第5章 取り戻せない過去、手に掴みたい未来
第15話 少女はその背中に何を語るのか
「ううっ、えっぐえっぐ……」
夕日が沈みかけた公園で一人の少女が砂場で泣いている。
「こんな所でどうしたんだい?」
「えっぐ……あのね、お父さんとお母さんがはなればなれになるの」
俺は瞬時に
これが離婚というものだと。
彼女はまだ幼い。
小学校低学年くらいだろうか。
「泣かないでよ……僕がついているから」
しまった。
初対面の女の子に何を語っているのか。
俺は開いた口を慌てて飲み込もうとしたが、時は遅かった。
「あなた、やさしいね。なまえは何て言うの?」
「ああ、僕は
あっ、またやってしまった。
何で口を滑らしているのだろう。
それに何かおかしい。
今回も人生をやり直したはずだが、何でこんな
「わたしのなまえはかれん」
かれんと名乗った少女が砂の城を作っていた手を休める。
待てよ、もしかしてこの少女は、あの
ここが、いつ頃か彼女が語っていた俺と初めて出会った時の過去の世界だろうか。
「あのね、かれんのいえなくなるの。だからおばあちゃんのところへ引っこすって」
気がつくと可憐は顔を赤くし、鼻水を垂らしたままワンワンと泣いていた。
「いやだよ、ここからはなれたばしょに行くなんて……」
「だったらさ……大きくなったらここに戻って来なよ」
何だ、口が勝手に開いて言葉を喋る。
まるで自分の体じゃないみたいだ。
もしや、ここには俺の思考しか残されていなく、目の前では過去の記憶を映し出しているのか?
「そしたらさ、仲良くなって結婚しよう」
だあぁ。
おい、初対面の少女に対して何を言ってるんだ?
俺はロリコン確定か?
「けっこんってなに?」
「僕がお父さんで君がお母さんになって仲良く暮らすことさ。そしたらもう寂しくないだろ」
いや、子供のわりにはませてるな、この子供。
正真正銘、俺なんだから余計に恥ずかしい。
「うん、ありがとう。じゃあ行くね」
可憐が俺の場から去っていく。
そんな俺の口から言葉が漏れていた。
「可憐、行かないで!」
「えっ、どうしたの」
彼女がびっくりして足を止める。
今の声は第三者の俺の声か?
「君は近いうちに死んでしまう。だからここにいて欲しい」
「ここにいてどうするの?」
「俺が面倒を見る」
「むりだよ、こどもがなにいってるの」
「無理も
さっきから俺は喋れるのを
ここは俺の過去の世界だぞ。
過去はいくら
「俺は君を失いたくない」
気がつくと俺は泣いていた。
そんな俺のところに来て、俺の頭をよしよしと撫でる可憐。
「だいじょうぶだよ。かならずかえってくるから」
俺の意識はそこでプツリと切れた……。
****
「はっ!?」
スマホの目覚ましアプリが鳴り、自室のベッドで目を覚ます。
どうやら俺は深い眠りにおちていたようだ。
今は朝の7時前。
部屋の隅にかけているハンガーには高校の制服がかかっていた。
俺は帰宅部なのに、どうしてこのような早い時間に目覚ましをセットしたのだろうか。
……冴えない頭でボーとするのも何だからインスタントのコーヒーを
カーテンを開け、窓を開けると外はいい天気で、今日は素敵な日になりそうだ。
『パーン、パッパパーン!』
そこへ鳴り響く花火の音。
どうやら今日はあの体育祭のようだ。
だから今日は早く起きたのか。
それから改めて、スマホを見ると母さんからのLINAの着信が入っていることに気づく。
時間は今から一時間前の6時。
このやり取りは前回も経験した設定だ。
内容もしっかりと覚えている。
母さんが
このイベントに進んだために可憐は犠牲になったのだ。
ならば、最初から行かなければ良い。
状況を打破するには電話が手っ取り早い。
俺は母さんの携帯へと電話をかけた。
しかし、なぜか何回かけても繋がらない。
「母さん、何してるんだよ……」
俺は
そういえば、母さんはおやつのドーナツを作っているから手が汚れていて、手が離せないと言ってたな。
なら、電話に出れないのも納得がいく。
「それなら無視するまでだ」
ちょっと
母さんには悪い気がするが、昼飯くらい近所のコンビニで買えるだろう。
俺は折り畳み財布を握りしめ、リビングで寝ている親父を後にして外へと飛び出した。
****
小鳥のさえずり、霧のような冷たい空気、元気よく登校する生徒。
そういえば、朝飯も食べてないから腹が減ったな。
俺は学校前にあるコンビニに駆け込んだ。
さて、何のおにぎりにしようかと悩んで梅のおにぎりに手をかけようとした時に俺の手のひらに細い手が重なる。
「あっ、すみません。俺は別のおにぎりにするからどうぞ」
俺が
「あっ……ごめんなさい」
「か、可憐?」
その相手は可憐だった。
こんな偶然があるのだろうか。
「えっ?」
しまった、口が滑った。
まだこの世界は始まったばかりで向こうは俺とは
「いや、9月から入った転入生だよね。風の噂で名前を知っててさ」
「そうなんですね」
「そうそう、君はスーパースターさ」
「ふふふっ。面白い人ですね」
クスクスと可憐が笑いながら梅のおにぎりを二つ取り、俺の手のひらに一つのせる。
「はい、これはあなたの分です。あと、笑わせてくれたお礼です」
さらに、そのおにぎり一個分の小銭をくれた。
「ありがとう」
「いえいえ、それでは私はお昼ご飯を選びますから」
可憐は弁当のあるコーナーへと姿を消した。
そうか、可憐も今日は弁当を持ってきてないのか。
でも、あれ? 俺は彼女の家族構成を全然知らない。
彼女とは恋仲になり、結婚までにいたっても、その件に関しては彼女の口からは何も語らなかったからだ。
二重人格に徹底的な秘密主義か。
可憐にはそちらの方面でも謎が多かった……。
****
「あら、あなたは?」
可憐が行った弁当コーナーから聞き慣れたら女性の口調が耳に飛び込む。
「あっ、すみません」
「その格好はここにある高校の制服ね。あなた一人?」
「はい、そうです」
「そう、私も一人なのよ。今日は息子の体育祭に来てね。あっ、名前は洋一って言うのよ」
「──あっ、洋一。こんな所にいたのね」
そこでは可憐と紫の布で縛った重箱を手にした俺の母さんが仲良く談笑をしていた。
「あれ、母さん、仕事は?」
「息子の晴れ舞台だからね、有休を取らせてもらったのよ」
なら、前回もそうしてくれよ。
俺は精神的ショックが大きすぎて、がくりと肩から力が抜けた。
「どうしたの、やけに落ち込んで? お腹痛いの?」
「いや、何でもない……」
一体、何なんだこの世界は。
俺をもてあそんで楽しいのか?
まあ、いい。
これで可憐が車の事故に合う必要はなくなった。
まさか、このコンビニにトラックが突っ込んで来ることはないだろう。
何だ、その発想は。
海外の映画じゃあるまいし……。
「何、美人二人相手ににやけてるのよ、洋一のスケベ!」
「ぐぶっ!?」
俺は顔面に母さんからの強烈な鉄拳を食らい、鼻血を吹きながらその場につんのめる。
「きゃ、お母さん。洋一さんが!」
「心配いらないわよ、手加減はしてるから。私流の愛のムチよ♪」
嘘つけ、母さん。
攻撃する時、顔がマジだったぞ。
俺はそのまま床に倒れこんで、気を失った……。
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