第30話 トヤマ 反撃、開始

 会議を終えた次の日から、早速、住民は一丸となって計画を遂行することにした。

 まずは衛生面に着手した。町の大清掃を行ってゴミを集め、使えそうな物はリサイクルし、そうでないならば焼却し、もしくは新設したゴミ処理場に捨てたりした。ゴミ捨てのルールを明確化し、不法投棄などを罰則化した。その後、住宅の塗装や修理などの補修作業を行った。

 これには衛生や安全面以外での目的がある。いずれダムが完成した場合、それを観光資源として利用することも視野に入れたためであり、ダムに隣接する町の方の景観も重視することになったのだ。それにはさらなる副次効果もあった。ゴミの転がる汚い町よりも、ゴミひとつ無い綺麗な町の方が住民も愛着が持てる。彼らの故郷への愛は、より一層深まったようだ。

 続いてシガ・オオサカの両商人からの救援物資が届いた。

 みすぼらしいボロ服を捨て、届いた真新しい服に袖を通す。町の景観向上も相まって、住民たちは心機一転となる。そしてお待ちかねの食料を皆で囲い、同じ釜の飯を食らい合う。こうして衣・食・住を満たして各々は鋭気を養い、任された仕事に励んでいく。

「アーサー! コンクリートが足りねえ! このままだとウチの班の作業に遅れが出ちまうぞ!」

「そいつは明後日に納入される予定だから、しばらく我慢してくれ。それまで手が空くようなら、木材調達班の作業を手伝ってやってくれ。あっちはノルマがギリギリらしい」

「お~いアーサー! またC班とD班がもめてるぞ~!」

「またか……今度は何だ、前は納品が遅いとかそんなんだったよな……? ――わかった! 今すぐ行くから、そっちは構わずに作業を続けてくれ!」

 ダムの工事現場に適度に顔を出し、工事の進捗具合を確認、問題が起きれば新たな指示を出す。

「おいアーサー、聞いたか!? 開拓班の連中がクマをしとめたらしいぜ! かなりの大物だそうだ! 解体が終わったら山から持ってくるらしいが、そいつはどうする!?」

「そいつは景気がいい、今日はみんなでクマ鍋にしよう。俺の方から連絡は入れておくから、クマ肉は公民館に持っていくように伝えてくれ」

「おう! さっき沖合いで漁をしていた奴らが魚を持ってきたから、そいつもついでに納めとくぜ!」

「サンキュー、ちょうどいいから、今日は炊き出し祭りにでもするか」

 食料の配分などを考慮し、なるべく住民全員に行き渡るように分配していく。

「ちょっといいかアーサー。新薬の開発のための材料が足りない。集める材料はこのリストに書いておいたから、誰かに採ってきてもらえないか?」

「わかった。山岳警備部の人間に声をかけておく。見回りついでに探してもらおう」

「助かる。それと、薬学の学会開設の件だが……」

「ああ、そっちは議会を説得しているところだ。予算はなるべく早く出させる気でいる。平行で内外から薬剤師を集める手配もしている。こいつが実現すれば、トヤマを薬学の先鋭地にすることもできるはずだ。なんとしても実現させないとな」

 俺は次から次へとやってくる住民たちからの申し入れを直接聞き、回答していく。

「よし、これでようやく一段落着いたか!?」

 朝早くから続いていた来訪者への応対を全て終え、俺は盛大に背伸びをして、糸の切れた人形のようにテーブルに突っ伏した。

「ふふ、君も随分とまつりごとに慣れたようだな」

 隣で書類に目を通していたマーリンが、書類を綺麗にまとめてホッチキスで留める。「これで、午前の仕事は終わりだ」と、彼女は湯のみを二人分用意してお茶を淹れ始めた。

「ああ、最初はもう全然わかんなくて、『こんなんできるかぁ!』状態だったけど、意外と慣れるものなんだな。自分でも作業の要領が良くなったって実感するよ」

 彼女から熱い緑茶の入った湯のみを受け取り、一口すする。口の中に広がる上品な苦味が疲れた心を癒し、緊張した神経を揉み解していく。俺は湯のみを置き、ほっと一息ついた。

「おかげさまで作業は順調だ。近隣地域からの移住希望者も増加傾向にある。それにこの町の噂を聞きつけ、善意で援助を申し出る者も現れてきた。それらが追い風となって、ダム完成は予定よりも数ヶ月単位で早くなる見込みだ。遅くとも、夏中には完成するだろう」

「そいつは朗報だ。長引けば長引くほど、この町の借金が増えるだけだからな」

 歯を見せて笑うと、散らばる書類を用件の部類ごとに分け、部屋にある書類棚に納めた。

 執務室として使っているこの部屋は、十畳ほどもある畳部屋だ。ボールスが用意してくれたアパートをそのまま利用しても良かったのだが、人が集まる分には狭すぎるからと、誰も住んでいなかった一軒家を借り、そこを仮の役所として使うことにした。以降俺たちは、町の新代表として、この一軒家を根城としている。

「そういえば、泉さんは? お昼を作ってくれるって話だったけど、朝からいないよな?」

「時間には戻るだろうが、彼女はまだクロベ川の水質調査中だ。ここ一ヶ月はずっとそれに時間を割いているようだ。なにぶん、入念な下調べと準備をしておかなければ、君が考案した作戦は実行することができないからな」

「そっか……提案した俺が言うのもなんだけど、泉さんの方も大変だ」

 俺は心の中でランスロットを労った。そして後始末を終え、どっかりと腰を下ろして胡坐をかいた。――すると、ふと何かを思い出したように、マーリンはくすりと可笑しがった。

「ん、どうかしたのか?」

「いや、何。君と出会ってからの今までのことを思い出しただけだ。これだけの短期間に、よくもまあここまでイベントが起きたものだと、私もつい感心してしまったのだ」

 それが余程可笑しなことなのか。彼女にしては珍しく、口元を隠してまで笑っている。

「確かにな……」

 俺も彼女の和やかな様子につられて笑い、今までのことを振り返った。

 自らを神様と名乗る男との出会いが始まりとなり、俺は日本そっくりな日ノ本へとやってきた。二人の少女と遭遇し、命を賭けた決闘を申し込まれ、なんやかんやでマーリンと出会い、彼女たちと旅に出た。ヒロシマでのパルデロとの死闘を経て、俺は母親と再会した。その母親はいつの間にかオカヤマの女王となっており、その王位を俺に譲るとかなんとかで色々と揉めた。その後、俺はオカヤマの至宝であるエクスカリバー・正宗を折ってしまい、トヤマへ逃げるようにやってきた。そのトヤマは酷い有様で、気付けば俺はこの町に居付き、町の新しい代表としての日々を過ごしている。

 それは濃密な時間だった。日本に住んでいた頃では考えられない慌しさと、そしてそれを上回る刺激が、この世界――《日ノ本》には確かにあった。

「……ありがとうな、マーリン」

 ぽつりと、感謝がこぼれた。

「マーリンだけじゃない。ガウェインや泉さん、ケイや母さんがいてくれたからこそ、俺はここにいるんだ。みんなには感謝してもしきれないよ」

 俺の本心からの告白に、湯のみで両の手を温めていたマーリンは、「なんだそんなことか」と、そっと目を閉じた。

「私も君に感謝している。君との旅は退屈を置き去りにするほど刺激的で、過激的で、それでいて楽しいものだった。私はこれからも、そういった日々を君と歩みたいと思っている」

 彼女は誠実に、嘘偽りなくそう述べた。

「――とはいえ、命の危険にさらされるようなものだけはご免被りたいがな。何事も穏便に済めば、それに越したことはない」

「そりゃそうだ。《命あっての物種》ってやつだからな」

 互いに顔を合わせ、微笑んだ。

 穏やかな雰囲気が俺たちの間に流れた。壁にかけられた時計の針の音だけが響く中、――しかしその安らかな空気は、廊下の奥から現れた足音に、数秒と待たずに打ち破られた。

「アーサー! 来たわよ!」

 部屋へと踏み込んできたガウェインが、新たなる朗報を告げたのだ。

「お、待ってました!」

 俺は即座に立ち上がると、部屋から飛び出した。

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