第21話 これは警告である、くれぐれも奴の誘いには乗るな

「よし、何とか乗りきったぞ」


 二体の機械人間の動きを封じた俺は、自宅に進むために城壁の側に添っていてはいたが……。


「ここは一体どこなんだろう?」


 まあ、普通に考えたらそうなるよな。

 弥太郎やたろうの知り合いがいるからに近場なんだろうと思うけど……。


 俺はさっき見た掲示板の位置へと戻り、そこに貼りつけてある現在地の記された地図を拝見はいけんする。


「佐賀県麗野市。麗野うれいな城下町……俺の地元じゃんか?」


 そう、俺の通う学校からそんなには離れてはいなかった。

 なら、なぜ今まで住んでいてこんな場所に気づかなかったのだろう……。


「えっと、このまま南側に歩けばこの町から抜けられるのか」


 俺は頭に思い描いた地図の通りに移動する。


 それに改めて感じたのだが、この町に入って、まだ一人も人間の姿を見たことがない。


 各家の窓からは灯りが灯っているのになぜだろう。

 みんな、何があったかは知らないが、ひきこもりなのか?


 まあ、この時間帯なら寝ているという線も考えたが、普通は電気は消して眠るはずだが、単純に怖がりで、実はこの町には恐るべき魔物が潜んでいるかも知れない。


 俺の後をつけてきたあのアンドロイドのように……。


 ──すると白壁が消えて、その先は紅葉の鮮やかな景色で埋めつくされた大地が見える。


 そして、その黄金の草むらへと足を伸ばした瞬間、画面の景色がグルリと変化して、後ろ側の城下町がただの砂の大陸(砂場)になっていた。


「俺は幻覚でも見たのか?」


 その砂と化した大陸の上空に向かって見上げると、地面から空へと赤い線で繋がった三角形のピラミッド型に収縮された大きな空間が目に入る。


 よく見るとその城下町だった場所は透明なバリア、いや透明なキャンプの三角テントのような物に包まれていた。


 どうやらこの大きすぎるバリアのような物が、この城下町全体を作っているらしい。


 その証拠として、その線から中へ入ると砂場の風景から、さっきまでの城下町へと視点が切り替わるからだ。


 これも弥太郎の仕業なのか?

 富豪家ふごうかならではの大胆な発想にただ驚きの連続だ。


「そんなことより家に帰らないとな」


 城下町だった場所から離れ、銀杏並木ぎんなんなみきの道を通りながら、秋の季節さながらだなと思い、見覚えのある商店街へと出る。


 俺の知る限り、ここは麗野市周辺に間違いない。


 ふと、ファッションブランド店のショーウインドーが置かれたガラスの窓から店内の様子が映っていて、俺は近くにあった日の丸カレンダーに目をやる。


 ──10月9日。

 ちょうど明日は10日で体育の日。

 ということは明日が体育祭に該当する。


 俺はまたもや体育祭の関連する日に息吹きをあげたのだ。


 ──ちなみに時間は夜の10時前。

 高校生がこんな夜更けを歩いている場所を見つかったら補導される。


 俺はなるべく人混みを避けながら歩道を突っ切っていく。

 いや、これだと浮いてしまい逆に目立つか。


 だったら人波の中に隠れてしまおう。 

 俺は人混みの中にもまれ、特に目立った行動はせず、家路いえじへと急いだ……。


****

 

「ただいま、親父」


 自宅に帰り、玄関で挨拶をしても当たり前だが家族からの応答はなかった。


 母さんと別れ、無気力になった大黒柱には何を言っても通じない。


 何もかも忘れ去り、傷ついた羽をこの家で癒すように……。


 そんな親父は今日も自由気ままに生きている。

  

 ちなみに壁時計は深夜の11時を指していた。


 もう、こんな時間だとは。

 さすがに親父も寝ているだろう。

  

 俺は親父がリビングのソファーでいびきをかいて爆睡ばくすいしている姿を改めて、ほっと息をつく。


 そう、あんな無責任な父親でも、時には俺に厳しく当たってきたりする。

 親にとって子を叱り、正しい道へと歩ませるのは常識の範囲内。


 恐らく起きていたら俺は怒られるだろう。

 親父の怒り方は一見穏やかなようで半端なく怖いからな……。


 俺は、そーと忍び足でリビングを抜けることにする。 

 俺の部屋はここを通らないといけないのだ。


 例え、自立に近い生活を営んでも、この家に住んでいる限り、親の目に入る範囲で生活を共にすること。


 この家を建てたご先祖のお祖父ちゃんからの教えらしい。


 そんな先祖代々の言い伝えを守り抜く、一人となった親父から静かに背を向ける。


 今は感傷に浸っている場合じゃない。

 明日に備えて早く寝ないと……。


 ──と思った瞬間、フローリングの床からミシッという異質な音がした。


「……んっ、洋一よういちか」


 親父の一言で背筋が凍りそうになる。

 ヤバい、床の踏みしめ音に目が覚めたのか……。


「……どうしたんだ、こんな時間まで出掛けていて?」

「いや、何でもないよ」

「何でもなくないわけじゃないだろう?」


 この異常なまでに執着しゅうちゃくしたかのような親父の絡み。

 どうやら酒が切れ、酔いが覚めたシラフの状態らしい。


 親父は普段は優しくて気さくのいい人にも見えるが、長年付き添ってきた俺には分かる。


 ただのいい人ぶっただけの偽善者ぎぜんしゃだと……。

 

 未だに俺には自分の本性は見抜けないとでも思っているのか?


「……何かあったら電話でもいいから教えてくれ。お前の父親なんだからな」

「こんな時だけ父親ぶるなよな」

「洋一、どうかしたのか?」


 いつもそうだ。


 親父はいつも昼間から浴びるほどに酒を飲んで、シラフに戻り、まともな発言をしているなと思いきや、また酒に手を出す。


 何か少しでも嫌なことがあったら逃げるように酒をあおる。

 

 そんな我慢ができないお子さまのような駄々っ子で、やっていることは小学生と一緒だ。


 いや、小学生は酒は飲めないが……。


「そんなんだから母さんと別居になるんだよ!」

「お、おい、洋一? 待ちなさい!」


 俺は親父の一声に振り向きもせずに自分の部屋へと駆け込んだ。


 親父が、自分は何も悪いことをしていないのに何で怒っているんだの素振りを見せたからだ。


 俺はそんな親父のことが正直嫌いだった。


 早々に部屋のドアの鍵をバタンと勢いよく閉めて、着替えもせずにそのままの格好でベッドにドサッと潜り込む。


 寝る前にシャワーを浴びようかとも考えたが、リビングにはあの自分勝手な生き物と顔を合わせないといけない。


 今はケンカ別れのような気分になってる感覚だったからそれだけは嫌だった。


 そんな考えとは裏腹に眠気はすぐに襲ってきた……。


****


「おい、あたいの声が聞こえるかい?」


 真っ暗な空間で意識を覚まし、聞き覚えのある老婆のしわがれ声が眠りこけていた脳内へと伝わってくる。


「その声はデレサか。また俺は死んだのか。親父に毒を盛られた痕跡はなかったぞ?」

「違うわい。あんたは寝ているだけじゃ。それに帰宅してから何も口にしておらんじゃろ」

「いや、美味しいジャンボハンバーグを堪能したぞ」

「つまらぬ嘘をつくではない。あたいからはあんたの動きは筒抜けさ。嘘ならもっとなことを呟きな」

「ふむ、例えばどんなのだよ?」

「へっ、あたいに聞いてるのかい?」

「他に誰がいるんだよ?」

「まっ、しょうがないか……」


 デレサが紫のローブのファスナーをゆっくりと下げて、黒のネグリジェのような姿になり、ボリュームのある胸元をさらけ出す。


 そのたわわ感といい、以外と着やせする体格らしい。


「だから、何でな意味でこの場で脱ぐんだよ?」

「男の子はこういうの好きじゃろ?」

「オバハン、いい加減、歳を考えろよ」

「まっ、失礼じゃな。女性はいつでも若く見られたいものなんじゃぞ!」

「ふーん、そういうもんかな? 女には恥じらいも必要だと思うんだが?」

「そんなものはとうの昔に捨てたわい」

「わー、それ以上は駄目だって!」


 ネグリジェの胸元についた紐を緩めようとしたデレサを慌てて止める。


「──まあ、それはさておき、あんたに一つ忠告がある」


 ふう、とりあえず脱衣は保留というわけか。


 分かったのなら早く服を着て欲しい。


 いくら年配でも相手は色っぽい身体のラインをした女性だ。


 俺の理性がぶっ飛ばないうちに……。


「そう、あんた、これまでの記憶が残っているのは良いが、無闇に歴史を変えるような発言はするでないぞ」


 デレサが再びローブを着込みながら、俺に爪の尖った人指し指を突きつけて警告する。


「それはどういうことだ?」

「つまり弥太郎達に、その件が感づかれてしまうかも知れないからじゃ」

「ははっ、弥太郎に限ってそれはないって」

「はて、はたしてそう言いきれるかの。あやつは大富豪だけでなく、様々な知識を持っておるんじゃぞ?」


 ──人間にそっくりな機械人間に、巨大な街をつかさどっていた巨大な映像。

 それから幾度いくどともなく続く、計画的な可憐や仲間たちの暗殺。


 これらをあげればきりがないとデレサは教師のような丁寧さで分かりやすく説明してくれた。


 弥太郎ならそのうち時空関連の内容も、すぐに理解して物にさせてしまうかも、そして、偶然にも生まれ変わった俺が幾度も人生のやり直しをしているのがバレたら最悪、生きたまま実験動物にされる。


 デレサの話には突飛性とっぴょうせいがあったが、あながち嘘ではないだろう。


 何せ、あんな3Dホログラフによる巨大な城下町を作るくらいだ。


 冗談を本当に実現させる。

 何でもお金で解決させるような胸くそ悪いキャッチフレーズが頭に浮かぶ。


 あの弥太郎なら、そんなフレーズも思いつきそうだ。


「デレサ、それだけのために俺の夢の中へやってきたのか?」

「まあな、あんたの人生に関わる問題じゃからの。ぐっすり寝ておるから気兼きがねなく夢の中へこれたわい」

「ありがとな」

「いいってことさ……じゃあ、あたいからの忠告は以上じゃ。せいぜい青春を楽しみな」


 こうしてデレサは光の射す方へ歩き、次第に姿が溶け込んで行ったのだった……。

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