第5話 輪廻転生するのを実際に体験するとは

 ──あれから、どれくらい眠っていただろうか。

 

 しばらくして失われていた体が生気せいきを取り戻す。

 

 俺は何とか止まっていた意識を回復させ、手足をバタバタさせて、空を飛ぶことに成功した。


 なぜ、俺の体はこんなに軽々として羽ばたけるのか。


 不思議に感じた俺が、その広場の近くに置かれていた、噴水が吹き出て貯まった鏡のような水面すいめんを覗くと、紺色のルリ色のラインが際立きわだつタテハ蝶の姿で俺は空を舞っていた。


 何だ? 

 こんな芸当ができる限り、やっぱり俺は人間じゃない?


 だが、何で俺はこんな見たこともある公園の風景を飛んでいるのか?


 目を凝らすと、ここはさっきまで彼女と弁当を仲良く食べていた場所と一致いっちする。


 俺が眼下に視線を落とすとニヒルなアヒルキャラのレジャーシートが視界に入る。


 そこで仲良く弁当を食べている二人組。

 その姿は見たことのある男と可憐だった。


 可憐かれん、無事で良かった。

 生きていたんだな。


 俺は歓喜かんきして螺旋らせんのようにヒラヒラと回りながら、可憐のもとへと飛んで行く。


 それにしても俺が殺され、早くも俺の知らない別の男といちゃつくなんて、彼女は無類の男好きだったのか?


 あの俺に一途だった彼女が惚れるなんて、一体どんな男だろう。

 

 俺は多少、切なげに舞いながら彼女の相手側をさりげなく見てみる。


「……ちょっと自販機でジュース買ってくるな。俺がおごるから可憐は何かいるか?」


 パンパンとホコリをはたきながら、立ち上がるその男は間違いなく、自分自身だった。


 これは、どういうことだ?

 目の前で俺が自販機の方向へ歩き出し、可憐は弁当を食べながらちょこんと座っている。


 ──俺が二人存在するなんておかしい?


 しかし、それ以前に引っかかる点がある。


 さっき可憐と話をしていた相手の会話の内容には聞き覚えがあるからだ。

 それは間違いなく俺が頭から考えてはっした言葉。


 もしや俺は蝶になったこの姿による、別次元の世界から自身の過去を見ているのか?


 だとしたら次に起こる出来事は決まっていた。


「よ、洋一よういちさん……」


 ──蝶の俺があわてふためき、可憐の方を見ると、彼女は白いワンピースの胸にナイフが刺さったまま、俺の名を力なく呼んでいた。


「……気をつけて、あなたの……仲間に可憐の敵がいます……がはっ……」


 そう言ったきり、可憐の頭は稲の実りのように落ち、それっきり動かなくなった。


 俺はこの瞬間に後悔の念を覚えた。


 今は変に考え込まずに、もっと早く彼女の異変に気づいていれば良かったのだ。

 

 そしたら可憐を刺した犯人が分かったかも知れないのに……。


 ──そこへ炭酸飲料を買ってきて、もう一人の俺が彼女の死因を確認していた。


 そう、あれは夢ではなかった。

 可憐は何者かによって殺害されたのだ……。

 

 ──やがて、その視界が消え、真っ暗な空間の密室の部屋に踊り出る。


『──どうじゃ。蝶から見て自分の過去を見つめてみた気分は』

 

 その部屋から、どこからか現れた、頭までフードに隠された紫のローブを着た老婆が俺の羽に触れ、そのまま体を捕まえられて、強引に緑色の四角い虫かごに入れられる。


 ──なっ、お前。初対面に対して失礼な行為だぞ。いきなり俺を捕まえてどうするつもりだ?


『まあまあ、そんなにカッカして怒りなさんな。あんた、まだ死にたくなかろう?』


 ──そりゃ、いならあるが……。


『そんなあんたに良い話があるんじゃが、ちょっと聞いてみらんかね?』


 ──こんな時に何だよ? 

 俺は今、状況整理で忙しいんだ。


『まあまあ、だからカッカせんと落ち着きなされ。あたいは時を操る闇の商売人、マザー・デレサじゃ。

──もしあんたが過去をやり直したいのなら、あんたの魂と引き換えに、それなりの方法があるのじゃが──どうじゃ?』


 ──何か、ううんくさい話だが……。

 これもまあ、乗りかかった船だな。


 それで、俺はどうすればいい?


『ほれっ、あんたは今、死体の血肉をむさぼるタテハ蝶じゃ。じゃからあたいが美味しく魔法の薬品と調合した、あの愛する人の血肉を吸え。そしたら過去の世界に戻れるわけじゃ』 

 

 デレサが虫かごを開け、ほのかな甘いミツが漂う、弁当などで使用する8号のアルミカップを俺の手前に入れてくる。


 ──冗談じゃない、俺の魂は俺自身の物だ。


 どこからか、やって来た怪しいおばさんに差し出すヤツがどこにいる?


 それに、俺にハイエナのように人間の死体を食らえと?


 しかも好きな人の体を。


 このおばさんは何本か、頭のネジでも飛んでいるのか?


『……そうか、あんたなら話が分かるかなと駆けつけたんじゃが、そんなに嫌ならこの話は無かったことにするかの』


 デレサが虫かごの出入り口を開け、餌を入れたまま、漆黒の闇へときびすを返す。


『まあ、せいぜい、あの世で彼女を探して仲良く暮らしなされ』


 ──ああ、そうさせてもらうさ。


 それにしても腹が減ったな……。


 腹が減った俺はフルーティーな香りにつられて、管のような口元を添えて、そのゼリーの中身を吸う。 


 ──あっ、しまった、そのミツを食べてしまった!


『うひゃひゃ。商売人を甘く見ないでな。わざわざ飢餓状態の時に呼びかけて良かったわい』


 ──何だと? デレサ、俺をまんまとはめやがったな!


『うひゃひゃ、契約完了♪』


 デレサが苦笑する中、虫かごが弾け飛び、人間の姿に戻った俺の右腕が光輝き、その右腕にⅥと数字が書かれた蝶の紋章が浮かび上がる。


『それではまた会う日まで。気をつけていってらっしゃいじゃ~♪ 』


 そのまま俺は、デレサの声かけにより、この閉ざされた暗闇の空間から、水蒸気のようにじんわりと姿を消した……。

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