第35話 トヤマ 母と、息子
相手の数は千。対するこちらはケイが率いるリザードマンの部隊で百程度、ペディヴィエールの率いる桃円騎士団で百程度と、合わせても《影》の半分にも満たない。
「へっ、敵が化け物ならよ、わざわざ手加減してやる必要はねえな!」
しかし、相手が何倍もいようとも関係ない。敵陣への一番乗りを果たしたケイが、《影》の軍団の波へ臆することなく乗り込んでいく。
ケイは鉄鞘より野太刀を解き放つと、まずは力任せに一撃振り下ろす。厚く鍛えられた黒鋼の刃は《影》の甲鱗を容易と砕き、豪の技を以って《影》を真っ二つに叩き斬る。豪快に野太刀を手繰り寄せ、返す刀で一頭、また一頭と、確実に《影》を叩き潰していく。
愚直に正面から突撃してきたケイを囲うべく、《影》たちは側面へと回りこもうとする。
「甘いです。私たちを忘れないでください」
だが、長銛を構えたリザードマンたちがそれを許さない。横一列に並んだ状態から長銛を間断なく突き入れ、囲む隙を与えない。
そうしてリザードマンたちが堅実に後ろを守れば、一騎当千のケイが突破口を開く。
その突破口をさらに穿つように、横飛びの雷光が奔った。《影》たちは雷光に貫かれ、胴体に風穴を空けて崩れ落ちていく。
「――ボクのマギテスは《雷》。それは逃れることも、防ぐことも叶わない」
雷光を放ったのはペディヴィエールだ。《その神速の突きは稲妻の如く、誰一人とて逃れることは叶わぬ》と称された、オカヤマ国の誇る四天騎士の一人である彼女は、直刀の切っ先で相手を指し示す、フェンシングに似た構えを取ると、次々と必殺の突きを放った。
「みんな、ペディ様に続くのよ!?」
『『『お~!』』』
ペディヴィエールの配下である女騎士たちも負けていない。彼女たちは華のある外観に似合わず、刀、槍を自由自在に操り、男顔負けの攻撃力を見せつけていく。特に平素から騎士として鍛えられている彼女たちの連携力は特筆に値するもので、攻撃役と防御役が絶えず切り替わる変幻自在の戦法を用い、化け物である《影》たちを危うげなく駆逐していく。
「嬢ちゃん、ここはオレに任せておきな!」
「何を、ここはボク一人で十分さ!」
突出したケイとペディヴィエールは肩を並べ、競い合うように己の魔力を高めた。
横薙ぎに放たれた真空の刃が《影》の軍勢をまとめて薙ぎ飛ばし、雷光の尖雨がズタズタに引き裂く。二人の大技によって敵陣の一画に大穴が開き、それは黒竜までの一直線となった。
「アーサー、行け!!」
「ここはボクたちが引き受ける!!」
二人は開いた穴を維持すべく、殺到する《影》相手に奮戦する。
「悪い、後ろは任せたぜ!!」
俺はガウェインを連れて、すれ違いざまに二人と笑みを交わし、間を駆けた。
そうして障害のなくなった氷の大地を駆け抜け、黒竜まであと一歩と迫った時だ。
「アーサー、あれ!」
「ぐっ!? 増援か!?」
空から新たな《歪み》が現れた。
それは先ほどよりも二回り以上大きな《歪み》に育つと、十体の《大影》を生み出した。
《大影》は大人の背丈の倍ほどもある竜人だ。出来損ないの《影》と比べて筋肉質な体をした《大影》は、手に持った大刀を軽々と操り、俺たちへと一斉に襲い掛かってきた。
「チッ、やるしかないのか……!」
できることならば黒竜との戦いまで力を温存しておきたかった。だが、こうなっては仕方ない。俺はエクスカリバー・レプリカの握り具合を確かめ、《大影》を迎え撃った。
「なっ……!?」
しかし、《大影》と接触する寸前だ。視界に黒く滑らかな髪が流れ、遅れて斬閃が瞬いた。
一撃と閃いた斬撃は《大影》に防御すら許さず、その強靭な五体をバラバラに斬り裂いた。
(いつ斬った!? いや、それよりも、一撃にしか見えなかったぞ!?)
あまりにも壮絶な剣速で繰り出された功技を目の当たりにして、俺は呆気に取られ、思わず足を止めてしまった。
「アーサー、何を呆けているのです!」
声が耳朶に触れた。黒髪を流麗となびかせ、現れた女性剣士――ユーサーは愛刀、《カリバーン・ビゼン長船》を鞘走りに抜き払う。
練刃が太陽の光を写し込み、新たに《大影》の一体を数多の欠片へと切り刻む。攻撃の起こりが見えたかと思えば、次の瞬間にはそれが残心となっている。ユーサーは不可視の一撃と化した抜刀術を以って、戦場に咲く血の花を求める胡蝶となり、優美に飛び舞った。
「綺麗……」
あの自尊心の強いガウェインですらユーサーの技に見惚れ、手を止める始末だ。
静かに、たおやかに、鮮やかに。玲瓏なる美貌が刃の冷たき輝きに彩られ、極限まで無駄を省かれた一刀が、途切れることのない連撃となって《大影》たちを殲滅する。
「さあ、これで道は開きました! あとはあなたの役割です!」
最後の一頭を倒したユーサーが、刃に付いた血を払い、俺の瞳を直視する。
「私に――いえ、皆の者全てに、あなたの成すべきことを見せるのです!!」
黒竜への道を示し、ユーサーは俺の背を押した。
「――ッッ!」
俺は眩暈がしそうなほどの激情を覚え、目の端に涙が浮かんだ。
彼女は「息子を自ら築いた国の王にする」という、たったひとつの願いのためだけに五十年もの長き月日をかけた。その願いを俺は無碍にし、あまつさえ国の象徴でもある伝説の聖剣を折り、彼女の夢を汚す真似をした。
普通ならとうに見捨てられてもおかしくはない。それでも彼女は俺を見捨てることはせず、俺の夢への道を照らそうとしてくれている。
――ありがとう、母さん。
自らを情けなく思い、後悔が溢れる反面。ひとりの男としての意地と矜持が激しく燃え上がり、「今度こそは彼女の言葉に答えなければならない」という強い想いが湧いた。
俺は無言で頭を下げた。
そして、自分を信じてくれる者たちへの答えを示すべく、黒竜の元へと駆け出した。
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