第31話 トヤマ 集う仲間と、円卓

 町の広場には、既に多くの馬車が着いていた。

「よおアーサー! しばらく見ないうちに逞しい顔付きになったじゃねえか!」

 馬車から大げさに飛び降りた青年は、かけていたサングラスの位置を直し、手に提げていた鉄鞘納めの野太刀を肩に担いだ。

「ケイの方こそ凄い日焼けだな。オキナワじゃあサーフィン三昧だったのか?」

 軽い挨拶を交わし、ケイと拳を打ち合わせた。

「おうともよ! お前に言われた通り、俺のサーフィン仲間を連れてきてやったぜ!」

 金髪にアロハシャツの青年は、オキナワ帰りの焼けた頬をにやつかせ、自信満々に馬車から降りてきた人物たちを紹介した。

「どうも、アーサーさん。この度はよろしくお願いします。これは沖縄土産の《紅いものタルト》です。《ちんすこう》や《サーターアンダギー》のような定番もありますが、シマ唐辛子を使った《コーレーグス》などの調味料も持ってきました。どうぞ、後でご賞味ください」

「は、はあ……」

 俺は代表の一人と握手を交わしてお土産を受け取るが、面を喰らった表情が隠せない。

「ケイのサーフィン仲間って、《リザードマン》の方々だったのか……?」

 そう、彼らはトカゲに似ている人型の生物――リザードマンだった。

 爬虫類の頭部に爬虫類の表皮。彼らはヘビのような舌をチロリと覗かせ、つぶらな大きな瞳で町の状況を確かめている。彼らの代表である一人のリザードマンが、俺の反応を面白がるように、喉を一呼吸分ほど鳴らした。どうやら、それが彼らの笑い方らしい。

「どうやらケイは何も説明していないようですね。あなたは水に慣れた者が必要だとケイに伝えたそうですが、オキナワ国民というものは元々、泳げない人たちばかりなのです」

「え、そうだったのか……!? し、知らなかった……!」

 見た目のわりには紳士的で大らかなリザードマンの発言に、俺はまたもや驚かされた。

「はい。あの国では、日光が強すぎるのであまり海に入ろうとする者自体が少ないのです。それに珊瑚などには毒がありますからね。オキナワで泳ぎが得意なのは、我々リザードマンや漁師のように、海辺で暮らしている者ぐらいなものです」

 リザードマンは身振り手振りを交えて説明すると、「だからオキナワ国民の代わりとして、我々が呼ばれたわけです」と締めくくった。

「なるほど、そういった事情だったのか……」

 オキナワ国民の意外な事実には驚かされたが、計画に必要な人材がやってきてくれたのだ。俺は彼らに感謝して宿舎の場所を教え、そこで旅の疲れを癒すように伝えた。

「いえ、早速ですが川の様子を見てきます。クロベ川の急流とやらにも、早めに慣れておきたいですからね」

 リザードマンの代表は仲間に一声かけ、川に行く準備をするように指示した。

「いきなり泳ぎにいくんですか? クロベ川はかなりの激流ですけど、大丈夫ですか?」

「問題ありません。我々リザードマンは泳ぐために生まれてきた者たちです。たとえ相手が暴れ川だろうとしても遅れは取りません。なんくるないさー(なんともないさ)です」

 リザードマンはそう言い残すと、観光客のような気楽な足取りで町を出て行った。

「それじゃあ俺は、今から積荷の確認をするけど、ケイはどうする?」

「オレはちょっくら散歩でもしてくるぜ。町がどんな様子なのかも知りてえしな」

「OK。お昼は俺の家で泉さんたちが作る予定だから、一時間後にそこで集合な」

 俺はケイに現在住んでいる場所を伝え、そこを集合場所と指定して彼を見送った。そうして商人から帳簿を受け取ると、馬車に積み込まれている物資の確認作業を行うことにした。

「米……野菜……調味料……衣服……」

 指差し呼称を繰り返し、手馴れた様子でこなしていく。

「よし、ピッタリだ。さすがはオウミ・オオサカの両商人、いい仕事してますね」

 積荷は帳簿通りであると、帳簿の紙を人差し指で軽く叩き、満足そうに一息ついた。

「……あれ?」

 だが、そこで俺は、馬車の奥にある謎の積荷箱を発見した。

「なんだこれ……こいつは帳簿には無いな……? ――レモンに、お好み焼きの粉? あ、こっちには牡蠣もある!? わざわざ保存用のマギテスまでかけて持ってきたのか!?」

 個人で持ち運ぶにしては多すぎる量の積荷を前にして、俺は「誰がこんなものを?」と大きく首を傾けた。

「それはボクが故郷から取り寄せたんだ。この町の人たちが困っているそうだからね」

「――っっ!?」

 突然後ろから声をかけられ、俺は肩をびくりと震わせた。

「ああ、ごめん。驚かせちゃったかな?」

 その反応がまた面白く見えたらしい。「ふふん♪」と、桃色の髪を払って自信ありげに笑ったのは、軽装の鎧姿の少女だった。

「君は……え~と……?」

 俺はしばらく彼女が誰かわからず、頭に疑問符を浮かべ、――そしてようやく思い出したと会心の表情で手を叩いた。

「うん、ありがとうペディヴィエール。この町の代表として、君の心遣いに敬意を表したい」

「いや!? いきなり何キリッとした顔になっているのか!? 君、絶対ボクの存在忘れていただろう!?」

『ガーン!』と擬音が響く。「ふざけるな!? 君が勝手にオカヤマを出て行くから、こっちは必死になって君を探したんだぞ!?」と、オカヤマ国が誇る精鋭、《桃円騎士団》の団長、《ペディヴィエール・鳳堂院》は俺の襟首を掴んでガクガクと揺さぶった。

「イヤイヤ、僕ハ君ノコトヲ、シッカリト覚エテイマシタヨ?」

「なんだそのカタコト言葉は!? じゃあボクのことを覚えているなら、さっさっとボクとの約束を果たせ!」

「はあ、約束? そいつは一体何のことなん――あ゛っ!?」

「『あっ!?』ってなんだ! 君、もしかしてボクとの決闘の約束まで忘れていたのか!?」

「はっはっはっ、まさかそんなことは―――――――――――――ごめんなさい」

「やっぱりなのかぁ~~~!?」

『ガガーン!?』とさらなる擬音が続く。ペディヴィエールは盛大に目を逸らした俺の姿にショックを受けたらしい。「そんな、ボクは一体なんのために、こんな所にまで来たんだ……」と地面に突っ伏し、むせび泣いた。

 すっかり忘れていた。俺は彼女とオカヤマ・グラン・キャメロットビルの中庭で決闘をする予定だったのだ。しかしその後、俺がエクスカリバーを折ってしまったせいで、そのあまりにもなインパクトの前に決闘のことなど忘れてしまっていた。

「ご、ごめん……お詫びに君の言うことを聞くから、それで許してくれないか? ほ、ほら、決闘で俺に勝ったらってそういう約束だっただろ? 今回は俺の負けってことでさ」

 俺はペディヴィエールを慰めようとした。だが彼女は「そういうのはいらない!」と、俺をきつく睨みつけた。

「いいか、この件が済んだらボクと決闘しろ! ボクは絶対、決闘で勝利した上で、堂々と君を妹の所に連れて行くんだからな!?」

「え、妹? それはどういう意味で――」

「返事は!?」

「はいッッ!? 誠心誠意の態度を以って決闘させていただきますッッ!?」

 彼女はぷんすかと怒り立て、俺に有無を言わさず了承させた。「じゃあ、それまで町に滞在して君を監視するから、今度は絶対逃げるなよ!?」と指を突きつけてきた。

「あー……それはまあ構わないけど……ちょうど空いてる家なんてあったかなぁ?」

「また居住スペースを確保しなきゃなぁ」と、俺は新たな問題に頭を悩ませた。

「ほら! わかったら早く君の家に案内して、お茶くらい出せ!」

「はいはい……」

 ペディヴィエールに急かされ、一旦、考え事を中断する。そして彼女を連れ、さりげなく隠れてつまみ食いをしていたガウェインの耳を引っ張って家路につくことにした。



「はっはっ、また賑やかになってきたじゃねえか!」

 先に家の前で待っていたケイは、面白愉快と成り行きを笑い飛ばした。

「別に賑やかなのはいいけどな。これでまた食料配分とか色々考えなきゃいけないけどさ」

「そいつは嬉しい悲鳴と思って諦めるしかないぜ、代表さんよ」

「茶化すなよ。マジで最近忙しいんだからな……」

 自ら肩を叩いて苦労を表しながら、それはそれとして、三人を連れて家に入ろうとした。

「――おい、待てアーサー! 頼まれたやつを持ってきたぞ!」

 すると、野太い声に引き止められた。振り返ればその先には、厳つい顔をした大男――ボールスがいる。彼は庭を大股で歩きながら、彼の家からここまで引いてきた荷車を指差した。

「さっき完成した。こいつを家に入れるのを手伝ってくれ」

「おお、さすがおやっさん、仕事が早い!」

 俺は喜びに荷車へ駆け寄り、荷車にかけられていた白布をめくって中身を確認した。

「なになに? 何を作ってきたの?」

「これは……何かの家具なのか? かなりの大きさじゃないか」

「ああ、こいつはな、ボールスのおやっさんに頼んで作ってもらった特注品なんだぜ!」

 興味津々の様子で覗き込んできたガウェインたちに見えるよう、俺は白布を思い切りよく取っ払った。

 姿を見せたのは、円形状に作られた立派な大テーブルだ。

 それは油で磨きぬかれた奥ゆかしい木目調を誇るが如く、ドドンと立派に佇んでいる。その作りに抜かりはなく、大の大人が十数人で囲んでも問題のない広さと、強度をしていた。

「「「ちゃ、ちゃぶ台か!」」」

「ああ! やっぱり日本の――日ノ本の畳部屋にはこいつがないとな!」

 異口同音の反応を見せた三人に、俺は腕を組んで満足気に頷いた。

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