5 ブローディア

「なんで天璃がここに?!」


驚きすぎてあわあわしているゼジュービに、天璃(らしき人物)はそっと微笑みかけた。


「今日から相部屋のブローディアと申します、前の世界では天璃と呼ばれていましたがこの世界ではもうその名は捨てました」

「やっぱり、天…璃…」


ゼジュービはジリジリと後退りしながら言う。


「ブローディアと呼んでください」


ブローディアは困ったような笑顔を浮かべながら、部屋の中に手招きしている。


「あー、はい。ブローディア…?」

「あと敬語もお辞めください、あなたは私より大分、位が上じゃないですか」


ゼジュービは少し興奮が収まり、恐る恐る部屋の中に入ることにした。


「そう…だね、これから相部屋なんだね」


(くっそ、ウルダーシュも武闘魔王も何も教えてくれなかったじゃないか)

ゼジュービは窓際のソファーにゆっくりと身を沈めた。


「これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく、ね」


やっと冷静になりブローディアと挨拶をかわす。


「そういえばさ、なんでブローディアって名前なの?」

「ブローディアは私の好きなお花の名前なんです」


ブローディアはそう言ってドアの近くの棚へと歩いていった。そして棚の扉を開けると中でごそごそ何かをし、それを取り出した。


「これがブローディアの花です」


それは可憐な花だった。6枚の薄い青色の花びらが、露を浮かべて輝いている。それぞれの花びらが、薄い青色の真ん中に、深く澄んだ空のような色の筋が走っている。

見ているだけで何かに包まれて守られているような気持ちがする花だった。

ほぉっと見とれるあまりに気まずいような時間が過ぎ、やっと出てきた言葉は


「…奇麗な花ですね」


それだけだった。


「もぅ…敬語はやめてくださいって」


ブローディアは右手を口に当てて上品に笑った。

それにしても。


「ねぇ」


ゼジュービは真剣な顔で言った。

知りたい。好奇心が疼く。


「なんで堕ちてきたの?」


その声とともにブローディアの顔が急速に曇っていく。

(聞いちゃダメなやつか)

そりゃ自分の罪を言いたがる人なんていないよな、と反省し、慌てて言う。


「ごめん、今の忘れて」


ブローディアは溜息をついた。


「…申し訳ないです」


ゼジュービは持っていたフルーツの最後の一欠片を口に放り込む。

窓の外からは月の光がまっすぐに差し込んで、壁にきれいなひし形を描いている。

ゼジュービははぁ、と息をつくとソファーの背もたれにもたれかかり、天井を見つめた。

ちらりと横目でブローディアを見ると、紅茶だろうか、真っ白な陶器のティーカップに何かを注いでいた。

気まずい沈黙が流れる。

(そういえばこの部屋ちょっと暑いな)

ゼジュービは白地に薄いえんじ色の小さな花の刺繍がちりばめられたジャケットをさっと脱ぐと、竹のハンガーに掛け、クローゼットに吊るした。

ソファーに戻りどっかり座るとなんだか眠たくなってきて、目を閉じる。

まどろみが目の奥に絡みついてくる。


「ゼジュービ…様、これどうぞ」


その声にうっすらと目を開けると、ブローディアが白いティーカップをソファーの前の小さなテーブルに置いていた。


「ありがとう。ゼジュービ、でいいよ」


流石に様付けされるのには慣れていない。

ブローディアは「はい」と笑うとテーブル越しにある反対側のソファーに腰かけた。


「これ、天界で有名なハーブティーなんです」


明るい橙色の茶にふぅ、と息を吹きかけると、真っ白な湯気がふわりと立ち上り広がっていく。

ひんやりとした持ち手を掴みカップを持ち上げると、どこか薔薇のような、華やかな香りが鼻をくすぐる。


「そうなんだ…美味しそう」


そう言ってカップに口を近づけ、紅茶を一口すする。

フルーティーな味わいとほどよい苦みが舌に絡まり、飲み込むとすっきりとした後味が広がる。


「ほぉ…おいしい」


紅茶の余韻はまだ口の中に残っている。


「安眠効果とリラックス効果があるんですって」


ブローディアもカップに口をつけた。

(じゃあついでに私からもおもてなし(?)を)

ゼジュービはもう一口茶を飲むと、ソファーから立ち上がった。

そのままベッドのわきに常備している籠を取ると、ソファーのもとへと戻る。


「お茶と一緒にどうぞ、魔界のフルーツだよ」


籠の中には、先ほど武闘魔王の間でもらったのと同じ種類のフルーツや橙の皮をまとった卵のようなフルーツなど、とにかくたくさんの果物が入っている。


「これとか、ブローディアの花みたいですね」


ブローディアは、水色に青い筋の入った、横から見るとハート型に近い果物を手に取った。


「確かに。それは『惠南エナン』っていうフルーツだよ、めっちゃ濃厚な甘さでおいしいよ。一番外側の皮はむいて食べなきゃだけどね、毒があるから。内側にもう一つ皮あるけどそっちは食べても大丈夫だよ」


ブローディアは惠南の皮をむき、白い内側の皮ごと横からそっと一口かじった。中の薄い黄緑色のとろとろした果肉が顔を出す。


「ホントだ。甘くておいしいですね…」


ブローディアはそう言って嬉しそうに目を細めた。

ゼジュービも紅茶を飲み干し、惠南を一つむいてかじる。

(ブローディアって甘党なのかな?)

そんなことを考えていると、紅茶のせいか急に眠気が襲ってきた。


「あー、ちょっと眠くなってきたから先寝るね」


いつまでも嬉しそうに惠南や他の果物を楽しんでいるブローディアを置いてゼジュービはさっさと寝る支度をし、倒れるようにベッドに横たわると、すぐに眠りについた。

だから、もちろん、ブローディアが夜遅くまで魔界フルーツを満喫しながらパソコンでweb小説を書いていたことなど、気づくわけがなかった。

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