばらくお待ちください……)


****


「……な、なんじゃと。あんた、そりゃ、正気かぇぇー!?」


 大声をあげて叫ぶデレサのこの反応。

 やっぱり念には念をもって、小声で会話をして良かった。


 いくら異世界でも誰が聞いているか分からないもんな。


「そんなことをしたら、あんたは二度と生き返れんぞい」

かまうもんか。そうでもしないとヤツに隙を作れない」

「しかしじゃな……」

「できないなら諦めるが……」


「……いや、理論的にはできないわけじゃないが、そんな風に言われたケースは初めてじゃからの」

「何だ、俺のようなケースになったヤツが他にもいたのか?」

「まあの、これがあたいの商売だからの。これまでさまざまな願いを叶えてきたわい。

──しかし、こんなケースは極めて異常じゃな。あんたの感性とやらをうかがうわい。まあ、出来ないこともないが……」


「だったら迷わずにやってくれ」

「分かったわい。そんな真剣な表情で語られたらの方から動かない方が悪かろう。あんた、余程、彼女を純粋に好いてるのじゃな」

「まあな、俺を初めて夢中にさせた最初で最後の女だからな」

「あたいもそんな素晴らしい恋をしていれば、今頃はこんな生活はおくっておらんかったかもな」

「何、言ってるんだよ。デレサにも十分チャンスはあるさ。恋愛に賞味期限切れはないぜ。どんだけ歳を重ねて外見は老けてしまっても、心の中身は可愛らしい乙女のままさ」

「ふふ、あんたは本当に優しいの。さぞかし、可憐も幸せだったじゃろうて」


「ちっ、ちっ、デレサ。勘違いされても困るぜ。過去形のじゃなくて、これから俺が可憐を未来形へと幸せにするのさ」

「そうかい。すまんのう。少しばかり愚痴グチが漏れてしまったわい。こんな他愛いもない老婆の呟きを許せ……」

「いいってことよ。人間なんだから愚痴の1つや2つくらい出るさ」

「ふふ、こんな血の気もないあたいでも人間らしいか……」

「何だよ、気持ち悪いなあ、いきなりにやけてだして?」

「いいや、何でもない。こっちの話じゃよ」


 その発言を皮切りに、デレサは俺の前にゲートを開き、別れのさよならのバイバイをする。


「じゃあの、無事を祈っとるぞい。その件はあたいに任しとき」

「ああ、そのときは頼むぜ。じゃあな」


 俺もデレサを真似るように、最期になるらしき別れのさよならを告げて、そのゲートへと血気盛んに飛び込んだ。





 

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