6 あずき色

翌朝起きてみると、窓から溢れる眩しい太陽の光がゼジュービを包み込んだ。


「んん…」


ベッドから起き上がってもう一度目を閉じ、伸びをする。

久しぶりによく眠れた。

目を開けると、窓と重なって誰かのシルエットが視界に映った。


「ええっ誰?!」


反射的に口にしてから昨日ブローディアが来たと思い出し、ほっと溜息をつく。


「なんだブローディアか…」

「おはようございます」


優雅にソファーに座って、蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキを頬張っているブローディアがにっこりと微笑む。


「おはよう」


とりあえずクローゼットからシンプルな杏色のワンピースと、白地にえんじ色の小花のジャケットを取り出し袖を通す。

(このパジャマ割ときついんだよな)

3年前に買った空色の猫の柄の入ったパジャマはゼジュービのお気に入りだが、流石にもう小さい。

これでもまだ16歳である。

ブローディアはというと、真っ白なブラウスに黄色やオレンジの装飾の付いた朱色のスカートを合わせ、白に朱色の刺繍が施されたジャケットを羽織っている。

(センスいいな)

ブローディアの足元は天使風の編み上げブーツだ。

ゼジュービはいつもは断熱効果のある木靴をはいている。



髪をとかすと、朝食を食べにソファーへとむかった。


「ゼジュービの分のパンケーキも作っときました」


ブローディアはパンケーキの皿をそっとゼジュービに差し出した。


「ありがとう」


ブローディアの物よりも蜂蜜がたくさんかかっている。

(正直蜂蜜よりメープルシロップの方が好きだな)

甘いのは好きだが蜂蜜よりはメープルシロップの方が好きだった。

(あとバターが欲しいな)

キッチンにバターを取りに行き、一欠片パンケーキに乗せる。


「じゃあ、いただくね」


まだほんのり温かいパンケーキは、パンケーキそのもののミルクの香りと甘み、バターの塩味、それに蜂蜜が絶妙に絡み合い、唸りたくなるほど美味だった。

(でもなんでこんな甘いんだろ)


「…おいしい!」

「ありがとうございます、良かったです。パンケーキの生地に惠南の果肉を少し混ぜてみたんです」


(なるほど、惠南が入ってるからこんなに甘いのか)


「惠南、気に入ってくれてよかった」


ブローディアは、パンケーキに添えられたホイップクリームを口の周りにたっぷり付けた顔でにこりとした。

ゼジュービも口周りにホイップクリームがついていたらしい、こらえきれずに二人とも同じタイミングでクスクス笑いあう結果になった。

まぁ、パンケーキは美味しかったから別にいいだろう。



朝の支度が終わり裁きの間へとむかうと、ウルダーシュが待っていた。


「おはようございます。昨日はすみませんでした」

「おう、おはよう。で?何の話だったんだ?武闘魔王からは。愛の告白か?」


ゼジュービは半眼でウルダーシュを睨み、ため息をつくと言った。


「違います!なんか私がパソコンについて学ぶために地上に派遣されることになったそうです」

「パソコン?聞いたことないなー。なにそれ?」


(パソコンをパスコンとかパサコンって言ってた武闘魔王よりはマシか)


「突起を押すだけで作業ができる魔法の道具です」


(少々大げさに言ったが別にいいだろう)

デジュービはニヤリとした。


「へぇー。すごいねそれ。頑張ってね!」


ウルダーシュは目をキラキラさせてそう言った。


「あ、地上には彩波の麗がいるよね、気を付けてね」


あぁ、結局誰もが彩波の敵なのだ、とデジュービは長い睫毛を伏せた。


「わかりました」


(ブローディアは彩波に対してどんな考えを持っているのだろうか)

(あ、今日はブローディアのために惠南を買って帰ろう)

そんなことを思いながらいつもの仕事を始める。


「え、閻魔大王じゃないの?」

「違うっぽいね、でもあの人も怖そうだし結局おんなじじゃない?」


(またか)


「始めるから静粛に」


仕事で使う感情のない表情を呼び出し、固める。

(地上に出たら麗と会いたいけど…どうやったら会えるんだろ?)

裁きの言葉を口にしながら、心の中では地上を想像してふふっと笑っている。

(麗は確か日本にいるとかデアナが言ってたな)

まだ知らない異国。少し怖いような気もする。

そういえば、ターニャは地上にあこがれていたとか言っていた―

地上、地上なんて今のデジュービはあの噂のターニャみたいだ。

デジュービは失笑した。

(ターニャ、か。神帝の箱入り娘だもん、どうせずっと一部屋に押し込められて住んでたんだろうよ。そりゃあ他の世界にあこがれるよね…知らないけど)

4人、5人と裁き終わり、目の前に並んでいた列が一旦無くなる。

暇つぶしにファイルをペラペラめくって名簿を見ていると、視界の端でうろちょろと影が動いている。

ゼジュービは顔を上げると影のほうを見た。

(えっ)

それはゼジュービによく似た5歳くらいの小さな女の子だった。

赤が一筋混じった黒髪を無理矢理お団子にまとめ、あずき色の飾り気のないワンピースに、白いマントのようなポンチョを羽織っている。


「どうしたの?裁かれるべき魂ならそこに並ばないとだよ」


女の子は顔を上げてぶんぶんと首を横に振った。


「違うんならちょっと仕事の邪魔になるからここじゃないところで遊んでいてくれる?」


女の子は一瞬きょとんとしたが、すぐにこくりと頷くと中庭のほうに歩きだした。

それと共に裁かれる魂もやってきた。


「はい。じゃあ始める。名前は」


裁判を始めても、さっきの女の子のことが何故か頭から離れなかった。

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