8 妹に会いに

ゼジュービは熱い紫色の麺をふぅふぅしながら、ズーっとすすった。


「ゼジュービってほんと雨内好きだよねー」


デアナがからかうように言うので、ゼジュービも言い返そうと口を開く。


「ふぇふぁふぁふぁっぇふぉふぅふふひぃふぁん」

「ちょっと、口に雨内大量に詰め込んだまま言わないでよねー」


急いで雨内を飲み込むと、半眼でデアナを睨む。


「デアナだって包歩ほうぶ好きじゃん」

「でもほらー今日は天薔薇添えのハンバーグ定食」


背を伸ばしてデアナの皿の中をのぞくと、美しい金のバラの花びらが散ったおいしそうなハンバーグが乗っていた。

見なかったことにして雨内を口に運び込む。

ブローディアのほうをちらりと見ると、困ったような顔で微笑んでいた。


「それにしてもさ、天薔薇添えハンバーグマジで美味いからゼジュービも食べてみ?一切れあげるから」

「ありがとう」


サラダが乗っていた皿にハンバーグを乗せ、ぱくりと食べる。

噛みしめるとじゅわりと口に広がる肉汁はジューシーだ。それに天薔薇の芳香がねっとりと絡みつき、ニヤニヤ笑いが漏れそうになった。


「美味いね」

「でしょ?ブローディアたんがおすすめしてくれたの」


(天薔薇は天界の植物だもんな、ハンバーグは地上料理だし)


「私の包歩定食はデアナが提案されたものなのです」


そう言ったブローディアは、キャベツの葉に包まれた甘い根菜の煮つけをかじっている。

(デアナなら包歩提案すると思った)


「どう?包歩おいしい?」

「ええ。もう少し甘みのあるほうが好きですが」


食べている間に食堂もだんだんと人が多くなってきた。

(そろそろ帰りたいな)

勢いよく雨内をすすると、咀嚼する。


「…ゼジュービってサラダ好きなのですか?」

「あぁ、食堂のおばちゃんがいっつもサラダめっちゃおまけしてくれるから、多いだけ」

「あの人と仲いいよね、ゼジュービ雨内好きだから」

「それよりそろそろ食堂でない?混んできたよ」

「そうだね」

「そうですね」


雨内の汁を飲み干すと、サラダに手を付け始めた。

(多いな)


「ごちそうさま!よいしょっと、私ちょっと先帰るね」


デアナはそう言うと席を立ち、鈴の音をしゃりしゃりと響かせながら去っていった。


「あらあら、デアナは早いですね」


そう言うブローディアはまだサラダとスープが残っている。


「私、妹がいるんです」

「そうなの」

「名前は天羅てんら…いえ、ローレンティアと名乗っています」

「ブローディアと似てるね、名前。天璃と天羅だし、ブローディアとローレンティアだし」

「ええ、ローレンティアって、妹の好きな花の名前だそうです」


そう言ってブローディアはポケットをさぐり、しばらくして一輪の花を取り出した。


「これがローレンティアの花です」


先がとがって、ツヤのある5枚の花びらは青みの紫色だ。

包み込んでくれるように力いっぱい開いたところが、健気な雰囲気で愛らしい花だった。


「花もブローディアに似てる…きれい」

「ありがとうございます」


ブローディアは食べ終わったサラダのボールをわきに押しやると、スープをすすり始めた。


「妹も私とともに魔界に堕とされました」


そう言って悲しそうに窓を見るブローディアの横顔はやっぱり綺麗で、花のブローディアのようだった。

(どんな人なんだろう、ローレンティアって)


「会ってみたいな」


思わずつぶやいていた。


「いいですよ」


ブローディアは、花が開くようににっこりと笑った。

ゼジュービは魔界トマトをぱくりと口に入れた。


「今日の夜にでも会いに行きましょう」

「…いいの?」

「はい。きっとあの子も喜びます」


ゼジュービはぷっとふきだした。

ブローディアが不思議そうにゼジュービを見る。


「どうかしましたか?」

「いや、保護者みたいだなと思って」

「実際保護者みたいなものなので」

「ってわけで、じゃあ今日の夜に、ね。先行くね」


ゼジュービは席を立つと、惠南の布袋を抱いて食堂を後にした。

(ローレンティアか。会うのが楽しみだ)

ブローディアに似てお淑やかでお上品で綺麗なんだろうな、と勝手に想像する。

ブローディアと違って根元がクリーム色のグラデーションになっているふわふわの胸までの髪、明るい水色の瞳。背はデアナくらいで、ブローディアとお揃いの服で…

楽しげに想像を膨らませていると、また後ろから視線を感じた。

(んん?)

やはり、そこには誰もいなかった。

(疲れてるのかな、私)

前を向いてしばらくするとまた視線を感じたが、それにはもう動じないことにした。

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