第4話 恋人ごっこは終わり、二人は結ばれる

「──そう、面倒見の良かったお祖母ばあちゃんに期待させようとしても、結局はあの時の体育祭も、高校最後の体育祭も優勝できませんでしたね」

 

 ──彼女は黄色い巾着きんちゃくの紐を緩めながら、俺の肩に身体を預ける。


 あの体育祭から数年が過ぎ、高校、大学を卒業し、春になり、社会人になった俺たちは、休日を利用して近所の公園にピクニックに来ていた。


****


 ──まずは俺たちの馴れめから伝えないといけないな。


 あれから俺はあの高校二年生の体育祭の頃から、彼女──陽氏ようしさんが気にかかり、一週間後、落ち葉が舞い散る中庭で彼女に想いを伝えた。


 陽氏さんは前髪を前に垂らし、両手で顔を覆い、肩は小さく震えていた。


「もしかしたら嫌だった? ごめん……」


 彼女はうつむいたままの表情で顔を小刻みに左右に振っている。


「……いえ、可憐は嬉しいのです」

「えっ、それってどういうこと?」

   

 そのまま俺の両手を取り、温かな手で優しく包むこむ。

 

「可憐は洋一よういちさんのことが好きになって、この学校に来たのですから。あなたと接点を繋ごうとしたのもそのためです」

「えっ? 何だって?」


 陽氏さんの意味深な返答に意味が分からなくなる。

 

「あっ、恐らく洋一さんは覚えてないでしょうね」

「はっ、何の話だ?」


「可憐の両親が離婚して父母ともに離れて、独り身になり、東京に住んでいた可憐のお祖母ちゃんに引き取られる時に、遠方への引っ越しは嫌だと大泣きをしまして──その時、近所で知り合った洋一さんからなぐさめてもらって……」

「はあ、そんなことあったかな? 」


 記憶の片隅をいくら呼び起こしても、そのようなことは身に覚えがない。


 ただ、少しばかり引っかかる部分があったが、思い出そうとすると頭が痛くなってくる。


 俺は小さい頃に陽氏さんに会っている?

 なら、その記憶だけがすっぽりと抜け落ちているのだろう。


「そう無理に思い出す必要はないですよ。これからは可憐がそばで支えますから」

「……ということは?」

「はい。その告白、お受けいたします」

「ありがとう。よろしくね。これからは呼び方は可憐かれんでいいかな?」

「はい、よろしくお願いします」

「ははっ、恋人通しになっても喋りは敬語なんだな」

「あっ、一応、洋一さんは可憐より年上ですから 」

「いいよ。特に気にしてないから」


 秋空の下、体育祭の面影おもかげが残るグラウンドの下で俺たちの交際が始まったのだった……。


****


 こうして俺たち二人は体育祭で恋心を膨らませ、お互いのパートナーとして、この世界を楽しく過ごそうと決めたのだ。


「いよいよ、明後日ですね」 


 陽氏……いや、可憐が巾着袋から猫の顔型のお弁当箱を出して、中のおにぎりを堪能たんのうしている。


 ちなみに俺はランチタイムまで待ちきれずに一足先に食べていて、犬型の弁当箱の中身による、彼女が作ってくれたおかずを、すでに空にしようとしていた。

 

「……ほふっ、ほひゅひゅう」

「もう、お行儀が悪いですよ。口の中を空っぽにしてから喋って下さい」


 モグモグ、ごっくん……。


「……だな。明後日は俺たちの結婚式だもんな。これまで色々あったよな」

「そうですね。あれから5年、長かったようで短かったようで……ようやく可憐たちは本当のゴールに着いたのですね」

「いや、これからが新しい始まりさ。夫婦という共同作業のな」


 俺は陽気なアヒルの絵柄が描かれたレジャーシートから立ち上がり、軽くパンパンと座っていた部分のホコリをはたく。


「ちょっと自販機でジュース買ってくるな。俺がおごるから可憐は何かいるか?」

「ありがとうございます。それでは可憐はミルクの入った紅茶でお願いします」

「了解した♪ もし売り切れだったらどうする?」

「洋一さんのセンスに任せます」

「はいよ♪」


 俺は可憐を残し、噴水の先にある自販機の方向へと足を延ばした。


****


「可憐、紅茶はなかったから、とびっきり元気になれるお勧めを選んできてやったぞ」


 俺は炭酸飲料のエナジードリンク、コーラ味を彼女に渡そうとするが……。


「何だ、その格好で寝てるのか。しょうがないヤツだな」


 俺は座ったまま前屈みで寝ている彼女の肩を掴み、優しく揺り動かす。


「ほらっ、まだ春先だからな、こんな場所で寝ていたら風邪をひくぞ」


 ──そのまま体勢を崩して、レジャーシートの上に仰向けに倒れこむ可憐。


 その彼女の胸には鈍く光る果物ナイフが刺さっていた。


「……なっ、何の冗談のつもりだよ?」


 段々と白から血の色に染められていくワンピースに、そして俺が抱え込む白いロングTシャツにもにじんでいく血の紋章。

 

 彼女の顔色は青ざめて、すでに息はしてなく、血色もない。


「か、可憐っ。どうした!!」

 

 俺は力強く彼女を抱き締めて、力の限り彼女の名前を呼んだ。


 もう彼女には、俺の言葉は届かないかも知れないが……。


「──キャーッ、人殺しよ! 誰か警察を呼んで!」


 すると、近くにいた家族水入らずの母親が張り詰めた空気の中、甲高い声で叫ぶ。


「違う、おっ、俺じゃない……」


 俺は恐怖に動転しながらも足を取られて動けない。


 ──しばらくすると、武装した警察官二人が俺の前へやってきた。


「警察だ。殺人犯、そこを動くな! 動いたら撃つぞ!」


 分厚い防弾チョッキがさまになった警察官二人がコードの付いた黒い拳銃を俺の方へ向ける。


 こちらの頭に怪しく光る銃口。

 俺はその時、死を理解した。


「ぐああああー、だから、誤解だ。俺は殺してない!!」


 俺は半ば、発狂はっきょうしながら警察官の方へタックルして、その勢いで逃げようと前へ飛び出した。


『パアーン!』


 しかし、片割れの警察官はその隙を逃さなかった。


 次の瞬間、俺の体に鈍い痛みが貫かれ、永久な暗闇に迷いこむように意識が飛んでいった……。


****


 ……可憐、守れなくてごめんな。


 もし、あの世で会えたら君に謝るよ。


 そして、そこで出会えたら今度こそ幸せに暮らそう。

 

 だから、それまでさようなら……。

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