第3章 きっかけを手に入れるためには相応の努力が必要だ

第6話 振り出しに戻ったら休み時間だった

「おーい、大丈夫か? 生きてるか、返事をしろ、洋一よういち?」

「……ううん、ひょっとして弥太郎やたろうか。ここはどこだ?」

「ああ、そうだよ。ここは学校のグラウンドだ。私の蹴ったサッカーボールが見事にお前の顔面に直撃してだな。立てるか?」

「何だって? どこ見て蹴ってるんだよ!」

 

 俺は声を荒くして弥太郎に怒鳴どなる。

 自身の顔に触れると出血はしていないが、日焼けしたように肌がひりつく。


「そんなこと私に言われても足が滑ったんだから困る」

「それ普通、手が滑ったの表現じゃないか?」

「まあまあ、サッカーは手を使ったら反則なんだよ」


 弥太郎が足元に転がっているボールを拾う。


「よちよち、怪我はないか……」


 彼は落ちていたボールを拾い、赤子のようになぐさめながら抱きかかえる。


「それ普通、逆じゃないか?」

「もういちいち突っ込むなよ。洋一にはさっき慈悲じひをかけただろ?」


 弥太郎が呆れ返りながら、俺を軽蔑けいべつな目で眺める。

 

 ──そうじゃない、今はあのことを確かめなければいけない……。


「まあ、それはそうと目の前にお前がいるということは、今の俺は高校生なのか?」

「……はあ、やっばりその様子だと、脳にまでダメージがいってるか……」

「いや、はぐらかさないで答えろよ!」


 俺はムキになり、弥太郎の体操着の襟首を掴む。


「まあ、どうどう。落ち着けよ……」

「これが落ち着いていられるか!」


「どうしたんだよ、平和主義な洋一らしくないぞ?」

「だったらその平和条約を今すぐ破棄するからな!」 

「ひええ、新たな独裁者の誕生だ!?」


 俺は怯える弥太郎の襟首を手放し、置かれた物事の状況の把握はあくに努める。


 明後日の結婚式の前に刃物で殺害された恋人だった可憐かれん

意味深な老婆のマザー・デレサが語っていた過去に戻れる食材、

そして、蝶になって耳元で聞いた可憐が最期に呟いた言葉……。


『──あなたの仲間に可憐の敵がいます』


 ……あれはどういう意味だろうか……。


 ……あの可憐に敵がいるなんて考えられないが、抵抗をした痕跡こんせきも見せずに真っ正面からナイフを刺されていた部分については何となく納得がいくが……。


「まあ、無事に過去に来れたし、これから見極めていけばいいか」

「洋一、何、ブツブツ言ってるんだ?」

「ああ、俺は霊界の使者と知り合いでさ、さっきまで電波でコンタクトしながら話をしていたのさ」


 ……あながち嘘は言っていない。


「洋一、やっぱりお前、打ち所が悪くて頭がおかしくなったか。保健室行くか?」


「一撃必殺!」

「びでぶっ!?」


 俺の肘鉄ひじてつを腹部に食らった弥太郎が腹を抱えてうずくまる。


「ひでえや、流産したらどうすんだよ?」

「誰の子供やねん!」

「ハズイな、今さら私に何を言わせるんだ」

「恥ずかしいも何もオカマになっても男には妊娠はまずないぞ──さてと……」

「……酷いな、人権侵害だな」


 弥太郎のボケは放っておき、俺の視線は可憐を探していた。


 今の季節はちょうど秋。

 泥で汚れた紺の制服の校章を示すネクタイは緑で──緑色は二年。


 俺は隣でいる女ったらし妖怪アンテナに尋ねてみる。


「そういえばさ、陽氏可憐ようし かれんという転入生の女子について何か知らないか?」

「洋一、お前……」


 弥太郎が俺の発言にピクリと反応し、意外そうな瞳で俺を見ている。


「……何だ、俺、おかしなこと言ったか?」

「……いや、お前が女の子に興味を持ち、なおかつ女の子をフルネームで呼び、さらに呼び捨てで呼ぶなんて……お父さんは、いや私は、お前の成長が垣間かいま見れて嬉しいよ」


 しまった、将来、えんがある女の子だからいつもの癖で語ってしまった。


 俺は一度ループした状況だが、弥太郎にとっての世界は初対面だ。


 これからは発言には気をつけないといけない。


 まあ、今さらになっても遅いが……。


「……しかし意外だな。可憐ちゃん、今日来たばかりなんだぜ。出会ってすぐのその反応──なるほど一目惚れか」


 俺の頭の中が地雷を踏んだかのように身動きが止まる。

 

「それじゃあ、可憐が転入したということは、今日は9月1日か?」

「……いや、昨日が二学期の始業式になる1日で今日は2日目──って、おい、何ガッツポーズしているんだ?」


 俺はデレサのアイテムが起こした奇跡に感謝した。


 前回、可憐の存在を知ったのは10月、ちょうど体育の日に行われた体育祭だった。

 

 しかし、今回は彼女のことを前世で前もって知っているのでこれは好都合に値する。


 これは、またとないチャンスだ。


 あれ?

 でも待てよ、何かが引っかかる……。


「──まあ、いいか。悩むより行動だ」

「頑張れよ、洋一。香代かよさんは私がもらうから安心しろ」

「おい、それとこれとは話が別だ。勝手に人の母親に手を出すな」

「はいはい、相変わらずマザコンだな。あんなダイナマイトで美人の未亡人みぼうじん、いつまでも放っていたらもったいないぜ」

「もったいないも何も俺の親だからな?」


 俺は駄々広いグラウンドを足早に去りながら、ちょこまかとまとわりつく弥太郎の相手を仕方なくする。


 コイツ、そんなに暇人なのか?


『キーンコーン、カーンコーン♪』


 すると、校内に休みの終わりを告げるチャイムがこだまする。


 時計を見ると13時。

 どうやら今まで昼休みだったようだ。


 これから午後からは授業があるはず。

 だとすると可憐と接する機会は放課後しかない。


 でも、女の子を誘うのには勇気がいる。

 何かしら後付けの理由でも欲しいものだ。


 ──ふと、空から雫がほおに落ちる。

 気になって空を見上げると、いつの間にか灰色によどんでおり、次々と雨粒が降ってくる。


「そういえば、今日は昼から明日の明け方までずっと雨だったな。洋一、濡れるから早く教室に戻ろうぜ」

「そうか、この手があったか!」

「洋一、いきなり笑いだしてどうしたんだ?」

「ふふっ、笑わせてくれるも何も、天は俺を見捨ててなかったということさ。あはははっ!」


 俺は城壁を占領した軍曹ぐんそうのように腕を組み、高らかに上から目線で笑った。


「あーあ。ついに久々の甘酸っぱい恋愛体験に耐えきれず、洋一が壊れたか……」


 雨が降りしきる中、笑い叫び立ちつくす俺を見つめていた弥太郎は何事もなかったかのように静かにその場を去っていく。


 俺は体が濡れながらも弥太郎が桜木さくらぎ教師を引き連れてくるまで、ひたすら狂ったように笑い続けた。


 これは天がくれた願ってもないチャンスだと……。









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