第21話 オカヤマ 待ち人は、来ず
大岩に先端から刺さったままの刃と、俺の手元に残る、二つに折れたエクスカリバーの情けない姿。哀愁漂うその《亡骸》を前にして、俺たちの混乱はかくも極まった。
「なんとかしなさいよアーサー!? そいつを今すぐ元に戻すのよ!?」
「あわわ……これ、接着剤でどうにかなるのかな!?」
「馬鹿野朗! アーサー、ご飯つぶの力を信じるんだ!」
「み、みなさん落ち着いてください!? こういった時は慌てず騒がず落ち着いて、避難員の指示に従いましょう!?」
完全にパニック状態だ。自分で言うのもなんだが、無理もない。日ノ本の宝と呼んでも差し支えのない伝説の聖剣を、無断で触って破損させてしまったのだ。間違っても謝って済む問題ではない。下手をすると、人ひとりの首が物理学的な意味で飛ぶ羽目になるだろう。
「どうするんだよ!? こんな事が母さんやマーリンに知られたら!? 国を揺るがす大事だぞ!?」
その先のことを想像して、俺は顔を真っ青にした。
エクスカリバーとは、アーサー王伝説における顔といっても過言ではない。そんな大事な物が折れたのだと、アーサー王伝説に心酔している母さんが知ればどうなることか。そんな母さんの夢に五十年も付き合ったマーリンが知ればどう思うことか。――考えるだけでも俺は恐ろしくなり、この場から逃げ出したい気分になった。
「応急処置です! まずは形だけでも整えて、それとなくごまかしてみましょう! そうして落ち着いた頃にうまく事情を説明して――」
続くランスロットの提案を、床を跳ねる硬い音が遮った。
「――ッッ!? マ、マーリン先生!? どうしてここに!?」
遅かった。いつからそこにいたのだろう。部屋の入り口で茫然自失の面持ちで立っていたマーリンが、落とした杖を拾うこともせず、へなへなと崩れ落ちる姿が見えた。
「け、結界に妙な反応があったのでここに足を運んでみれば……こ、これは一体どういうことだ……!? 私たちのエクスカリバーが、なぜそのような変わり果てた姿に……!?」
瞳をぶるぶると震えさせ、力の無い指でエクスカリバー(故人?)を指している。
「落ち着いてくださいマーリン先生!」
「……大丈夫だ、私は落ち着いているぞランスロット。非常に了解した、理解は解明されている。このようなものは計画の致命的な誤差にしか過ぎない。つまりあと一撃で即死だ」
酷い動揺っぷりだ。マーリンは、メガネをかけてもいないのにメガネの位置を直す仕草をすると、落とした杖を二度三度と取りそこね、挙句に逆さに持って立ち上がった。
「すいませんでしたマーリンさん! エクスカリバーを折ってしまったのは俺です!」
俺は彼女の姿にいたたまれなさを覚え、隠すことは諦めて正直に謝った。
「ははは、何を謝っているのだアーサー。エクスカリバーならそこにあるじゃないか。ほら、台座の所にいつもと変わらない姿で、私たちの前に堂々と立っているぞ。いや~綺麗だな~」
「「「「げ、現実逃避してる!?」」」」
なんともおいたわしい。台座に残っている刃だけを指差し、けらけらと笑っている。きっと彼女の目には、健在だった頃のエクスカリバーの姿が見えていることだろう。
「マーリン先生がここまで取り乱すとは……これは想像以上に大事ですね……」
ランスロットはあごに手を当て、事態の深刻さに唸った。あのマーリンですらこうなのだから、他のオカヤマの人間が知ればもっと取り乱すに違いない。
俺はどうにかエクスカリバーが元の姿に戻らないかと、ぎこちない動きで破断面同士を擦り合わせてみた。
――パキ~ンッ!!
「「「「ああ!?!?!?!?」」」」
無情。澄んだ破壊音とともに、エクスカリバーは、完膚なきまで光の粒子と砕け散った。
「…………私、し~らないっと!」
こいつ、俺たちを見捨てて逃げやがった!?
「待て、逃げるなこの卑怯者!?」
「おほほ~、《逃げるは恥だが役に立つ》よ! 悪いけど、ここは退散させてもらうわ!」
ガウェインは捨て台詞を残すと、颯爽とした足取りで部屋から飛び出し、そして――。
「なんですって!? エクスカリバーが折れたですって!?」
なんと恐ろしき地獄耳! ユーサーが扉を蹴破ってダイナミックに突入してきた!
逃げようとしていたガウェインはというと、逃げる途中でユーサーに捕まったらしく、猫のように首根っこを掴まれてぷらーんとしている。
「一体どこの馬鹿がこんなことを!? すぐに国中にお触れを出して、一族郎党皆殺しにしてやりますわよ!?」
隠しもしない殺気を全開に、ユーサーは天に向かって呪いの言葉を吐いた。
「ユーサー、非常に伝えづらいことだが……」
現実に戻ってきたマーリンが、おずおずと手を上げた。
「何ですかマーリン!?」
「やったのは君の息子だ」
「――――――――――――――――――――――――――――あふんっ!?」
ユーサーは卒倒した。すげえ他人事っぽいけど、そうなりますよね。
「ユーサー!? 大丈夫か!?」
マーリンが駆け寄り、介抱する。倒れた時にどこか頭を打ったのではと触って確かめるが、どうやら怪我はないらしい。
「なんだか大変なことになっちゃったわね、アーサー!」
「お前、よくもぬけぬけと戻ってこられたな?」
悪びれもせずに帰ってきたガウェインの能天気顔へ、俺は率直に非難をぶつけた。
「……しょうがねえ、オレも腹を決めたぜ!」
ケイは覚悟の顔とともに、その場にどっかりと座り込んだ。
「責任は全てオレが取る! オレが腹を切って詫びるぜ!」
彼は神妙に野太刀を脇に置き、懐から短刀を取り出した。
「何を言い出すんだケイ、馬鹿なことはやめろ! エクスカリバーを折ったのは俺なんだぞ!? 何も、お前が責任を負うことなんか――」
説得しようと動いた俺を、ケイは平手を突き出して留めた。
「お前にエクスカリバーを引き抜けと言ったのはこのオレだ! オレにこそ責任がある!」
「で、でも、実際に行動を起こしたのは俺だぞ!?」
「馬鹿野朗! お前、まだわかってねえのか!?」
サングラスの奥に光るケイの視線が、俺を貫いた。
「いいかアーサー! 他人に命令するってことはな、自分の発言に責任を持つってことだ! それで何か問題を起きたってんならな、そいつは自分が責任を取らなきゃならねえ! あれこれ命令だけして、問題が起きたら知らん振りなんざぁ許されねえ! だからな、こいつはオレのツケだ! だったらオレが払わなきゃ道理が通らねえ! 違うか!? ええ!?」
「ケ、ケイ……!」
ケイの熱の篭った言葉に、俺の心臓は熱い脈を打った。
「すまない、俺が馬鹿だった! 危うく、ケイを卑怯者にさせるところだったよ!」
「わかってくれたか!? わかってくれて嬉しいぜアーサー!」
男二人で見つめあい、互いの友情を再確認する。
「オレの最後の晴れ舞台だ。お前にはこいつで介錯を頼みてえ」
ケイは愛刀である野太刀を俺に差し出した。これで彼の最期を見送れということなのだろう。俺は彼の命でもあるそれを丁寧に受け取り、そしてついに涙腺が耐え切れずに崩壊した。
「ケイッッ!!」
「アーサーッッ!!」
ひしりと肩を組み合い、漢泣く。
「泣くな兄弟! オレは死ぬわけじゃねえ! お前の心の中でこれからも生き続けるんだからよぉ!」
「うおおおおおんッッ!! 俺のせいですまねえ兄貴ぃぃぃぃッッ!!」
「いいってことよおおぉぉぉぉッッ!!」
「あんたたち……、暑苦しいからやめときなさいよ……」
「「なんだと!? これは漢の熱い友情だぞ!?」」
二人揃って拳を振るい、熱弁する。
「…………みなさん、そこまでです。馬鹿騒ぎをしている場合ではありませんよ」
痛むこめかみを抑えたまま、ユーサーが復活した。
「一人の責任で許されるものではありません。あなたが腹を切っても、収まりはつきません」
「ああ? じゃあどうすれと?」
「はい、とりあえずはこうしましょう」
ユーサーはエクスカリバーの刺さっていた大岩の近くまで歩くと、指でモニュメントに刻まれていた一文をなぞる。なぞられた一文に光が灯り、モニュメントの一部が開け放たれ、中からエクスカリバーにそっくりな刀が姿を現した。
「こんなこともあろうかと、エクスカリバーのレプリカを用意してあります」
「さすが母さん! それでごまかすのか!」
「いえ、精巧に似せてありますが、カンのいい人間はいずれ気付くでしょう。これはあなたが持っていくのです」
「俺が……? でもそれだと、人の目に付きやすくなる分、余計にバレ易くなるんじゃ?」
ユーサーから渡されたレプリカを見つめ、首を傾げた。
「はい、ですからあなたには、今すぐオカヤマを発ってもらいます。どこに向かうかはマーリンと相談してあなたが決めなさい」
なるほど、俺が旅に出れば、これが本物かどうかオカヤマの人間が判別することは難しくなる。そして行き先を誰も知らなければ、その後を追うこともより難しくなる。
「マーリン、アーサーを頼みました。議員たちへの説明は、私がしておきましょう」
「承知した。君の息子は、私がしばらく預かろう」
マーリンと必要最低限の言葉を交わすと、ユーサーは続いて指示を出した。
「ケイ、あなたには別行動でオキナワ方面へと旅立ってもらいます。あなたの役目は旅先で噂を流すことです。噂の内容は『伝説の聖剣を手にした少年が、神託に従い、諸国を放浪している』です。それを旅先で面白おかしく言いふらしてください」
「おう、了解したぜ! 偽の既成事実を作ってこいってことだな!?」
「そういうことです。噂が蔓延すれば、いざという場合にそれを盾にすることもできます。十分に噂が広まれば、後で嘘だったと言い辛くなりますからね。東の方は、信頼できる私の部下にやらせておきましょう。――次はガウェインとランスロットです」
「はいはーい、私は何をすればいいのかしら?」
「ガウちゃん、これは遊びじゃないんですよ?」
腕を大きく振ってアピールするガウェインを、ランスロットがたしなめる。
「あなたたち二人には、アーサーとマーリンの護衛をお願いします。騎士の叙勲は当分先になりますが、構いませんね?」
「はい、異論はありません。謹んでお受けいたします」
「まあこんな状況じゃあ、しょうがないよね」
ガウェインの明朗快活な返事にユーサーはうなずくと、次にはその顔を引き締めた。
「ではみなさん、すぐに行動を起こしてください! 迅速な働きを期待していますよ!」
ユーサーの宣言に全員が応え、それぞれは駆け足で部屋を出た。目立たずに旅支度を整え、馬を借りてキャメロットビルの裏口から飛び出した。
「あ~、もうちょっとゆっくりしていきたかったのにね~。旅行もしたかったし~」
「しばらくの間の辛抱ですよ。オカヤマに戻ってこられたら、みんなで一緒に行きましょう」
ぶーぶーと文句を垂れるガウェインの様子に、ランスロットが笑みをこぼす。
「アーサー、とりあえずは北に向かう。それからのことは後で決めるとしよう」
「わかった」
俺は言葉を返し、馬の足を急がせた。
(また今度も、とんでもないことになっちまったな……)
長いため息をひとつこぼし、キャメロットビルを振り返った。
大都会オカヤマにそびえ立つ王城が、俺たちの後ろ姿を見下ろしている。逃げる俺たちを追いもせず、静かにたたずむその姿に罪悪感を覚え、俺はつい目を逸らした。
――すまない、どうか許してくれ。せめてもと、心の中で深く詫びた。
「…………あれ?」
すると、そこで俺は、ひとつのひっかかりを覚えた。
「どうした、忘れ物か?」
「いや、何かを忘れたわけじゃないんだけど、何かを忘れているような……?」
「……?」
「ま、いっか。とりあえず先を急ごうぜ」
怪訝な顔を浮かべているマーリンを急かすと、俺はさらに馬の足を速めた。
やり残したことなんかないはずだ。そう自分に言い聞かせ、俺はオカヤマを去った。
一方その頃、キャメロットビルの中庭では。
「――へっくち!」
ペディヴィエールは春風にくすぐられた鼻をひとつすすり、「あいつ、まだかな……」と、来るはずもない人間を待ち続けていた。
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