第16話 もはや、このイベントは必須条件なのだろうか
「おーい、もしもし。こちら、緊急列車ヤタローゼロゼロナイン。
何者かの手により、気絶していた体を乱雑にガクガクと揺さぶられる俺。
「……あがが、何しやがる。目が回る」
「おお、
揺さぶった男の声は
彼に強引に起こされ、気がつくと俺はコンビニの奥にある駐車場の端に寝ていた。
「いや、後はよろしくって、
母さんと
さぞかし、周りからしたら恥ずかしい
「そうだな、香代さんが他の客の迷惑になるからとのびた洋一の両足を肩にかるって、床に頭を引きずらせながらズルズルと運んでいたぞ。そのお陰でほら……」
「何だよ?」
「……だから、頭の真ん中だけがモヒカンみたいなチリチリパーマになってるぞ」
「マジかよ?」
そこへ、俺の髪の頭頂部を手で触ろうとイタズラをする弥太郎に真っ先に反応を示す。
「いや、冗談だ。ぐひひ?」
「この期に及んでつまらない冗談を言うのはどの口だ?」
「あぶぶ、そごはくび。しんじまふ!?」
弥太郎の至近距離に素早く近寄り、後ろから首を腕で締められた彼がギブギブと俺の腕を叩くなか、その腕を緩めながら、俺はとある考えに浸っていた。
これから俺が進む世界は、またもや高校生活でお馴染みの体育祭と来たものだ。
体育祭のルートはこれで何度目になるだろう。
恐らく俺の過ごしてきた多数の人生の中で一番体験するイベントだ。
その気になる点として、何かこの体育祭にて重要なフラグでもあるのだろうか。
「どうした、洋一。顔が怖いぞ、ふぐっ!?」
とりあえず隣で
すると、そのまま顔がゴム風船のように
「残念だったな。怖い顔は生まれつきだ」
「ばたんきゅう……」
「さて、ヤツと絡んでいる暇はないな。もうあまり時間がない」
俺はその人間だった
しかし、何で母さんは俺と一緒に行かなかったのだろうか。
確かに可憐は品も華もあるが、そんなに女の子の方がいいのかよ……。
****
「洋一君、やっと来たね」
校舎に立ち並ぶ白いテントの数々。
そのグラウンドにある放送席のテントから制服の上から赤の体操着のジャージを羽織った
別に生活指導の先生でもないのに、何でそんなにドタバタしているのだろう。
「何、キョトンとしてるの? 今日は臨時で体育祭の放送委員手伝う約束したじゃん」
「ああ、ニュートンの万有引力の話なら間に合ってる」
「ちがーう! 昨日の昼休みに約束したじゃん。もう忘れちゃったの?」
「はて、何のことやら?」
「うっそ、ヤバいね。昨日、洋一君、あれだけ昨日高らかに吠えて宣言していたのに。こりゃ、
俺が日向さんと放送委員ごっこをするだと……。
何のことだろう?
「何、そのううん臭いみたいな顔は? ごっこじゃなくて本気だよ?」
「いや、それがさ、どうやら朝起きたら昨日の記憶が
「何、ボクのスリーサイズ? 胸ならCカップだよ♪ なんなら触ってみる? マシュマロみたいに柔らかいよ♪」
日向さんがたわわな胸を胸元に寄せて、お色気のポーズをする。
「いや。頼むから、人が真剣に話しているのに、この期に及んで誘惑な冗談はよせ。それから自分の体をもっと大切にしろ」
「あはは。君は真面目君だなあ。からかいがいがあるよ。
──さて、どこから説明したらいいのかな?」
「最初から最後まで全部」
「……えっ、ガチで今から病院行ってくる?」
「いや、それは問題ないから、話をしてくれ」
「うん、いいけど……」
彼女が重たい口を開き始める……。
──話の流れ的にはこうだ。
昨日、俺は人気のない学校の屋上で気になる女性がいるという話になり、それをクラスで仲が良かった女性に打ち明けた。
その話した相手が日向さんだった。
彼女はその言葉を鵜呑みにして、
『だったら明日は体育祭だから自分のアピールをするために、ボクの放送委員の仕事を手伝ってよ』の話になり、
それに難なく同意した俺が今ここにいるという設定らしい……。
だけど、何でまた彼女に相談したのだろう。
話し相手なら他の相手でも良かったはずだ。
ただ単に話しやすかっただけなのか?
それとも日向さんと可憐は何かしらの繋がりがあるのか?
そのことを確証したいために俺は1つの質問を投げかける。
「その話からすると、
「仲良しも何も、ボクと一緒に二人で陽氏さんを振り向かそうと決めたことじゃん」
「……俺が、お前とか?」
「そう、だから陽氏さんに少しでも気づいてもらうために今日は代わりにボクと放送委員をやるんだよ」
「……おい、元の放送委員の女はどうした?」
「コンビニの肉まん三日分のオゴリで手を売ったよ。今日の体育祭は
「えっ?
「……あのね、洋一君、彼女が転入してきた矢先にさ、しばらくウジウジと悩みぬいて昨日の午後にようやくボクに相談してきて、『彼女に一目惚れをしたからけど、中々、仲が進展しないからどうにかならないか!』って話になったよね?」
「そうなのか?」
「はあ。そっちから相談してきたのに、その知らぬ
日向さんは、はぁ……と深刻そうにため息をつきながら、心配そうに俺を見かねている。
「だから、よく覚えてなくてさ……」
何、俺は嘘はついていない。
今回の転生先は体育祭の当日であって、本当に何も知らないのだから……。
「そう言うわけで、その子の親御さんからも今日、電話がかかってきて子供が風邪で休みという話になってるんだからね。ボクの計画を壊さないでよ……」
「すまん、色々あってな……」
「まあ、それはさておき。早く準備を手伝ってよ。マイクなどに繋げる通信ケーブルの束とか結構重たいんだよ」
「何だよ、この学校も無線LANにすればいいのにさ?」
「あのねえ、学校がみんなお金持ちとは限らないんだよ。
──さあ、屁理屈はいいから放送室にある束とかを持って来てよ」
「俺はこの学校の一人の生徒として事実を述べているだけだが?」
「はい、もうその意見はいいから。
──あと、これ、持ち出しメモ書いといたから、今からこの通りに荷物を持ってきて」
「おう、分かったよ。放送室か」
俺は日向さんからの鉛筆で書かれた手書きのメモを受け取り、ひとまずグラウンドを後にした。
****
えっと、マイクを繋ぐケーブルに折りたたみの長テーブルにガムテープにと……俺はパシリ扱いかよ。
まあいい。
一人になって少し考えたかったからな。
俺は校内の渡り廊下を歩きながら、日向さんと可憐との接点を考えていた。
前回までの人生では二人の仲はこれほどまでに良好な関係ではなかったからだ。
いや、だったらどうして今回は記憶が抜け落ちているのか。
デレサによる何かしらのミスだろうか?
俺は思考しながらも放送室に到着して、ガラガラと古ぼけた木の扉を開ける。
「……あっ、やっと来ましたね」
そこには古びたパイプ椅子にちょこんと座った体操服姿の可憐がいた。
「可憐、何でこんな場所にいるんだ?」
「何でも何も、日向さんから洋一さんがここに来るから一緒に作業を手伝ってと言われましたから」
「母さんは?」
「お弁当を食べる場所を探しに先に外に行きましたよ」
母さんはともかく、日向さん、余計な真似をしやがって。
今回の彼女は色々とお節介が過ぎる。
「まあ、猫の手も借りたいって言うもんな」
「猫ですか……?」
俺の気のせいだろうか。
その一言で彼女の
「どうかしたのか?」
「……いえ、何でもありません。さあ、時間がありませんから、ちゃっちゃっと終わらせましょう」
俺は折りたたみの長テーブルとケーブルを巻いた赤いリールを抱え、可憐はガムテープなどの細々とした道具を鉄の錆びついた菓子ケースに入れて運ぶ。
それから荷物を外へと運びながらも俺たちは黙っていたが、その沈黙に俺の方が耐えられなくなり、何とか口を開く。
「今日の体育祭、リレー頑張れよ」
「はい。洋一さんも臨時の放送委員との掛け持ちは大変でしょうが、頑張って下さい」
「ありがとな。さあ、それを運んだらグラウンドに集合だぜ」
「はい。ちなみに可憐のクラスも洋一さんと同じ白組ですよ。お互い頑張りましょうね」
可憐が可愛らしい足取りでテケテケと駆けていく。
俺はその後ろ姿を目で追いながら、彼女のことを思う。
「俺が何とかしても守らないとな……」
拳にグッと力を込め、深々と深呼吸する。
そんなに焦るな。
今は冷静になれ。
身近に俺たちの運命を狂わす殺人犯が潜んでいるかも知れないのだから……。
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