第14話 なぜ彼女を巡って事件は起こるのか

「……いいか、あいつは不甲斐ふがいなき女だ」


 暗闇で夜目やめかない路地裏で何やらキテレツな声で、側にいる男に話しかけている。


「だから彼女を問題なく消せ」


 片割れの人物がヘリウムガスを含んだかのような甲高い声でとてつもないことを言っていた。


 そんななか、俺はまた蝶になって、その二人以外の気配が感じられない静かな街角の空間を舞っていた。


 その周囲は非常に暗く、街灯などの灯りがないため、二人の間に何が行われているかは会話からしか分からない。


「へへっ、うまくいったら報酬はいくら出す?」

「これだけ用意しよう」

「マジかよ、数十億単位の金くれるのかよ? 一生遊んでくらせるじゃないか」

「そう、激務なトラック運転なんてやらずにすむよ。さらに万が一に向けてこれに保険料を上乗せしとこう」

「要するに未遂でも多額な金が貰えるって話か」 

「ああ、悪い話ではないだろう」


 二人組が何やら取り引きをしているようだが、よく聞いてみると物騒な会話に聞こえなくもない。


 ふと、トラック運転手との言葉に心がざわめく。


 そうか、前回のトラックの騒ぎは偶然ではなく仕組まれていた計画のようだ。


「じゃあ、これで交渉成立だな」


 そろそろ視界が広がってきた。


 片方の男がもう一人の片手を握り、強引にハイタッチをしている。


「いや、待て。あの男のことだからそう簡単にことはいかないだろう」

「へっ、どうするんだ?」

「大量の角材を積んで行け」

「角材か?」

「ああ。それをあの男の前に並べて身動きを取れなくすれば確実に女は殺せる。もし、何か裁判沙汰とかになっても角材の事故でカムフラージュできるし、完璧な作戦だろう」

「分かった。急ピッチで手配するから金の件は頼んだぞ」

「分かっている。これは立派な仕事だからな。任せるよ」


 そう言い放つと、一人はその場から去っていった。


 俺はその去っていく人影を追おうとした時、全身が痙攣けいれんして麻酔をかけられたかのように動けなくなる。


「──困るなあ。盗み聞きなんてしちゃあ?」


 去ろうとした男が足を止めて、俺の前に振り向き、動けない俺の羽を両手で掴み、そのまま片方の羽をむしり取られる。


 ふと、体からあふれでる命。

 あまりの痛みに心の声も出せない。


「いくら昆虫だとは言え、所有者が利用して密かにこの体から盗聴されている恐れがあるからね」


「念には念を入れないと……!」

 

 そう静かに俺の耳元でささやいた人物が俺の体をつまみ上げ、そのままグリグリと潰そうとする。


 身体中に何重ものくさりに絡まれたかのような感触になり、その鎖の縛りに押し潰されそうな激痛が体に走る。


 このままでは俺は蝶としての意識を失うかも知れない……。


「──いや、そうはさせんわい」


 ──まさに絶望を味わっていた瞬間、異空間の水溜まりのようなゲートが開き、そこから光輝くしわがれた腕が俺の元へ伸びる。


 そのまま蝶の俺は、その出てきた腕によって、体を丸ごとさらわれた……。


****


「本当に危なかったのお……」


 デレサがヒヤヒヤとしたような台詞で俺の体を緑の四角い虫かごに閉じ込める。



「無茶をしおって。あんた、下手をしたらあの場で死んでたぞい」


 俺が死んでた?

 蝶になっても魂が残っていると言うことか?


「そうじゃ。今のあんたは蝶という弱々しい状態じゃからの。今回はあたいの目の届いた範囲内だから良かったものを……」


 どうやら俺は間一髪のところでデレサにうまいこと助けられたらしい。

 

「これに懲りたら、これからはあのような無鉄砲な行為は避けるのじゃぞ」


 すまない、デレサ。


 俺が片方だけの羽を揺らして、デレサに礼をすると彼女は虫かごのさくを開けて、三度目となるアルミカップに入ったゼリーを置く。


 俺が迷うことなく、そのゼリーを吸い込むと虫かごが弾け飛び、人間の姿に戻った俺の右腕が光輝き、その右腕にⅣと数字が書かれた蝶の紋章が浮かび上がる。


「……デレサ、気になることがあるんだが、この腕に刻まれた英数字は何だ?」

「それはあんたがあと何回、この人生を死んでからやり直せるかじゃよ。その腕の数字からして、あと4回しか人生の生き返りはできんぞい」

「そうか。ゲーム感覚みたいにゾンビみたいに無限に生き返れるわけじゃないんだな」

「そうじゃ、そのようなことができたら、あたいはこの世界からお払い箱で不治の病が治せる病院とかでガンガンに儲けて暮らしとるかもしれんし、その病院機関が消え失せる恐れもあるわい。

──それに本来なら命とは1つしかないもの。じゃから命有るものは一生懸命に生きようとする。

じゃが、勘違いされても困るが何度も命をやり直せるゲームと、現実の一度きりの人生を重ねるのではないぞ。その二つを両天秤にかけても根本的に違うわい」

「……そうだったな。軽はずみな発言をしてすまなかった」


「……まあ、いちいち謝罪しなくてもよいさ。誰にでもこのような状況下に落ちたら、

そうなるのも分かるわい。

──それはそうと、今回もなすすべもなく殺られたみたいじゃの。リアルで何があったんじゃ?」


 人間に戻った俺は多少、戸惑いを隠したまま、デレサの顔をじっと見つめた。


 紫のフードを被った顔から白髪がちらつき、喋り方以外にも、年寄り臭さを感じさせる。


 今、この俺の状況を理解できるのはこの人だけだ。


「……じゃあ聞いてくれ、デレサ」


 俺はデレサにすべてを打ち明ける覚悟を決めて、重い口を開く。


「……実は何者かが可憐かれんの命を狙っている」

「ふむ、いきなり随分ずいぶんとたまげた話じゃの……」


 デレサが肩を落とし、俺に近づき親身になり、話の筋道を知ろうとするのが分かる。


「俺も初めは偶然かと思っていたが、過去の2回の人生で必ずと言っていいほど可憐は殺されているんだ」


 その言葉にフードを深く被り、口元を真一文にするデレサ。

 

「そうか。しかし引っかかる部分もあるのう……あんたが可憐に殺された時もあったじゃろ?」

「ああ。それもそうだが、蝶になった時に見た先ほどの二人から、前回のトラックの件は事故に見せかけて可憐の命を奪おうとしていたんだ……。

だけどそれは未遂に終わり、最終的には入院先の院内で可憐の命を奪ったんだ」

「ふむ、そんなカラクリがあったんじゃな。さっきの二人組の会話の謎がようやく読めてきたわい」

「彼らは俺たちに可憐を消す情報が漏れるのを恐れてるみたいだ。その結果、前回はやられたんだが……」


「……問題はどうやってその主犯者を確認するかじゃの」

「ああ。今回は正体が掴めたと思いきや、暗闇で姿が分からなくて、さらにヘリウムガスで声を変えているから性別の区別もつかない……」

「じゃが、その可憐が知っている人物の犯行に間違いなかろう。そうじゃなかったら、あんたに顔を隠して行動に移すはずがないからの」


 確かにそうだ。


 第三者による犯行なら顔を知られても構わないはず。

 

 知られて困るのは、その犯行を捕まえようとする人物と警察の類いだけだ。


 そう、知人が犯人なら捕まえるのは容易たやすい。

 

 例え顔を変えて変装しても、その知り合いの情報を得て、犯人の顔を簡単に判別できるからだ。

 

 まさに理不尽さを越えた確実となる証明。


 便利な世の中になったものだ。


「じゃあ、今度からはその犯人の同行もさぐらんといけんのう。

──じゃが、くれぐれも危ない橋は渡るんじゃないよ」

「ああ。十分に気をつけるよ」


 俺は意識を沈めながら、デレサとのしばしの別れを告げた。


 いや、こうやってデレサとこの世界で会うのも今回限りにして欲しいものだ……。

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