第24話 トヤマ ボールスと、クロベの現状
現場は惨憺たるものだった。
「急げ! 重傷の人間から先に運べ!」
「待て、まだ中に誰かいる! こいつを早くどかすんだ!」
無事だった男たちがひっきりなしに怒鳴り、怪我人が呻き、結果に呆然と頭を垂れている者たちで現場が溢れかえっている。足元は折れた木材とコンクリートの残骸で埋め尽くされ、歩いて回るだけでも一苦労だ。
「今回も駄目でしたか……。絶対にいけると思ってたんですがね……」
商人は深くため息をつくと、持ってきた大量の荷物の中から薬の入った箱を取り出し、怪我人を診ている者たちへと配って回った。恐らくそれは《トヤマの置き薬》だろう。
「マーリン、見ているだけじゃ駄目だ! 俺たちも何か手伝おう!」
俺は居ても立ってもいられず、マーリンを急かした。
「当然だ。だが、まずは現場の責任者に協力の旨を伝えておこう。ボランティアだからといって、自由に行動して良い訳ではないからな」
急ぎ足になりかけた俺をマーリンの冷静な声が引き止めた。いきなり現場にやってきたボランティアの人間が、あれやこれやと好き勝手に動き回るのは逆に迷惑になる――そう災害現場の人間がインタビューなどで答えていたことを俺は思い出した。
陣頭指揮を執っていた現場のリーダーらしき大男を探すと、俺は彼に声をかけた。
「なんだ君たちは? 見ての通りこちらは取り込み中だ。用があるなら後で――」
厳つい顔をした大男は俺たちの姿を認めるなり、その意思の強い瞳を驚きに瞬かせ、数瞬の間だけ声を失った。不思議と思って彼の視線をたどれば、その先には青髪の少女がいる。
「……まさか、君はランスロットか?」
「はい? 仰る通り、私の名前はランスロットですが……」
「何処かでお会いしましたでしょうか?」とランスロットは小首を傾げ、――そしてふと思い出したのだろう。ポンと両手を打ち合わせた。
「まあ! もしや、あなた様はボールスおじ様でしょうか!?」
「ああ、その通りだ! 大きくなったなランスロット。姉に似て美人になった!」
大男――ボールスは破顔して、ランスロットと親しげに握手を交わした。
「何、ラン姉の知り合い?」
「ええ、私の姉の旦那様の、ボールス・轟様です。八年前に故郷のシガを旅立ったきり、しばらく音沙汰がありませんでしたが、まさか、このような所で再会するとは思いませんでした」
――なるほど、そういうことか。そして泉さんは《シガ》出身だったのか。日ノ本最大の湖である《ビワ湖》がある時点で、それっぽいなとは思っていたけれど。
「おやっさん! あっちに崩落に巻き込まれた奴らがいる!」
「わかった、すぐに行く! ――すまないが、オレもよもやま話を繰り広げたいところだが、それは後にしよう。今は人命救助が最優先だ」
ボールスは手の空いている男たちを呼び集めると、崩落の現場へ向かおうとする。
「おじ様、私たちも手伝います。私とこちらのマーリン先生は癒しの術が扱えますので、この場のお役に立てるはずです」
「それは助かる。ではそこの若いの、お前も男だから力仕事は任せられるな?」
「ああ、体力だけは無駄にあるから好きに使ってくれ!」
胸を叩いて答えた。ボールスは「いい返事だ」と笑うと、早速、俺たちに指示を出した。
◇ ◆ ◇
五百人いた労働者の内、怪我人は五十人。幸い死者は出なかった。ボールスたちが予めに取っておいた安全策の効果と、癒しのマギテスが使えるマーリンとランスロットがいたことが大きかった。一同は現場の応急処置として二次災害の予防だけを行うと、怪我人を連れて最寄りの町へと戻ることになった。
「オレが故郷のシガを飛び出した翌年――今から七年前のことだ」
ボールスは前置きをすると、無骨に刈り上げられた髪をわしゃわしゃと触った。
「嫁さんがダムや河川を見て回ることが好きでな、オレたちは長い旅に出ていた。そいつの一環でトヤマの地へとやってきたオレたちだが……トヤマはオレたちが聞いていたのとはえらい違いようでな。野は荒れ、町は荒み……とにかく酷い有様だった」
下流の惨状を思い出したのだろう。ボールスの瞳に憐憫の色が浮かんだ。
「これはなんとかせねばならんと、オレは嫁さんと相談してこの地に居付くことに決めた。散り散りに暮らしていた町の人たちを集め、まだ比較的マシだった山側に移り住み、少しずつ暮らしを改善していった。僅かな資源を有効活用して金に換え、船を作って漁で獲れた魚を売ったり、トヤマの薬の技術を活かして作った薬を他所の国に売りに回ったり……とにかく思い尽くす限りの方法を取った」
話にすればそれは簡単なことだろう。しかし、そこまでに至る道のりは決して楽なものではなかったはずだ。彼が連れて歩く労働者と怪我人の身なりを一瞥するだけで、この地で生きる厳しさというものが容易に想像できた。
「そうしてある程度生活が軌道に乗った時だ。オレたちは一念発起して、水害を治めるために動くことに決めた。まだ使えそうなダムを修復して、クロベ川の氾濫を治めようとしたんだ」
「それがあのダシダイラダムだったのか……」
「いや、あれは三度目だ。一度目、二度目はもっと上にあったものを修復して使った。だが、オレたちがダムを完成させ、水の流れをせき止めると、決まって《あいつ》が現れたんだ」
あいつ――あの黒竜のことだ。黒竜のことを思い出して怒りを隠しきれなくなったのか、ボールスと、その隣で話を聞いていた労働者たちが忌々しげに顔を歪めた。
「クロベ川の主か、あるいはただの流れ着きか。あの竜は家畜を食らうわけでも、人を襲うわけでもなく、ただただダムの完成だけを妨害してきた。もしかしたら縄張り意識で動いているのかもしれないが、討伐しようにもそいつは遥か山奥で、オレたちにはそいつをどうすることもできなかった。三度目の正直と今度はダムに改良を加えてみたが――結果はご覧の有様だ」
ボールスは後ろを振り返り、崩壊したダムへと自嘲的な笑みを送った。
「……それで、これからはどうするおつもりですか?」
ランスロットが控えめに尋ねた。
「現場の後始末はするが、その後のことは何も考えていない。今回が駄目だったらもう諦めよう――そう事前に主張していた人間も多い。もしかしたらもう何もしないのかもしれない」
「そんな……これまでの努力を全部ドブに捨てるのかよ!? あれだけのダムを作るなんて、並大抵の覚悟じゃできないことじゃないか! それを諦めるなんて……!」
怒鳴ってどうにかなるものでもない。それでも俺は、やるせない感覚に突き動かされ、ボールスに詰め寄った。だがボールスと、労働者たちの反応は冷めたものだった。
「お若いの……土台があったとはいえ、あれほどのダムをひとつ完成させるのにどれほどの労力と金が必要か、考えたことはあるかね?」
怪我人の乗る馬を引いていた老人が、ため息まじりの声を漏らした。
「自分たちで獲った魚の全てを金持ちの《イシカワ》の国に売り、数少ない薬草を薬に加工してそれも他所で売る。そうして手に入れた金のほとんどを注ぎ込んで作ったのがあのダムなんじゃ。それが二度ならず三度も失敗した。ワシらにはもう立ち上がる力も残されてはおらぬ」
反論を避けるように老人は顔を下げ、それきり黙った。あるいは、もうそんなことを考えるのすら煩わしいとばかりに。
場に沈黙が流れた。他の労働者たちも同じ思いなのだろう。誰も言葉を発することもせず、重苦しい雰囲気のまま町へと着いた。
町は山間の僅かな空間に作られた小さな町だった。人口は千人もいるかどうか。麓に行けばもう少し大きな町があるそうだが、ダムとの距離を第一に考えてここに住んでいるらしい。
「汚くて狭い場所だが、ここを使うといい」
ボールスが宿として用意してくれたのは一軒のアパートだった。コンクリート製の丈夫な作りをしているが、あちらこちらの塗装が剥げ、屋根の瓦のいくつかが無くなったボロボロのアパートだ。一言二言の礼だけを交わすと、ボールスは何処かへと行ってしまった。
「む~、これだけ小さい町だと、観光できるって場所じゃないわよね~」
能天気にガウェインはのたまうと、それはそれとしてふらりと出かけていった。
「私は怪我人の皆様の看病をさせていただきます」
ランスロットはそう残し、怪我人の搬送された診療所へと向かった。
「さて、どうしたものか……」
マーリンが杖の先端を額に当てて一考する。想像以上に悲惨な環境だったトヤマの地に対して、自分はどのような対応を取るべきか迷っているのだろう。それは俺も同じことで、これから何をどうしたらいいのか思い浮かばない。
――いっそ何も見なかったと、そのまま他の国へと旅立とうか。故郷と同じ名を冠するこの国の状況は心苦しいものだが、日本と日ノ本は別々の世界なのだ。言い切ってしまえば俺とは無関係の国に対して、何かをしなければならない理由なんてないだろう。
(いや、それは違うだろ……!)
浮かび上がる非情な考えを握り潰した。もう一人の冷酷な自分を外へ押しやり、黙らせる。
「マーリン、すまないけど、町の様子を一人で見てきてもいいか?」
「構わないが、この町の治安がどうなっているのかはわからない。工事の失敗によって気の立っている者も多いはずだ。無用なトラブルは避けるように、十分に気をつけなさい」
マーリンに断わりを入れる。俺はまずは状況を把握するため、一人で町を見て回ることにした。いかにも高価そうなエクスカリバーのレプリカを持っていくかどうかは悩んだが、護身用に必要だろうと持っていくことにした。
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