第7話 放課後の帰り道、少しでも胸に刻めたら
軽やかなチャイムが雨音と調和してリズミカルに流れ、凛とした校舎に響き渡る放課後の夕暮れ時……。
──今日の授業を終えた俺は、下駄箱で
いかに転入初日から陸上部に入っている? 彼女もこんな雨では練習はできないだろう。
ましてや、今日のTVの天気予報では曇りではあるものの、外は雨が降るとは言ってなかった。
……となると彼女が傘を持っている可能性は低い。
そして、この雨の中で俺がさりげなく傘の輪に入れて、相合い傘で下校してこちらへ気を惹かす。
そう、乙女恋愛育成計画は万全だ。
──しばらくすると下校中の生徒から見知った顔が近づいてくる。
間違いない、可憐だ。
隣に女子がいるということは、どうやら友達と帰る様子だろう。
しかし、隣の女子もどこかで見たような……。
だが、ここからでは可憐の体に隠れてよく分からない。
さて、それはそうとこちらの状況は整った。
上手い具合にいくだろうか……。
俺は下駄箱先で一本の黒い傘を持ちながら彼女の行動を離さないように
「あれ、やだな。雨降ってるよ。可憐、傘持ってきた?」
「はい、携帯傘ありますから。どうかしました。
「うん。天気予報では雨とか言ってなかったからね。どうしよう……」
そうか、隣は日向さんだったか。
転入して1日目にして早くも放送委員と友達になるなんて、引っ込み思案な俺には中々できない貴重な体験だ。
「だったら可憐の傘を使って下さい」
「ええっ、いいの。可憐が濡れちゃうよ?」
「気にしないで下さい。可憐、もう一本持っていますから。それにこれから塾があるのでしょ?」
「うん、ごめん。ありがとね」
そう言ってピンクの折り畳み傘を受け取った日向さんは雨の中、バシャバシャと道を駆けていく。
そんなに走ると制服が汚れると思うのだが……。
すると、校門の辺りで立ち止まり、こちらへ日向さんがくるりと向き直る。
「ありがとう、この埋め合わせは今度するね!」
ここからでも分かる嬉しそうな顔つきで手を振って彼女は帰っていった。
「……さてと、出番だな」
……俺は静かに歩みより、可憐の隣へ並ぶ。
それに対して多少驚く彼女。
無理もない、彼女は一学年で俺は二学年。
しかもこの学校に来たばかりで、相手は見ず知らずの男。
……俺たちは簡単な自己紹介を終えて、今度は可憐に気になったことを投げかける。
「
俺はすかさず思ったことを呟いてみる。
「えっ、どうして分かるのですか?」
「だってその小さな鞄に傘が二本も入っていたら他の物が入らないだろ──それにさっきから下駄箱で雨が止むのを待っているしな……」
「凄いですね。まさに名探偵
「別にいいさ。俺も可憐って呼んでるし。それに君とは初めて会った気がしないから」
「あっ……それは……」
「うん、どうかしたのか?
しまった。
口が滑って『会ったことがある』とか
向こうは今、俺と出会ったばかりなのに。
冷静さを欠いて興奮して
何という失言だろう……。
まあ、相手は鈍感のようで俺の発言など気にしていないようだ。
俺はできるだけ冷静を保ちながら黒い傘をゆっくりと開く。
「じゃあ、洋一さん。お言葉に甘えてお隣よろしいですか?」
「ああ……」
俺たちは二人で肩を並べ、相合い傘で路面を歩く。
緊張の面持ちか、足を踏み入れる度に水溜まりがピチャピチャと
どうしよう……。
いざ二人になると話したいことが浮かばない……。
頭の中からのプログラム回路は真っ白で、体を前へと一歩ずつ進み出すのに精一杯だ。
「……洋一さんの話は日向さんから聞きましたよ。口は悪いですが、中々の好青年だと」
「そんなことないよ。俺なんてろくでなしだ」
「いっ、いえ、そんなはずはありません!!」
可憐は肩で息をしながら、いきなり大きな声で叫ぶ。
それを偶然耳にした通りかかる主婦達が『若いって素敵だわね~♪』と言いながら
「こ、声がデカイって……」
俺はあわてふためきながら、彼女をなだめるのに必死になる。
「洋一さんは覚えてないかも知れませんが、可憐は……」
大きな水溜まりに自身の顔を映しながら、言葉を
何か俺と訳ありなのだろうか?
「よう、洋一。今帰りか?」
そこへ、あんドーナツを口にくわえた
「──何だ、お前、女に目覚めたと思ったら
「違う、そんなんじゃなくて……」
「いや、そんなんじゃなく、どこからどう見ても明らかにデートしてるじゃんか?」
弥太郎が食いかけのパンを一口で飲み込み、片方にあった350ミリ缶の微炭酸飲料をグビグビと飲み干す。
コイツは仕事帰りのおっさんか?
「──あっ、どうやら雨が止んだようですね。それでは可憐は先に帰ります」
雨上がりに綺麗な虹が刺し、穏やかに晴れていく
そんななか、俺たちの関係を
「可憐、明日も会えないか? 色々と話したいことがあるからさ」
俺が背中を向けた可憐を呼び止めた
「はい、分かりました。また放課後に下駄箱で待っています……」
そのまま、可憐は振り向きもせず反対側の歩道へと歩いていった……。
****
「おいおい。何だよ、いつの間にそんなに仲良くなったんだよ♪」
「お前には関係ない」
「つれないな。同じ釜の飯を食いあった仲だろ♪」
「あのなあ、公衆の面前で誤解を生む発言は止めてくれるか?」
俺は可憐のことで頭が一杯だった。
とにかく今は彼女への好感度を上げないと、未来の花嫁を救うことはできないからだ。
「──焦るな。まだ十分に時間はある」
「時間って何の話だよ?」
俺はうるさいハエ? を追い払いながら自分に言い聞かせる。
「……いくら何でもハエは
「ヤバい、声に出ていたか。すまんな、フライよ」
「……あのさあ、英語で発音しても一緒だよな?」
「構うな。そんな俺を許せ」
「一体どこの宗教の発言やら……」
そんな性癖にノーマルな俺は弥太郎とは、ある程度距離を置きながら、ゆっくりと家路に向かうのだった……。
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