第10話 物語はハッピーエンドで終わらせたいから

「──でさ。アイツさあ、態度がデカイだけで見かけだおしでさ。脱いだらさ、中身は全然たいしたヤツじゃないんだよ」

「……ちょっと実里みのり、話の途中にごめん。ちょっといいかな?」


 友達と他愛たあいないお喋りをしていた実里と呼ばれた金髪のショートの女子生徒がこちらに振り返る。


「何だ、可憐かれんじゃん。そんな真面目な顔してどうしたの?」

「ごめん、実里。ちょっと調べて欲しい男子生徒がいるんだけど?」


 おずおずとためらいがちな可憐に意外そうな顔つきになる実里。


「ははーん、同世代に恋なんかしないと誓っていた娘がね。こりゃ、すみにおけんわ」

「ちょっ、からかわないで可憐の話を最後まで聞いてよ」

「あはは、分かった。それでどんな男かな? お姉さんに聞かせてみ?」

「もう、同年代で知り合ったばかりなのに何、先輩面してるのよ……まあいいや。あの、実はね……」


 恥ずかしがりながら可憐は実里の友達に隠すかのように耳打ちをし、実里が驚きを隠せない。


「……何、ソイツ。昔知り合ってたとは言え、ただの変人やん」

「そんなこと言わないでよ。彼、確かに目つきは鋭いけど昔から優しい部分もあって、温かいというか……」

「ふーん。大平洋一おおひらよういちか。今まで好きだった男を亡き者にしてきた娘がここまでベタぼれになるとはね……」

「何よ、誰に恋をしようと可憐の勝手じゃん……それに亡き者って何の冗談よ?」


 俺は二人が話している空から彼女らの話に耳を傾けていた。


 いや、また蝶になった俺には彼女の会話などどうでもよかった。


 そんなことより、なぜ俺は可憐から命を奪われたのかが優先順位だったからだ。


「分かった。わたしから近づいてちょっと彼の最近の素行を調べてみる。何かあったらLINAで教えるね」

「うん、ありがとう」


 俺はLINAという言葉にピクリと反応し、再び実里の上を気にして飛んでいた羽が思わず止まりそうになる。


 実里と呼ばれた女子はよく見たら、彼女が転入してから、すぐに打ち解けた可憐の取りまきの一人でもあるだったからだ。


 あの時、俺がろくに下調べもせず、可憐を探すために目の前で呼び掛けた相手がその女子だったとは……これは調査不足だった。


 俺は最初から二人の罠にはめられていたのかも知れない……。


****


 辺りは昼下がりから夜になり、俺の視点は学校から可憐の自宅の方へ移される。


 ちょうど彼女は自室にいて、お風呂上がりだった。


 それから、俺に不意をついたかのように豊満な胸元を震わせ、黄色の花柄のバスタオルで体を隠していたのをはだく。


 俺は、その思いがけない行為に条件反射で体を彼女から反対側に反らし、可憐の裸を見ないように努める。


 その間に彼女はファンシーなピンクのパジャマに着替え、腰まである濡れた茶髪をドライヤーで乾かしている最中に、ベッドの布団に置いていたスマホからLINAによる通話が入った。


 普通の通話ではなく、通信システムによる無料なLINAでの通話。

 

 これは、どうやら長い話になりそうな気がする。


 俺は近くに置かれていた木のタンスの影に止まり、しばし彼女の話を聞いてみることにした……。


「……もしもし、実里。ああ、例の件どうだった?」


 可憐がベッドサイドに腰かけて、スマホをスピーカーモードにして乾いた長い茶髪を紅模様の竹クシでときながら、神妙しんみょうな面持ちで実里に話を切り出した。


『……可憐、言いづらいんだけどアイツは止めといた方がいいよ』

「えっ、どうかした?」

『アイツ、ああ見えて実は裏では大の女好きみたいだよ。よりにもよって放送委員の看板娘とイチャイチャしてるらしいよ……名前はあの日向夏紀ひゅうがなつきだよ』


「えっ、日向さんとそんな繋がりが?」

『どうしたの?』

「……いや、今日、雨が降っていたから日向さんに傘を渡したすぐ後に、洋一さんと出会って一緒に帰ったから」

『あちゃー。それはヤバいよ。二人同時に手を出そうとしてるかもよ』

「そうなんだね。同年代から接してくる男なんて昔の洋一さん以外、今までいなかったから、何かうまい話だなとは思っていたけど……」


『どうする。大平洋一は消すの?』

「いや、もうちょっとだけ様子を見ようよ。明日は可憐が嘘の体調不良の早退をするから、その際に実里が洋一さんに近づいてみて」


『オッケー。あたしから何かあったらまたLINAで伝えるね。それじゃあ、おやすみ』

「うん、おやすみ」


 通話を終えた可憐がクシを置き、ベッドから立ち上がり、顔を俯かせ、何やらブツブツと口ずさみながら、学習机の机の引き出しを開ける。


 ……乱雑にしまっている本などをポイポイとピンクのカーペットに投げ捨て、一本の鈍い光を放つ見覚えのある黄色い棒をぎゅっと掴んでいた。


 それは俺を殺害したあのカッターナイフに間違いない。


「──大平洋一、昔はどうこうでも場合によっては消えてもらうわ」


 彼女は異常なほどの異形なまなざしでそのカッターナイフの柄を握りしめていた……。


 ──あれ? 

 彼女の豹変した姿はそうと、気になる部分が一つだけ引っかかる。


 俺はこの二度目の世界では体育祭より前の9月の日にちで、日向さんとまだ打ち解けていなく、あまり仲良く話をしたこともない。


 日向さんと仲良くなったのは最初の人生の時による、10月にある体育祭の時だったからだ。


 もしかしてこの世界は俺の知らない間で上書きされているのだろうか?


 俺の頭がパニックになり、謎が謎を呼んでいくさまだった……。


****

 

「──どうやら、今回も駄目じゃったみたいじゃな」


 そこへ、マンホールのような異空間のゲートが開き、しわがれた細長い片腕が伸びて俺の両羽が捕まえられる。


「はっ、離せよ。デレサ。今いいところだったんだぜ。まだ最後まで見てないだろ!」


 深淵しんえんのホールを抜けてバタバタともがく蝶の俺とは裏腹に、老婆──マザー・デレサの素早い手さばきにより、俺はまたしても緑色の四角い虫かごに強引に入れられる。


「最後まで見らんでも結果は同じじゃ。それよりどうじゃ、女心の極意とやらが少しは分かったかの?」

「デレサ、お前、最初からこの結末になることを知っていたな!」

「いややな、血気盛んな蝶で怖いのう。あたいは知らぬよ。あたいが知るのはあんたが死んでこの世界に蝶になって舞い戻り、さっきみたいにあんたが蝶の視点になり、過去の記憶を探っている時だけじゃ」


「……じゃあ、俺のリアルを過ごしていた時間帯は何も知らないと?」

「じゃから、さっきそう言ったじゃろ?」


「くそっ、あのむすめは一体何を考えてやがる……」


 俺は冷静になり、疲れきった羽を癒すために虫かごの片隅に止まる。


随分ずいぶんと悔しそうじゃの。じゃが、このゼリーを吸えばまたリアルの人生を歩めるぞい」


 デレサが虫かごのさくを開けて、銀の8号の丸カップに入った真っ赤なゼリーを再度、俺の手前に差し出す。


「ああ、何度でもやってやるさ!」


 俺は飢えた器官を満たすためにそのゼリーを吸い込んでゆく。


「ふふっ、そうまでして無心に食べてくれると作りがいがあるわい」


 デレサがニヤリと口角を尖らす中、虫かごが弾け飛び、人間の姿に戻った俺の右腕が光輝き、その右腕にⅤと数字が書かれた蝶の紋章が浮かび上がる。


「まあ、まだチャンスはあるからの。焦るな、少年よ」

「ああ、デレサ。見てろよ。俺は絶対に彼女……可憐と幸せになってみせる」

「ふふっ。見ろもなにも、あんたが過ごすリアルの事情は分からんのじゃが?」

「そうだったな。だが物語はハッピーエンドで終わらせたいだろ」

「まあ、そうじゃなければこんな場所で蝶になって、さ迷わんからの」


「さて、のんびりとお茶会を開いてる場合じゃないな。じゃあな。デレサ」

「ふふっ。今度来たときはクッキーでも焼いとくかの」


 俺はデレサのごとを半端無視し、別れの挨拶を告げ、光輝くリングの何重かの輪に包まれたまま、この空間から立ち去った……。

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