第22話 今回の展開は二味も違って仰天するしかない

 俺は激しい音で目をパッチリと覚ました。


 この音は雷が落ちたのか?


 ベッドから起き上がり、窓のカーテンをサッと開ける。


 外は曇っていて、大量な大粒の雨が地面へと降り注いでいた。


 俺は寝床にあったデジタルの目覚まし時計から時間を確認する。


 時間は朝の7時前。


 この大雨では恐らく体育祭は中止だろう。

 そう思っていた矢先にまたもや激しい雷が鳴り響く。


『ゴロゴロ、ドカーン!』


 爆音を立てて地表へと轟く悪魔の電撃。

 この音が怖くて部屋から動けない女の気持ちが分かるような気がした。


 やがて雷が止み、7時を過ぎても体育祭実行開始の花火は鳴らない。


「そりゃ、そうだな。この豪雨ごううだったらな」


 ……ということは今日は学校は休み。

 家でゆったりのんびりできるわけだ。


 ふと、テーブルに置いていたスマホをいじろうとしたらLINAの着信が入っていることに気づく。


 いつもの母さんからだった。


 幾度いくどか体育祭の日を迎えてきたが、雨の日で中止になった展開は初めてだ。

 どんなLINAを送ってきてるかは想像できない。


 俺はゴクリとつばを飲み込みながら、その液晶に描かれた吹き出しの文面をスライドさせる。


『おはよう、洋一よういち

先生から聞いたんだけど、今日、体育祭は残念ながら中止になったわね。悪いんだけど、今日作ったお弁当のおかずを取りに来てくれない? 

タップリ作ったから食べきれなくて、♪』


「何がだあ! しかも誤字ってるじゃんか!」


 俺は逆上してスマホをベッドに叩きつける。

 

 ドフッというふんわりタッチな受け止めにより、スマホへの衝撃は幸い無傷で済んだ。


 しかし、何でそんなに大量に作るんだよ? 


 正月のおせち料理じゃないんだぞ……。


「冗談じゃない、誰が行くもんか……」


 そう、まだよく分からない人生のやり直しなんだ。

 最初から余計なイベントを起こさない方がいい。


 俺は今日は一日中ふて寝を決め込んだ。


『ピロリーン♪』


 そこへLINAの着信音が入る。

 相手はもちろん母さんからだった。


『もし、今日来なかったら洋一が小学六年生の時に寝小便した写真をみんなにばらまくわよ。

物干し台の濡れた世界地図の布団をバックに、私に怒られて鼻水垂らしながらギャーギャー泣いている姿の写真をね♪』


 俺はその文面を読み終えた瞬間、ガバリと跳ね起きて、急いで服を着替える。


 母さん、この期に及んで脅迫きょうはくかよ。

 それがバレたら学校や地域中に『寝小便小僧』の異名が付けられてしまう。


「何とか阻止そししなければ」


 俺は眠りこけた親父のテーブルの前に買い置きしていたあんパンと缶コーヒーを置き、即座に玄関を飛び出すのだった……。


****


 俺は青い雨ガッパを着こみ、自転車をひたすら漕いだ。

 すれ違う人々たちがぎょっとして驚いていた。


 それもそのはず。

 俺は怒り顔に涙を流している異様な表情だったからだろう。

 

「母さん、俺を地獄へと連れていく気か!」

 

 俺は母さんのいるマンションの駐輪場に自転車を止めて、カッパを脱ぐのも後回しにして、ドタバタでエレベーターに乗り込もうとするが……。


「まさかの故障中だと?」


 扉に貼ってある工事中の貼り紙を見て、絶望ぜつぼうしかけた俺は、隣にあった非常階段を見やって、一気にガッと駆け上がる。

 

「……はあ、はあ。母さん、何か俺に恨みでもあるのか?」


 自宅から自転車、そして階段の上り。

 

 しかも熱がこもりやすいカッパまで着させて、こんなトライアスロンのような競技をさせて楽しいのか?


『ピンポーン♪』


「はい、はーい♪」


 玄関のベルを鳴らすと、中から陽気な幼い声がする。


「あら、洋一。ずいぶん早かったわね」


 扉からニコニコとした悪気のない雰囲気で俺を出迎える、メイドのようなエプロン姿だけではなく、ロリなアニメ声の幼いイメージな母さん。


 その童顔どうがんはしてやったりの満足げな悪魔の微笑みへと変わるのだった。


「母さん、俺をためしたな……」

「さあ、何のことかしら? 立ち話もなんだからさっさ上がって♪」


「──可憐かれんちゃんも来てるわよ」


 その名前に俺の体がピクリと動きを静止する。


「……何だって?」

「だからドーナツタップリ作ったから上がってと言ってるでしょ」

「いや、そこじゃなくて今、可憐が来てるって?」

「そうよ。昨晩はうちに泊めてね。可憐ちゃん、洋一の家に泊まるって駄々をこねて中々言うことを聞かなかったから大変だったわよ」


 母さんが冷めた目で俺を『クズ』と小声で言っている。


「……で、男はケダモノだから、いつ襲われるか分からないわよって言っても、洋一さんはそんな男じゃありませんって。この、モテ男め、うりうり♪」


 その冷たい目線が一転してコロリと変わり、イヤらしい目つきな母さんが俺のわき腹に肘をグリグリさせてからかうのだが、今はそれどころじゃない。


「もう、真っ赤になっちゃって見かけによらず純情なのね」


「──香代かよさん、あまり洋一さんを困らせないで下さい」


 部屋の奥から心に轟く懐かしい声がする。

 白いエプロンドレスを身につけた可憐だった。


 前回から久しぶりに生の声を聞いたな。


「はいはい、こんな愛らしい彼女さんを怒らせたらマズイもんね。じゃあ母さんはドーナツ作っているから」


 そそくさと忙しげな母さんがキッチンへと戻る。


「……可憐、彼女とは何だ?」

「はっ、洋一さん? もしかして記憶障害ですか?」

「違う。今、俺たちは恋人として付き合ってるのか?」

「はあ? 可憐のことが大好きと抱擁ほうようしながら熱いキスを交わしたじゃないですか?」

「えっ、そうなのか?」

「ふふっ、冗談ですよ。あまりにも反応がウブだったので少しからかってみました」


 可憐が俺のほっぺをプニッとつついて、いたずらっ子のように頬を緩ます。


「それに洋一さんの方から告白してきて、その記憶がスッポリないなんて嘘に決まってますから」

「あっ、ああ。それもそうだな……」

 

 いまいち今の現状が掴めないが、今回の俺はすでに可憐と恋人通しの状況らしい……。


「朝ご飯まだですよね。香代さんと一緒に作ったドーナツが待ってますよ。さあ、手を洗ってからリビングへ来て下さい」

「ああ、分かったよ」


 俺は困惑ぎみのまま、洗面所へとおもむく。


「だああ! いきなり俺たち付き合ってるのかよ。意味が分からないぜ……」


 顔をバシャバシャと洗いながら、冷静な感情で備え付けのガラスを見る。


 複雑そうでひどい顔つきの俺がこっちを睨んでいた。


 ──それにしても今回の転生は謎過ぎる。


 森の中で追いかけられ、城下町を迷いこみ、帰ったら珍しく親父に絡まれ、それでもって体育祭は中止で、可憐と既に恋人通し……これまでとはわけが違う。


 まるで俺のことを背後から見つめていて、何もかもいじくり回したかのような感覚がしてならない。


 まさか、デレサが運命を操れるとか?

 そんなはずはないか……。


 とりあえず色々考えていても始まらない。

 時間は有限なのだから。


「やあ、可憐待ったかい。のわっ!?」


 俺の体に大きな円状の輪っかが入り込む。

 それは巨大な形をしたドーナツだった。


「はい、女子高生恋泥棒の現行犯で緊急逮捕しました。もう離しませんよ」

「おい、このドーナツデカ過ぎだろ、これどうやって食べるんだよ!」

「よ、洋一さん、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか……ううっ、香代さん……」


 このドーナツを作った張本人が涙目になって母さんに訴えている。

 その発言を聞いている母さんの顔は鬼を通り越し、もはや般若はんにゃ面相めんそうだ。


「洋一、あんた、こんな可愛い彼女を泣かしてどうするのよ。この彼女のデカイ胸を散々、堪能たんのうするだけもてあそんだ癖に……」

「……ご、誤解だ。俺は何もしてないぞ?」

「嘘おっしゃい。昨日、可憐ちゃんがそう言ってたわよ。だから洋一の家には泊まらせなかったのよ」

「可憐?」


 母さんに泣きついていた可憐が俺に向かって意地悪そうにアッカンベーをしている。


 そうだった……。


 可憐は清楚で真面目に見えて、実はこんな感じの表裏が激しい性格だった。


 だが、この立場を利用して嘘泣きとは卑怯ひきょうだぞ。


「洋一さん、ドーナツ食べてくれないと本気で嫌いになりますからね」

「いや、今回のお前、言ってることが無茶苦茶だよな?」

「今回って何ですか?」

「あっ、いや、何でもない」

「何でもないなら始めから言わないでもらえますか?」


 口をへの字にした可憐は誰がどうみても怒っているようだった。


「分かったよ。いただきます」


 俺は体を潜らせているドーナツに歯を向ける。


「あの、洋一さん……」

「何だよ、ようやくこのドーナツから出してくれる気になったのか?」

「……いえ、座って食べないとお行儀が悪いですよ」

「そうくるかい!」

  

 俺は床に座り込み、血に飢えたサメのようにがっついて、ドーナツを食べ進めているとに気づいた。


 あれ、案外これ美味しくないか?

 朝食を抜いてきた俺にとってはありがたいごちそうだった。


 気になる点はどうやって揚げたかだが……。


 ふと、隣にあるベランダに目を向けると、そこを埋めつくす黄金色こがねいろの液体に、やたらと大きいホットプレートみたいな鉄板のようなものが見える。


 さらに、その周りに敷き詰められた二~三個の灯油を入れる青のポリ容器。


 そこで何があったのかは知りたくもなかった。


 この部屋はファンタジー世界かよ……。


「じゃあ、洋一。母さん仕事に行くから可憐ちゃんと仲良くね。あとお昼はお弁当のおかずを食べてちょうだい」

「ああ、ありがとう」  

「じゃあ、いってくるわね」

「いってらっしゃい」


 玄関からベージュのスーツ姿の母さんを見送り、リビングへ戻った俺は足元を止める。


 ……って、おい、若い男女が二人っきりじゃないかよ!


「どうかしたのですか、汗ダラダラですよ?」

「いや、気のせいだろ。俺はもう一眠りするから」

「そうですか。お疲れ様です」


 淡々と返事を返した可憐はキッチンで洗い物を始めていた。


 俺は横目でそれを眺めていることに目をつむり、頬をパンパンと叩く。


 すぐに我にかえり、昼まで眠るために寝室へと行くのだった。

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