第9話 清楚とは裏腹な感情に衝撃を受けた

 さて、それでは俺の人生を左右させた作戦の開始だ。

 

 再び可憐かれんとの絆を深めあうために色々と考えて見なければ……。


 ──まずはこの世界をやり直すからにして、彼女との恋愛はゼロからのスタートだ。


 俺は前世の記憶があっても可憐にはそのようなものは一切ない。


 だから最初に恋に始まる前に可憐に俺の存在を認知させないといけない。


 それには彼女の心を強く惹きよせ、俺に好意を抱いてもらうことが肝心だ。


 もう、あのような悲劇を起こさないために……。


 ふと気になる点も増えた。

 可憐はなぜ命を狙われたのだろうか。


 とりとめて性悪しょうわるでも無さそうだし、男に色目を使い、手玉に取っているようにも見えない。


 どこに恨まれるような考えが生まれるのだろうか。


 いや、あくまでも表向きにいい面をしているだけかも知れない。


 俺は前回の人生で彼女と交際から婚約までに発展したものの、あまりにも彼女のことを知らなすぎた。


 結婚して一緒に生活したら段々と見えてくるのを理由に可憐に対して無関心過ぎたのだ。


 だから今度は可憐のことをよく知り、もっと可憐の素顔を知るべきである……。


 明日から彼女のことをよく観察して調査しよう……。


 ──後ろめたく探偵ごっこをやっている気分だが、それではその職業でやっている人たちに失礼に値する。


 彼らは好奇心で仕事をしているにしろ、その探偵という職に誇りをもって稼いで生きている。


 そう、普通は人間は一度命を失ったらそれで終わりの人生だ。


 だからこそ小さな火花でも、その一瞬の人生に賭けるかのように美しく華やかに咲くのかも知れない。


 一度死んで投げやりになりかけてしまった俺とは大違いだ……。


****


 待ちに待った次の日の放課後が来た。


 しかし、肝心の可憐がいつになっても

来ない。


 その現状に待ちきれなくなった俺は偶然下校中だった彼女の取りまきの女子生徒の一人に声をかける。


「えっ、可憐ちゃんなら今日は早退したよ。何か体調が悪いとか言ってたな」

「ありがとう。恩にきるよ」


「何、彼女に何か用なの?」

「まあな」


「そうなの。でも気をつけてよ。彼女のプライベートを知る人間はほとんどいないって噂だから」

「可憐はそんな娘じゃないさ」

「それならいいけどね。じゃあね」

「ああ、またな」

 

 俺に向かってバイバイと去っていく彼女に笑みを浮かべながら空を見上げると、ポツリポツリと冷たい雨の水滴が顔に当たる。


 また、今日の天気予報も外れたな。

 鞄から折り畳み傘を掴み、降り始めてきた滴を振り払う。


 俺は、その雨で湿りゆく地面を踏みしめるように校門へと向かった。


****


 小腹が空いた俺は帰りがけに行きつけのパン屋に寄り、弥太郎やたろうのおすすめの揚げたてのあんドーナツをかじりながら、いつもとは違うルートで帰ることにした。

 

 人間というものは飽きやすい性分らしく、たまには別のルートで歩まないと脳内に刺激がなくなり、ボケやすくなると聞いたことがある。


 別に俺はそのことわりにかかって実行したわけではない。


 ただ、いつもとは気分が違っただけだ。


 帰宅したら頭を悩ますような片割れの親父の面倒も見なければいけない。

 

 だからか、まっすぐに帰りたくない気持ちもあったのだろう。


「大丈夫? びしょ濡れだね」


 行く先が灰色のブロックのレンガで行き止まりで、その角の路地を曲がろうとした瞬間、聞き覚えのある声が耳に届く。


「にゃんちゃんは、この雨の中捨てられちゃったの?」


 間違いない、この声は可憐だ。


 そっと影から様子を伺うと、どうやらこの先はごみ捨て置き場になっているようだ。


 そんななかで水玉の傘を持った制服姿の可憐は、白く薄汚れた一匹の子猫に優しく語りかけながら胸にその子猫を抱いていた。


「人間って残忍だよね。こうやって要らなくなったらこんな風に捨てちゃうんだから」

「みぃ……」


可哀想かわいそうだね。まるで可憐と一緒だね。寂しさのあまりに大人の男性の気を惹いて付き合っても、結局は可憐が体の付き合いをこばむから飽きられて最後には捨てられちゃう。

──だからと言ってそこら辺にいる高校生なんかとは付き合えないよね。交わりたいことしか考えてなくて、まだ子供の考えの固まりだし」

「みぃみぃ……」


「そう、だから捨てられるくらいなら可憐がこの手でぐちゃぐちゃにしてきた」

「みぃ?」

「だから、君も楽にしてあげるね……」


 可憐が服のポケットから細長い棒のような物を取り出す。


「おい、可憐、何してるんだよ?」

「えっ、洋一よういちさん、どうしてここにいるのですか?」

「いや、とぼけるな可憐。その右手に持ってる物は何だよ?」


「あっ……」


 可憐が鈍い光を放つカッターナイフを子猫の首から離すと、その光り物の凶器に怖じ気づいて逃げる子猫……。


 その子猫に愛着が冷めたのか、見向きもせずに慣れた手つきでカッターナイフをポケットにしまい、彼女はいつもの笑顔でそっと立ち上がる。


「あーあ、見られちゃいましたね。どこから見ていましたか?」

「どこって、一部始終だが? それより今、何をしようとしていたんだよ?」

「洋一さんには関係ないことですよ」

「いや、関係ないわけないだろ。俺は君が……」


 俺の眼前から彼女の姿が消える。

 いや、消えたのではない。


 可憐は体制を低くして俺に抱きついてきただけだ。


 腹部に伝わる熱い痛みとともに……。


「……君が何ですか?」


「可憐、お前一体何で……」


 彼女は俺の腹に深々と刺さっていたカッターナイフを一気に引き抜き、俺はあまりの痛みにその場に崩れ落ちた。


 ドクドクと吹き出る感触に呼吸が荒くなり、意識が途切れそうになる。


 俺は何とか気を張りながら、可憐に質問をぶつけてみた。


「……何で……こんなことするんだよ……」

「さあ、自分の胸に聞いてみたらどうですか。この女たらしさん」

「可憐……それは誤解だ……。彼女とは何もない……ただ……君の行方を知りたくて……声をかけただけで……」

 

 可憐はあの時、まだ学校内にいたのか……?


 ……いや、そうじゃない。

 包み隠そうともしない取りまきの女子の一人だ。

 

 その気になったらLINAなどで伝えることも出来るだろう。


 しまった……。

 彼女にこんな感情の起伏きふくが激しい部分があったとは……。


 今回は俺の失態だった……。


「可憐……こんなことしてただで済むと思っているのか……? じきに警察が来るぞ……」

「心配入らないですよ。可憐のお祖母ちゃんは警察の組織と裏で繋がっていますから、楽に隠ぺいできるのですよ」

「……なっ、そんなことが……」

「警察のお偉いさんにお祖母ちゃんが大金を注ぎ込んで洋一さんを行方不明扱いにしてしまえばそれまでですから」


「……あらあら、残念です。もう亡くなってしまいましたか?」


 ケラケラと笑う彼女が最後に何かを語ろうとしていたか、俺には知るよしもない。


 俺は身体中の感覚を失い、深いまどろみに落ちていった……。

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