9 ローレンティア
職場に戻り、午後の仕事が始まった。
(今日は割と死人が少ないな)
昼休みの間にできたらしい列もすぐなくなり、暇な時間になる。
ボーっと遠くのほうを見ているとまた何かが動いている姿が目に映った。
(なんだよ、また)
人影のほうに目を向けると、さっきの女の子がいた。
ゼジュービとしっかり視線を合わせて真剣な顔でこちらを見ている。
「君、何か用?誰なの?」
「…ん、ん」
女の子は指で空中に何か書き始めた。
『ささま せつ』
「セツちゃんって言うの?」
女の子はうなずいた。
「で、何か用?」
「ん…んん、んー」
セツは何かを指で空中に書こうとしたが、諦めたようで下を向いた。
「ごめん、魂来たからあっちで遊んでて」
それを聞くとセツは素直に中庭へと歩いて行く。
(まったくあの子は何者なんだか)
仕事が終わり部屋に戻ると、ブローディアが既に待っていた。
(そうだ、ローレンティアに会いに行くんだった)
「行くの?」
「行きましょう」
ベッドのほうに行って、お土産にと果物の入ったかごに唐草模様の風呂敷を2枚乗せ、ゼジュービは「準備できたよ」とブローディアを見た。
「じゃあ、行きますか」
ブローディアが立ち上がり、ウィンドウチャイムを鳴らしてドアを押す。
「ローレンティアってどこに住んでるの?」
「セシル寮の東棟です」
「セシル寮か…」
魔宮の寮は、そこの最上階に住む魔帝の妃4人の名前がついている。
女子寮はセシル寮、ソニア寮、ルイザ寮、レティシア寮があり、それぞれ東棟と西棟がある。
ちなみにゼジュービの寮はソニア寮だ。
「なんでソニア寮に来なかったんだろう」
「なんか…空き部屋がなかったみたいで」
「そうか」
ソニアに許可を取って寮を出るとセシル寮へと歩き出した。
空はだんだん暗くなってきている。
10分ほど歩いてセシル寮に着くと、セシルの許可をもらって中へ入る。
セシルの許可を取るのが大変で大変で、ただ許可をもらうだけなのに2分くらい時間を使ってしまった。
「ローレンティアは203号室にいます」
東棟のほうへと歩いていくと、どうやら絵の具で塗ったらしく、派手なオレンジの木に「ローレンティア」と丸文字で書かれたネームプレートを発見した。
「この部屋?」
「そうみたいですね」
トントンとノックすると、「入ってください」と声が聞こえた。
ドアを開けるのをためらうゼジュービに代わってブローディアがギギーっとドアを開ける。
「ローレンティア?」
「おっ、姉ちゃんやん!」
どぎまぎするブローディアにはお構いなしにぎゅっとブローディアに抱き着いたローレンティアは、ゼジュービが思い描いていた人物像とは全く違っていた。
鮮やかな橙色の髪を右だけ一筋結って残りをおろす髪型は、ブローディアと似ていた。
なまりのある口調は元気に満ち溢れていて、聞いているこっちまでテンションが上がる。
純色の紫に装飾のされた元気なTシャツに、短いショートパンツを合わせている。
「あれ?ゼジュービやん!なんでここにいるん?」
「…どうして知ってるの」
あまりの驚きにそう尋ねるとローレンティアは急にそわそわした。
「あ、えーと…。見かけたことあるなと思って」
「あぁ、そう。私は今ブローディアの相部屋だ」
ローレンティアが不思議そうな顔をする。
「ブローディア…?」
「あぁ、私のことよ。天羅がローレンティアになったときに私はブローディアになったじゃない?覚えてないの?」
ローレンティアは急にパッと明るい表情になり、ぽんと手を打った。
「そういえばそんなこともあったような気ぃするなぁ!そうか、ブローディア言うたら天璃のことか!」
「もぅ…忘れっぽいわね。そうよ」
(なかなか癖の強いキャラだな)
「まぁ入って入って~!」
ローレンティアにすすめられて部屋の中に入ると、ゼジュービは落胆の声を出した。
「はぁ…」
「ん?どうしたん?中級魔さんよぅ」
「ローレンティアさ、部屋汚すぎないかな?」
「うっ…」
そこにはありとあらゆるものがごちゃごちゃと積み重なっていた。
例えば衣類。例えばぬいぐるみ。竹の水筒まで転がっている。
「ほんっと、ローレンティアったら相変わらずお部屋の掃除してないんじゃないの?」
「え…?いや、してる、してるって…。ベッドの上だけ」
「ベッドの上だけなのか…」
(まぁいいか)
逆にこの娘の部屋が超綺麗なら逆におかしいなと笑うと、果物の包みを取り出す。
「甘いものは好き?」
「んー、まぁまぁやな」
ゼジュービはかごの中から橙色の皮をまとった、卵型の小さな果物をいくつかと、黄緑色にピンクの斑点の果物をとりだすと風呂敷に包んだ。
「ほら、お土産」
「え、お土産?!おおきに!」
ローレンティアはさも嬉しそうに包みを受け取るとソファーに座った。
「ほら、座って」
ソファーに座るとローレンティアは風呂敷をほどき始めた。
「それにしても今どき風呂敷って…レトロやな。ロマンがあるっちゅうかなぁ。いいもんやわ」
「そう?」
「ええ、そう思いますけど」
腑に落ちないままローレンティアが風呂敷を開けるのを待つ。
「うわぁ、果物やん!魔界のやつ?」
「そうだよ。どっちも皮付きのまま食べれるよ。
ゼジュービは黄緑色のフルーツを指さしていたのをやめ、今度は橙のフルーツを指さした。
「
ローレンティアはまず茄雪の方に手を伸ばすと、パクリと食べた。
「ローレンティア、それって甘い?」
「ん~。甘みと酸味がマッチしておいしいよ」
その言葉を聞いてブローディアも茄雪に手を伸ばし、小さくかじった。
「!!…酸っぱすぎないかしら?!」
「まぁ甘党のブローディアには酸っぱいと感じられることもあるかもね。一応高級フルーツなんだけど」
「姉ちゃん、どんまい!」
―夜の果物パーティーが始まった。
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