第34話 トヤマ 一斉、攻撃
「よっしゃあ!! ようやくだぜ、こんちくしょうめが!!」
「見ろよ、オレたちが作ったダムを!! まだまだ全然耐えられるじゃねえかよ!!」
「おいみんな、あのクソヘビの顔を見てみろ!! 奴さん、驚いてやがる、ざまあねえ!!」
「はっはっ、こいつは傑作だぜ!! あの間抜け面を活け造りにして食ってやりてえぜ!!」
いまだ晴れ切らぬ飛沫の中、ダムの中から外に顔を出した作業員たちが割れんばかりの歓声を上げた。辛酸を舐めた日々を思い出し、声を上げて泣き叫び、かと思えば笑い、彼らはハイタッチで健闘を称え合った。
その光景を見下ろしていた黒竜は、悔しさを噛み締めるように一度体をしならせ、小さく喉を震わせた。そして怒りに震える四眼を複雑怪奇に動かし、ダムに新たな狙いを定めた。
天に放たれた咆哮。クロベ川の水流は主の命に応えるべく、新たなるうねりを生み出した。
――来る。またあの津波を呼び寄せ、再度猛攻を仕掛ける気だ。作業員たちは歓喜から現実へと意識を引き戻され、ざわめいた。
「おいおい……あれだけの津波を呼び寄せておいて、まだ力があるっていうのかよ……!」
俺は自嘲的に吐き捨て、黒竜の底知れぬ力に畏敬の念を抱き、――しかしそこで「計画通りだ」とほくそ笑んだ。
「だけどな、お前のターンはもう終わったんだよ!」
俺の声を引き金に、上流より一陣の疾風が姿を現した。
「はっはっはっ! 野朗ども、今度はこっちから攻める番だぜ!」
上流よりサーフボードに乗って現れた百人の集団。その先頭を軽快なボード捌きによって突っ走る金髪アロハ姿の快男児――ケイは、手に持った長銛を掲げて一団を鼓舞した。
彼らは前もって上流で待機していた別働隊だ。竜の猛攻をしのいだあと、頃合を見計らって攻撃すべく編成された、リザードマンを主戦力とした水上突撃部隊だ。
「ケイ、あまりはしゃぎすぎて川に落ちないようにしてください。いくらあなたの生み出したマギテスの風がサポートしているといっても、転ぶときは転びますよ」
「はん、オレが転ぶなんざ日ノ本が転んでもありゃしねえ! オラオラ!! いくぜぇ!!」
ケイはリザードマンのたしなめにも、「知ったことか」と言いたげに無駄に左右にボードを振ってみせると、気合と己の魔力で突風を呼び起こす。馬よりも速い激流の速度を生かし、そしてさらなる突風によって加速させた突進力を以って、彼らは黒竜へと突撃を敢行する。
黒竜の不意を突き、仕上げと突風に乗って空へと舞い上がったケイとリザードマンは、マギテスによって強化された長銛を構え、黒竜へ体ごとぶつかっていく。
鋭く尖る長銛の先端が、魔力の残滓を漂わせ、鉄よりも硬い黒竜の鱗を突き破る。
全身に取り付くリザードマンたちの強襲に、黒竜は苦悶の声を上げ、彼らを取り払おうと暴れ狂った。
「よ~しっ! 撤収すっぜ!」
彼らは一定の成果を認めると、あっさりと攻撃を止め、ボードを操ってダムへと飛び逃げていった。全身を刺された痛みに黒竜は怒り、巨体をしならせて彼らを追うが、それが罠だと気付いた時には手遅れだった。
「かかった! 泉さん、やってください!」
「はい!」
俺の合図に、ランスロットは凜とした声で臨んだ。
彼女は、彼女が率いていたマギテス使いたちより魔力を譲り受けると、アロンダイト・村雨によって宙を一度二度と切り裂き、高らかに詠唱する。
「我が命により、激動は衰微に落ち、流動は静寂へと至らん!! 汝の力は薄暮にて斜陽、我が意のままである!!」
祝詞の如く歌い上げ、そしてアロンダイトの切っ先によって屋上に刻まれていた魔法陣を指し示し、起動させる。魔法陣より生み出された魔力はクロベ川の水深を伝い、水深に刻まれていた魔法陣を続々と呼び覚まし、互いの力を連結により増幅させていく。
魔法陣は黒竜の周囲にまで及ぶと、その支配力に干渉した。精巧なる術式に導かれた魔力が黒竜とクロベ川の繋がりを断ち切り、水を操る力の全てを奪い去る。
――これでもう、黒竜は津波を呼ぶことができない。
「成功です! あとはお願いします、マーリン先生!」
「任せておけ」
教え子の働きに報いるべく、一人の魔女が、内に眠る膨大な魔力を開放した。
彼女は力を波動と轟かせ、周囲に眠る魔力を呼び集め、ひとつの術式を宙に描いていく。その術式が完成に近づくにつれ、周辺一帯の温度が急激に下がっていく気配がした。
「さて、これほどの術を放つのは久方ぶりだ。なれば、存分に腕を振るうとしよう」
とんがり帽子の奥で不遜を宿す銀の瞳を瞬かせ、魔力に煌く白銀の髪を風になびかせる。そしてかつては《白銀の魔女》と謳われた大賢者は、薄氷の舞い集う錫杖を天に掲げた。
「我が紡ぎしは魔力の枷、汝が願うは氷王の慈悲!! 諌め、愚者を抱きしもの!! 祖は眠り誘う氷棺なり!!」
錫杖が地を叩く。生まれた音が不自然に反響し、それは白息の冷気となって大気を侵食していく。
侵食により大気が白ばんだかと思うと、それは途端、冷気の結晶へと姿を変える。現れた結晶は撃ち出された雨となってクロベ川に降り注ぎ、恐るべき速度で水面を凍りつかせていく。凍結していく川より逃れようと、黒竜は身を翻そうとした。だが、その程度の動きすら凍結の侵食にはまるで追いつかない。ひとつふたつの呼吸を終える間に、クロベ川の水面は、黒竜の半身を拘束する氷河へと姿を変えていた。
一面銀世界へと変貌させた己の魔術の成果を確かめると、マーリンはその場に座り込んだ。彼女は汗に塗れた灰色の髪をかき上げ、息を整える。
「これで舞台は整った。あとは君たちの出番だぞ、アーサー」
「ああ、ここからは俺たちの出番だ」
満足気にあとを託すマーリンの姿を背にし、俺は先頭に出た。
エクスカリバー・レプリカを抜き、標の如く掲げ、皆の行く先と黒竜を指し示す。
「総員抜刀せよ!! あの竜を討ち取るぞ!!」
『『『おお!!』』』
戦士たちは天すら押し飛ぶほど吼え猛り、己のエモノを抜き放つ。
刀、槍、弓、斧――各々が持てる最高の武器を手にし、気勢を高めていく。
「おっしゃテメエら、もう一仕事すっぞ!! リュウキュウ男児の力を見せてやれ!!」
『『『お~』』』
「声が小せえぞ!! もっと腹から声を絞り出せ!!」
「ケイ、無理を言わないでください。うちなーんちゅ(オキナワの人)はのんびりほのぼのが心情なんですから」
長銛から野太刀に持ち替えたケイは、「《火事とケンカはリュウキュウの華》なんだぜ!? もっと熱くなれよ!」と暑苦しく闘志を燃やす。そんな彼の後ろを、「それを言うなら《火事とケンカはエドの華》です。色々とパクらないでください」と、リザードマンたちがマイペースで続いていった。
「さあ、みんな! 精強と謳われた我らオカヤマ桃円騎士団の力がいかほどのものか、あの竜に思い知らせてあげようじゃないか!」
『『『はい!!』』』
オカヤマよりはるばる呼び集めた桃円騎士団の団員たちの前で、団長であるペディヴィエールは激を飛ばした。彼女は愛用の直刀をかざして女騎士たちを導き、「竜を討ち取るのは我らである!」とケイたちを追い越さん勢いで駆けて行く。
「アーサー、私たちも行くわよ! もたもたしてると出番を全部取られちゃうわよ!?」
「そいつは困るな。今日まで隠れてやってきた特訓が無駄になる」
一足先に飛び出て行った仲間に続き、俺とガウェインはダムから氷河へと飛び移った。事前に用意しておいたスパイク付きの靴のおかげで、氷の地面であろうと滑る心配はない。
半身を凍りつかされた黒竜は俺たちの接近に気付き、氷河の拘束を解こうと二度三度と体を振るう。だが、氷河の拘束は絶大であり、その程度ではビクともしない。拘束を解くことを諦めた黒竜は、全身から仄暗い魔力を湧き立たせ、耳を覆いたくなるほどの雄たけびを上げた。
竜の雄たけびは魔力を持ち、目に見える形で空気に拡散した。すると、何もないはずの宙に人ひとり分ほどの《歪み》が生じた。それは十、二十と爆発的に増え続け、場を急速に埋め尽くしていく。その数が千を超えた頃、突然、《歪み》から《影》がぬるりと這いずり出た。
《影》は人と竜の中間をした出来損ないの姿をしている。竜の頭に竜の鱗。《影》はかろうじて黒竜に似たヘビの体を保ってはいたが、台無しのように、胴体からは枯れ木のような腕と足が生えていた。それはリザードマンにも似つかない、この世にあらざる歪な生命だった。
《影》は黒竜を守るべく、己の牙をガチガチと打ち鳴らし、戦士たちの前に立ち塞がった。
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