第13話 彼女の気持ち、疑われた気持ち

「それでですね。昨日は中々眠れなくて窓から眺めた夜空は、月が綺麗で、ついつい見入ってしまいまして……」


 可憐かれんが隣を歩き、俺の歩幅に合わせながらながら笑顔で会話を投げかけてくる。


 その元気な様子からだと、とても可憐は寝不足のようには見えない。

 

 見かけによらず、ポーカーフェイスなのだろうか。


「そうか。月に行きたかったか。気持ちは分からないでもないぜ。毎日ウサギが作るつきたての餅が食べられるからな」

「もう、餅はカロリーが高めですから、毎日食べていたら太りますよ」

「違いないな。今でもタプタプな体つきだからな」

「なっ、何をジロジロ見ているのですか」

「案ずるな。お前の胸の定期観察だ」

「何かセクハラみたいに聞こえるのですが……?」

 

 可憐が眉をしかめた冷たい視線を投げかけながら、ふっくらとした胸を両腕で隠そうとするが、彼女の華奢きゃしゃな腕では大きすぎて収まりきれない。


「そりゃ、気のせいだ」


 しかも、俺はともかく、可憐自身は昨日が初対面だとはいえ、今日はよく喋る。


 可憐に対しては、もっと大人しいイメージがあったのだが、あれは猫を被っていただけでこちらが本来のの彼女なのだろう。


 だとすれば一回目の人生での彼女の振る舞いは演じていたのか。


 そう捉えると何だか切ない気持ちになってくる。


 それなら、今回は何が目的で接してきているのやら。


 彼女には色々と謎が多い……。


「じゃあ、可憐は体育祭の前に陸上部に顔を出すから先に行きますね」


 可憐が俺から離れて走って横断歩道を渡る。


 ちょうど青の信号機が点滅を始めていた。


「可憐、俺さあ……」


 俺は可憐を離してしまうような失踪感しっそうかんを感じてか、無意識に彼女に話しかけていた。


 ──その刹那せつな

 

 物凄い音を鳴らしながら、巨大な四角い固まりが交差点から飛び出して、こちら側に突っ込んできた。


 いや、その物体には巨大なタイヤが何本もついている。


 あれは建築資材を運ぶ大型車両のトラックだ。


 そのトラックの運転手がいきなり可憐の前で急ブレーキを踏み、荷台の縄が外れて周囲に向かって投げ出され、無数の角材が俺のいる歩道に散らばる。


「可憐っ!!」


 俺は名前を叫びながら、必死になって可憐を目で追うが、角材に阻まれて身動きが取れない。


 俺の目先で近づくトラックと可憐との距離。


「よ、洋一よういちさん、きゃあああ!?」


 そのまま可憐はトラックの下敷きとなった……。


****


 どうしてこうなったのだろうか……。


 俺が悪いのか。

 俺が母さんと会ったからこうなったのか……。


 あの時、そうやって母さんとの接点を断っていれば彼女は助かったのかも知れないのに……。


 そう、心にキツい感情をぶつけても、俺のロボットのような心はピクリとも怯えなかった……。


 ──ここは九州地方、佐賀県の麗野うれいな市内にある九階建てにも及ぶ麗野総合病院。


 ──その院内の107号室の扉の前。

 

陽氏可憐ようし かれん』と記載されたネームプレートを見上げながら、今日も俺は後悔の念に捕らわれていた……。


「あら、今日も来てくれたの?」


 扉がスライドされ、花瓶を持った白衣の女性看護師が俺の姿を見つけて優しげな笑みを返す。


「本当、毎日、たくさんの人がお見舞いに来てくれて、可憐ちゃんも幸せものね。さてと……」


 看護師が花瓶の水を取り替えに、俺の側を抜ける。

 

 その通りすがりに、彼女から華やかな香水のような香りが漂ったが、特に気にも止めなかった。


 俺は改めて駄々っ広い個室の病室に入る。


 その場の片隅には白いベッドに安らかに眠る可憐がいた。


 命には別状はない。


 だが、事故の時に頭を強く打ったせいで脳の神経などにダメージがかかり、可憐は植物人間になってしまった。


 もう可憐は喋ることも体を大きく動かすこともない。


 もはや、人間であることを捨て、ただ、息をするだけの精巧な人形と一緒だ……。


****


「──ちょっと待ちなさいよ、アンタ!」


 俺が病室を出ようとした時、ボサボサの金髪で、ひど精気せいきのやつれた実里みのりから呼び止められた。

 

「詳しい話は聞いたわよ。アンタ、可憐と一緒だったらしいじゃん」

「……そうだが、だからどうした?」

「アンタ、何で可憐を助けなかったのよ!」

「そんなこと言われても俺には何もできなかった」

「あのね! アンタ、何をしでかしたのか分かってるの。何はどうあれ、周りのみんなはアンタを凄く恨んでいるわよ!」

「何言ってるんだ。俺を恨んでも彼女が元に戻るわけがないのにさ」

「……戻らないとは何よ!」


 実里が俺の前に問いつめて腕を掴み、そのまま倒れこみ、前のめりになって、眼前がんぜんでがなりたてる。


 ただの同級生が犠牲になったわりには明らかに彼女の態度がおかしい。


「お前、まさか可憐が好きだったのか……?」

「アンタに何が分かるのよ!」


 実里の瞳から雫がこぼれ、俺の頬を濡らす。


「……あたしは、あの娘が好きで、お姉さんのような存在だった。何があればあの娘の親御さんの変わりにちからになろうと思ってた。それなのに、この矢先やさきは何よ!」


 彼女は嗚咽おえつをあげながら、首根っこをグッと握りしめてきた。


「そうだ、アンタも可憐と同じ目にあわないと分からないんだね?」

「くっ、苦しい……」


 息ができない。

 肺に酸素が入っていかない。


 実里の両手から首を絞められ、俺の脳内は真っ白になりかけていた。


「ぐっ……ぐぅ……」


 俺は彼女をのせたまま、何とか這いずりながら看護師を呼ぼうとベッドわきにあるナースコールのボタンを押そうと手を伸ばすが、指先が軽く触れるだけで一向に届かない。


 万事休ばんじきゅうすか……。


 すると、その時、実里の腕から力が抜け、彼女はピクリと一回だけ痙攣けいれんして俺の胸に倒れこむ。


「ごほっ、ごほっ。実里、どうした?」

 

 俺は咳き込みながら様子を探ると、実里の背中には鋭いナイフが刺さっていて、あっという間に制服のブレザーが真っ赤に滲みていく。


「──たく余計な手間をさせて」


 そう聞こえたような気がした。


 それから、俺の視界が真っ暗になる。

 どうやら何者かにより、後ろから目隠しをされ、さらに口を布で塞がれたようだ。


「彼女には死んでもらわないと困るよ。もちろん口が軽そうな君もね」

「……うっ!」


 背中に熱い感覚を感じ、俺は床に転がった。


 あまりの痛みの衝撃に吐血とけつしながら現状を理解しようとするが……背中に二度目の激痛が走り、バタバタともがく。 


「これで君もさようなら」


 しかし、ヘリウムガスを口に含んだような甲高い声では性別の区別もできず、そのまま俺の意識は闇へと葬り去られた……。






 

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